2020年08月30日
言語空間
大岡昇平他編『言語空間の探検(全集現代文学の発見第13巻)』を読む。
現代文学の発見、
と題された全16巻の一冊としてまとめられたものだ。この全集は過去の文学作品を発掘・位置づけ直し、テーマごとに作品を配置するという意欲的なアンソロジーになっている。本書は、
言語空間の探求、
と題された巻である。収録されているのは、
安西冬衛/軍監茉莉、
北川冬彦/戦争、
竹中郁/象牙海岸、
西脇順三郎/Ambarvalia、
北園克衛/黒い火、
瀧口修三/瀧口修三の詩的実験1927~1937、
三好達治/測量船、
丸山薫/十年、
宮澤賢治/春と修羅(第一集)、
草野心平/蛙、
逸見猶吉/逸見猶吉詩集、
吉田一穂/海の聖母+故園の書+稗子伝+未来者、
中原中也/山羊の歌+在りし日の歌、
富永太郎/富永太郎詩集(第一集)、
金子光春/鮫+女たちへのエレジー、
山之口獏/山之口獏詩集、
小熊秀雄/小熊秀雄詩集、
小野十三郎/大阪、
村野四郎/実在の岸辺+抽象の城、
鮎川信夫/鮎川信夫詩集、
三好豊一郎/囚人+荒地詩集、
田村隆一/四千の日と夜、
安東次男/蘭(全)+CALENDRIER、
中村稔/無言歌、
山本太郎/かるちえ・じやぽね、
關根弘/絵の宿題、
長谷川龍生/パウロウの鶴、
黒田喜夫/不安と銃撃、
谷川雁/谷川雁詩集、
安西均/花の店+美男、
會田綱雄/鹹湖他、
石原吉郎/サンチョパンサの帰郷、
那珂太郎/音楽、
吉野弘/消息+幻・方法、
川崎洋/川崎洋詩集、
谷川俊太郎/21、
清岡卓行/氷った焔、
吉岡實/静物、
飯島耕一/他人の空、
大岡信/記憶と現在、
岩田宏/ショパン(全)、
堀川正美/太平洋、
安永稔和/鳥、
藤富保男/正確な曖昧、
入澤康夫/倖せそれとも不倖せ、
天澤退二郎/時間錯誤、
塚本邦雄/装飾楽句、
岡井隆/土地よ痛みを負え、
金子兜太/少年+半島、
高柳重信/罪囚植民地、
加藤郁乎/球体感覚、
である。現代詩から、現代短歌、現代俳句までを、編集時点では、若い、天澤までを網羅している。従来の選集にある、
「ある詩人の各時期から万遍なく少しずつ作品を選んで構成するという方法」
を採らず、
「原則として、ある詩人をある詩集だけで代表させる方法」
を取っている(編集人の一人、大岡信)それは、
「詩人の表現世界に一層深く入っていけるのではないか」
という考え方に基づく。詩だけではなく、短歌、俳句を載せたことについては、
「現代の詩的達成を考えた場合、とくに『言語空間』の多様なひろがりを考え合わせるなら、当然現代詩と同じ資格においてとりあげられるべき短歌や俳句があるという考え方」
から出ている(仝上)。本書は、帯にうたっているように、
現代詩の山巓を一望に、
したものだ。現代詩とは、
「言葉が日常世界で果たしている功利的、常套的、実用的役割を可能な限り剥ぎとって、『ものそのもの』としての言葉を純粋に洗い出し、そういう言葉によって詩を構成しようとする象徴主義の詩法」(大岡信)、
から端を発する。それは、
「現実の空間」ではなく、むしろその種の空間の不在によって成り立つ「虚の空間」
を、もっとも純粋に、最も大きな広がりをもって、つまり無限性にむかって最も遠くまで、押しひろげようとするもの、
である。いわば、虚実の「虚」である。敢えて、「詩」がそうするのは、歌が、
叙景、
や
抒情、
を詠ってきたことからの離脱なのだと思う。多くの現代詩人は、
言葉の非実用的、非日常的本質を洗い出すことによって、既成の詩および詩観をたえず革新してゆこうとする一貫した思想、
が共有されている(仝上)。たとえば、
「物理的な時空と異なる次元に、生の方向を組織する一つの思想として、任意の坐標系を成す」(吉田一穂)
「〈永遠〉とは『意識の世界の不完全なる構成としての知覚の虚無』である。平凡な言葉でいったら『何も無いことです』といふことである。完全なるポエジイは、何ものをも象徴し得ざる象徴を作る方法である」(西脇順三郎)
「詩は認識である」(仝上)
「ポエジイは説明しない。ただ言葉と言葉が取引をする関係を感性がとらえるのである」(藤富保男)
「詩とは詩人という無用な人間が、無用なことをライスカレーのごとく魅力的に書いたものである」(北園克衛)、
等々。抒情の中原中也が、
希望と嘆息の間を上下する魂の或る能力、その能力にのみ関っている、
と書いたとき、彼は、
何を詠うか、
に立つのに対して、現代詩は、
どう詠うか、
に関わる差にみえる。しかし、だからこそ、まったく意味不明のまま、その言葉の関係図から弾き飛ばされてしまう詩だってある。その「何」が、詩人と共有できないのである。
その意味で、僕に、それが共有できた詩片のみを、拾い上げてみた。それが僕の現代詩理解の限界、ということでもある。
てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた(安西冬衛・春)
五月は
憂愁の眼に
緑を裂く(北園克衛・暗い室内)
孤独
は
黒
い
雨
に濡れ
て
梯子
の
形
に腐っていく(同・黒い肖像)
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。(三好達治・雪)
破れた羽根をひろげた鶴に
破れた羽根よりほかのなにがあらう
破れた帆のやうにいつぱいに傾けて
鶴よ 風になにを防ごうとしてゐるのだ(丸山薫・鶴)
まことのことばはうしなはれ
雲はちぎれてそらをとぶ
ああかがやきの四月の底を
はぎしり燃えてゆききする
おれはひとりの修羅なのだ(宮沢賢治・春と修羅)
土の中はいやだね。
痩せたね。
君もずゐぶん痩せたね。
どこがこんなに切ないんだらうね。
腹だらうかね。
腹とつたら死ぬだらうね。
死にたかあないね。
さむいね。
ああ蟲がないてるね。(草野心平・秋の夜の會話)
汚れちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる(中原中也・汚れちまつた悲しみに・・・)
人間のゐないところへゆきたいな。
もう一度二十歳になれるところへ。
かへつてこないマストのうへで
日本のことを考へてみたいな(金子光晴・南方詩集)
僕らが僕々と言つている
その僕とは、僕なのか
僕が、その僕なのか
僕が僕だつて、僕が僕なら、僕だつて僕なのか
僕である僕とは、
僕であるより外には仕方のない僕なのか
おもふにそれはである
僕のことなんか、
僕にきいてはくどくなるだけである(山之口獏・存在)
けれども おれは知っていた
永遠などというものは
結局 どこにも無いということ
それは蛔蟲といっしょに
おれの内部にしか無いということを(村野四郎・秋の犬)
Mよ、昨日のひややかな青空が
剃刀の刃にいつまでも残っているね。
だがぼくは、何時何処で
きみを見失ったのか忘れてしまったよ。
短かった黄金時代―
活字の置き換えや神様ごっこ―
「それが、ぼくたちの古い処方箋だった」と呟いて・・・・(鮎川信夫・死んだ男)
一篇の詩がうまれるためには、
われわれは殺さなければならない
多くのものを殺さなければならない
多くの愛するものを射殺し、暗殺し、毒殺するのだ(田村隆一・四千の日と夜)
俺は自由だ 自由だが
ある未知のブレーキを持っている
それがこわい
人間のうちにいる小さな人間
のうちにいる奇妙な人形(山本太郎・独白)
しずかな肩には
声だけがならぶのではない
声よりも近く
敵がならぶのだ(石原吉郎・位置)
突然私は自分の眼の変化に気づいた。私の瞳孔は死者のそれにまで拡大し、私の水晶体は無限遠に焦点を合わせた。一瞬にして私は会得した。すべてを詩の視線で眺めること、ポエムアイ!(谷川俊太郎・ポエムアイ)
神も不在の時
いきているものの影もなく
死の臭いものぼらぬ
深い虚脱の夏の正午
密集した圏内から
雲のごときものを引き裂き
粘質のものを氾濫させ
森閑とした場所に
生まれたものがある
ひとつの生を暗示したものがある
塵と光に磨かれた
一個の卵が大地を占めている(吉岡実・卵)
空は希望に疲れている。
大きすぎる荷物に似た希望。
疑いすぎることが惡の同義語につながる土地(飯島耕一・空)
おまえの探している場所に
僕はいないだろう。
僕の探している場所に
おまえはいないだろう。
この広い空間で
まちがいなく出会うためには、
一つしか途はない。
その途についてすでにおまえは考えはじめている。(同・探す)
心の声にうながされたものは
十の脈絡のうちにひとつの化合をみいだす
そしてたちあがることをうながされたものは
この人間らの心と
他の人間らの手の
やわらかさにしたがって
しずかな水のふきあがりになるだろう(堀川正美・白の必要)
火事場へかけつけることをやめ
その場で
火事だ
と突然とっぴょうしもない声歩はりあげて
一心発起
自分が火事場になるのだ
火の手を
めらり挙げて
ほんのすこしでいいのだ
くりかえす世界から
はみだすのだ。(安永稔和・恐ろしいのは)
いやだと ぼくは叫べば よかった
なぜだと ぼくは問えば よかった
それだのに 灰色の獣のように走っていた
次々とうしろで堆積する出口の数におびえて(入澤康夫・いやだとぼくは)
やはり意味を読んでしまうのかもしれない。それは、言語空間の面白さを味わうのとは別の読み方かもしれない。
抒情詩もて母鎮めむにあたらしき鋸の歯かたみに反く(塚本邦雄)
参考文献;
大岡昇平他編『言語空間の探検(全集現代文学の発見第13巻)』(學藝書林)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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