2020年08月20日

正鵠を射る


「正鵠を射る」は、

核心をつく、
物事の急所・要点を正しくおさえる、

という意味になるが、

正鵠を得る、

とも言う。というよりも、本来は、

正鵠を得る、

が出自としては正しいといわれる。

「正」(漢音セイ、呉音ショウ)は、

会意。「一+止(あし)」で、足が目標の線めがけてまっすぐに進むさまを示す。征(まっすぐに進の原字)、

とあり(漢字源)、「邪」の反対の意(字源)だが、「正」は、

的、

の意で、

射侯の中、弓の的の中の星、

の意である(仝上)。

終日射侯、不出正兮(齊風)、

と使われる。「射侯(しゃこう)」とは、

矢の的。侯は的をつける十尺四方の布、

とある(広辞苑)。

「鵠」(漢音コク、呉音ゴク)は、

形声。「鳥+音符告」で、白い鳥のこと、

とある(漢字源)。「くぐい」の意であるが、白鳥の古名である。

弓の的の中心の白い星、

を指す(漢字源)とあるが、字源は、

的の正中(真ん中)の黒星、

とし、

弓の的(射的)布に畫くを正といい、川に棲ましむるを鵠といふ、

とある。中心が白か黒かは、確かめようがないが、

「鵠」が的の意味を持つようになったのは、的の中心が黒ではなく白かったためといわれている、

とする(語源由来辞典)のは、一理ある。「鵠」の字には、

鵠髪(こくはつ)、

というように、白髪の意で使う用例もある。

白鳥.jpg


ともあれ、

図星、

でいう、

的の中心の星、

である。漢字源は星を「白い星」としているが、大言海の「づぼし(図星)」をみると、

圖にあたる星の義、……書きたる黒点、的の中の黒点、

と、「黒」説を採る。ただ、

昔、中国で、的の中央には「とび(正)」や「白鳥(鵠)」などの鳥の絵が描かれました。よって、的の中央の黒ぼしは「正鵠」と言われます、

という説を紹介しているものもありhttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q148945024、圖であった可能性はある。いずれにせよ、「正」も「鵠」も、的の真ん中を意味する。大言海に、

侯中者、謂之鵠、鵠中者、謂之正(小爾雅)、

とある。

さて、礼記に、

發而不失正鵠者、其唯賢者手

とあり、中庸に、

射有似乎君主、失諸正鵠、反求諸其身、

とある。つまり、

正鵠を失わず、

というのが出典であり、そこから、

正鵠を得る、

という言い回しが出た、とみられる。その後、

正鵠を射る、

が使われ始めたらしい。

正鵠は的の中心の意味から、物事の要点や核心の意味に転じた。明治時代に物事の急所や要点を正確につく意味で「正鵠を得る」が生じ、正鵠に的の意味があるところから、昭和に入って「正鵠を射る」という形が生まれた。正鵠を射るは的を射るから生じた言葉で、正鵠を得るが誤用というのは間違いである、

とされる(語源由来辞典)。

「正鵠を射る」に転じさせたきっかけになる、

的を射る、

は、矢を射る意味から、

的を得る、

という言い方は誤用とされてきたが、今日、その見方は、三省堂国語辞典第7版が、

「的を得る」は「的を射る」の誤り、と従来書いていたけれど、撤回し、おわび申し上げます。「当を得る・要領を得る・時宜を得る」と同様、「得る」は「うまく捉える」の意だと結論しました、

と、誤用とは当たらないと結論づけて以降、

的を射る、
的を得る、

はいずれも可、とされるようになっているらしい。

ところで、「的」(漢音テキ、呉音チャク)は、

会意兼形声。勺は、一部分をとりだすさまを描いた象形文字。的は「白+音符勺」で、一部分だけ特に取り上げて、白くはっきりと目立たせること、

とある(漢字源)。「的」には、「しろい」意味があるので、中心はともかく的自体は白かった可能性はある(とすると、中心が白ではありえないが)。

和語「まと」は、「まる(丸・円)」http://ppnetwork.seesaa.net/article/461823271.htmlで触れたように、

マト(円)の意(岩波古語辞典)、
圓(まどか)の義(大言海)、

と形状からきている。

どうやら、

正鵠を得る(明治)→正鵠を射る(昭和初期)→的を射る(昭和初期)→的を得る(戦後)、

という使われ方の変遷らしい(ただ「的を得る」には江戸時代に用例があるらしい)。この、「正鵠を射る」「正鵠を得る」「的を射る」「的を得る」の使用例を詳細に調べた結論は、「『的を得る』と『的を射る』の誕生と成長の歴史」http://biff1902.way-nifty.com/biff/2010/04/post-63d8.htmlに詳しい。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:07| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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