2020年08月23日

きんとん


「きんとん」は、

金団、

と当てる(広辞苑)が、

金飩、

とも当て(たべもの語源辞典)、古くは、

橘飩(きつとん)、

と書いた(仝上)。

甘藷(さつまいも)・隠元豆などを茹でて裏漉しにし、砂糖を加えて練り、甘く煮た栗・隠元豆などを混ぜたもの、

で(広辞苑)、

栗きんとん、
まめきんとん、

とも言う。ただ、広辞苑には、「金団」に、和菓子として、

栗の粉で小団子のようにつくり、中に砂糖を入れた菓子、
胡麻または雨の粉をまぶした団子、
求肥皮の小饅頭の周囲を煉り切り餡で半包みとし、表面に餡そぼろをつけた生菓子、
丸めた餡を芯にして、そぼろ状の餡を表面につけた生菓子、

等々も載る。これは、「金団」の由来ともかかわることである。

橘飩(きっとん)の転、

とされる(大言海)ように、「きんとん」は、古く、

橘飩、

と書き、

粟をふかして砂糖で包んで作った、

とあり(たべもの語源辞典)、江戸後期の『貞丈雑記』には、「きんとん」は、

中に砂糖を入れた、粟の粉の団子、

とあり、

粟の色が黄色なので、

金団、
金飩、

と名づけた、とある(たべもの語源辞典)。

「橘飩」は、卓袱料理http://ppnetwork.seesaa.net/article/471380539.htmlの語から由来した、とされる(仝上)。それは、

小麦粉を黄色く着色したものを丸めて茹でたもの、

とされるからである。

「きんとん」という語自体は室町時代から見られ、実隆公記の大永七年(1527)八月一日には、

自徳大寺一金飩一器被送之、

と、「金飩」の字があり、

米や粟の粉で小さな団子のように作り、中に砂糖を入れたもの、

とされる。当時の文献には材料や製法の記載はない。ただ一,二の故実書に,不用意に食べると中から砂糖がとびだして顔へかかるから注意すべきだとか,手でつまんで食べるものだとか,書かれている(世界大百科事典)、とある。

どうも、「きんとん」は、中国から渡ってきた唐菓子の、

餛飩(こんとん)、

からその名が起こったらしい。「菓子」http://ppnetwork.seesaa.net/article/474306504.htmlで触れたように、「唐菓子」は、古く、

文武天皇の治世の704年には、遣唐使の粟田真人によって、唐から唐果子(からくだもの)8種と果餅14種の唐菓子が日本にもたらされた。この中には油で揚げて作るものもあり、これはそれまでの日本にはなかった菓子の製法であった。これらの菓子は祭神用として尊ばれ、現在でも熱田神宮や春日大社、八坂神社などの神餞としてその形を残している、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E8%8F%93%E5%AD%90#%E6%AD%B4%E5%8F%B2が、この果実・木の実とその加工品を、

くだもの(果子・菓子)

と記述していたことが、嗜好品を菓子と記述する由来になった、と思われる(仝上)。

「唐菓子」は、はじめは、植物の菓子に似せて、

糯米(もちまい)の粉・小麦粉・大豆・小豆などでつくり、酢・塩・胡麻または甘葛汁(あまづら)を加えて唐の粉製の品に倣って作り、油で揚げたもの、

らしく(日本食生活史)、名前も、異国風に、

梅枝(バイシ 米の粉を水で練り、ゆでて梅の枝のように成形し、油で揚げたもの)、
桃枝(とうし 梅枝と同様に作り、桃の枝のように成形し、桃の実に似せたものをそくい糊でつけた)、
餲餬(かっこ 小麦粉をこねて蝎虫(蚕)の形とし、焼くか蒸したもの)、
桂心(けいしん 餅で樹木の形をつくり、その枝の先に花になぞらえて肉桂の粉をつけたもの)、
黏臍(てんせい 小麦粉をこねてくぼみをつけて臍に似せ、油で調理したもの)、
饆饠(ひら 米、アワ、キビなどの粉を薄く成形して焼いた、煎餅のようなもの)、
鎚子(ついし 米の粉を弾丸状に里芋の形にして煮たもの)、
団喜(だんき 緑豆、米の粉、蒸し餅、ケシ、乾燥レンゲなどを練った団子、甘葛を塗って食べた)、

等々があり(倭名類聚抄、日本食生活史)、以上の八種は、

八種唐菓子(やくさからがし)、

と呼ばれ、

これは特別の行事・神仏事用の加工食品と言える。これらは日常的に作られていなかったようで、製法が詳細に記述された文献がある、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E8%8F%93%E5%AD%90。この他に、

餛飩(麦の粉を団子の様にして肉を挟んで煮たもの。どこにも端がないので名づける。今日の肉饅頭のようなもの)、
餅餤(ヘイタン 餅の中に鳥の卵や野菜を入れて四角に切ったもの)、
餢飳(フト 伏菟 油で揚げた餅)、
環餅(マガリモチ 糯米の粉をこねて細くひねって輪のようにし、胡麻の油で揚げたもの。輪のように曲がるので)、
結果(カクナワ 緒を結んだ形にしたもので、油で揚げる)、
捻頭(ムギカタ 小麦粉で作り油で揚げたもの、頭の部分がひねってある)、
索餅(ムギナワ さくべいともいい、麦の粉を固めて捻じり、縄のようにしたもの、冷そうめんの類)、
粉熟(フンズク ふずくともいう、米・麦・大豆・胡麻の五穀を粉にして餅をつくり、ゆであまずらをかけて竹の筒に詰め、押し出して切ったもの、小豆の摺り汁を用いた)、
餺飥(ホウトウ やまいもをすりおろし、米の粉を混ぜてよく練って、めん棒で平たくし、幅を細く切って、豆の汁にひたして食べた。ほうとうは、今日も残っている)、
煎餅(センベイ 小麦粉で固めたものを油で揚げた)、
粔籹(アシゴメ 糯米を火で煎って密で固め、竹の筒などにつき込んで押し出す、今日のオコシと似ている)、

等々がある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E8%8F%93%E5%AD%90、日本食生活史)。「餛飩」は、この一つである。これが、和菓子になり、

金飩(こんとん)、

と呼び、江戸末期には、

巾飩(きんとん)、

と変わり、文化・文政(1804~30)ころから、

餡そぼろ、

をつけるようになる(たべもの語源辞典)、とある。文政一三年(1830)の『嬉遊笑覧』には「きんとん」は、

ごまや黄な粉をまぶした団子、

とあるが、天保十二年(1841)の「菓子話舩橋(かしわふなばし)」には、

求肥(ぎゅうひ)皮の小さな饅頭の周囲を練切餡で半包とし、表面に餡そぼろをつけた生菓子、

が載る(精選版日本国語大辞典)。

「きんとん」は、

京飩の転音、唐音、

という説もあり、

きんとう、

ともいった、とある(仝上)。京では、

餅、

で、江戸では、

あん餅、

を指した、

金団餅、

という茶菓子であった(仝上)、ともある。

和菓子 きんとん.jpg

(上生菓子「きんとん」 http://www.kanshundo.co.jp/museum/yogo/kinton.htmより)

和菓子の「金団」は、

餛飩(こんとん)→金飩(こんとん)→巾飩(きんとん)→金団、

と転じたものらしい。

今日の「金団」は、

近世の発明、

とされる(たべもの語源辞典)。

ナガイモなどを煮てすり、砂糖を加え、クチナシで着色して、これに、栗・クワイなどの煮たものを混ぜたものをまぜたもの。金は金色つまり着色で、(橘飩の)飩はむしもちのこと、また麺類の一種である、

とある(仝上)。

餛飩(こんとん)→橘飩(きつとん)→金飩→金団、

と転じたが、「金団」の団は円に同じで、まるいもの、また、あつまり、かたまりを指し、ナガイモなどを煮て黄色に染めてつぶしたものがかたまった団子状のものを、

金団、

といった(仝上)のである。

栗金団.jpg


参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:21| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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