「具足煮」という料理がある。
イセエビを殻のついたまま輪切りにして煮たもの、
とある(広辞苑)。「具足」は、甲冑の意である。だから、
伊勢海老とか車海老の、かたい殻のあるものを、その甲羅のまま筒切りにしたり、縦二つに割り、煮たり、焼いたりした料理の名称、
とある(たべもの語源辞典)。縦二つに割るのを、
梨割り、
とも言うらしい(https://nimono.oisiiryouri.com/gusokuni-gogen-yurai/)が、ともかく、武士が鎧、兜を着けている、つまり具足を着けたという意から、
海老の殻を具足と見立てた、
のである(たべもの語源辞典)。海老だけでなく、
蟹を殻つきのまま大まかに切り、さっと煮つけたもの、
も指すようである(世界の料理がわかる辞典)。その調理法によって、
具足焼き、
具足蒸し、
等々ともいう(仝上)。ただ、
イセエビの頭を去り、身を殻のままにて、輪切りにして、味醂・醤油。同量に、砂糖を加へて、煮立てたる汁にて煮つけたるもの、
とある(大言海)ので、
兜を着けていない、
状態のように思えるが、別に、
殻付き(頭付き)でないと甲冑らしくありませんので、姿のままの海老や蟹を二つ割りにして煮ます。はじめ水・酒で煮て、醤油を加えるだけのシンプルな料理。出汁は材料から出ますので使いません。もちろん煮汁は旨いだしが出て美味しく飲めます。汁物か煮物か微妙なところですが、煮物です、
という調理の仕方が載っている(https://temaeitamae.jp/top/t8/Japanese.food.3/2/09.html)ので、これだと、
甲冑、
ということになる(「甲冑」の「甲」はかぶと、「冑」は胴巻き、鎧の意だが、後に「かぶと」を「冑」というようになったらしいが)。
殻を鎧よろいに見たてていう(大辞林・大言海)
の、「鎧」を、「甲冑」の意なのか、「鎧」(胸や胴を防ぐ)の意なのか、必ずしも、厳密には使っていないのかもしれない。
(伊勢海老具足煮 https://warecipe.com/iseebi_gusokuni/より)
「具足」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463852293.html)は、前に触れたが、
甲冑,
の意で用いられるが,本来は,
十分に備わっている,
揃っている,
意で,
円満具足,
などという。『大言海』は,三項に分け,一つを,
備わり足ること、揃いたるもの、
で、
香炉・花瓶・燭台、そろひたるを、三つ具足、
と云ふとする。次に、
具足する(ともなふ)ものもの意、
として,
携へるもの,携行品,
携ふる意より転じて,所持品,調度,道具、什器,
の意とする。さらに、「所持品」の意から,
武士の所持品、調度、道具は、鎧を第一とするに因りての名なり、もののぐ(什器)を、鎧の称とし、調度を弓矢、道具を槍の名とすと、正に同意なり、甲冑、籠手、佩楯等、六具具備する称と云ふは具足を、そなはる意に介して、考へたる鑿説(イリホガ うがちすぎてかえって真実から遠ざかってしまうこと)なり、何れの器化、所要の部分の備はらざるものあらむ、
と退け(鑿説(サクセツ)は、内容がとぼしく、真実性のうすい説、鑿説にイリホガと大言海はルビを振っているが同義である)
甲冑の異名、
とする。ただ、
後世は、鎧の、脇楯なく、種々の付属品なく、簡略なる制のもの、
とあるので、室町末期の,
当世具足,
を指すことになる。
「日本の甲冑や鎧・兜の別称。頭胴手足各部を守る装備が『具足(十分に備わっている)』との言葉から。鎌倉時代以降から甲冑を具足と呼ぶ資料が見られるが、一般的には当世具足を指す場合が多い。また鎧兜に対して、籠手などの副次的な防具は小具足とも呼ばれた。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B7%E8%B6%B3)
「小具足」は、
武装の際の付属具、鎧では、脛当、脇楯(わいだて 大鎧の胴の隙間を防ぐもの)、籠手(こて 肩先から腕を覆うもの)、喉輪、後世の具足では、脇引(わきびき 両脇下を防御する)、籠手、頬当、脛当(すねあて 膝から踝までおおうもの)、佩楯(はいだて 桃と膝を覆う防具)など、
を指す(広辞苑)。当世具足とは,
「戦国時代に入ると、集団戦や鉄砲戦といった戦法の変化に伴って、大量生産に適しながらも強固さを具える鎧が求められた。それに応じて、当時の下克上の風潮を反映した、従来の伝統にとらわれない革新的改良がなされ、鎧の生産性・機能性が向上し、より簡便で堅牢なものとなった。しかしながら、胴や兜は堅牢なものになったが、手足を覆う部分は従来の形式を踏襲し、鉄の小片を綴ったり鎖帷子形式で動きやすさが重視されていた。西洋のラメラーアーマーと同じ構造原理である。」
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%93%E4%B8%96%E5%85%B7%E8%B6%B3)。
しかし,「具足」は,もともと、
事物の完備充足を示す呼称で,恒例臨時の儀式,遊宴,祭祀,法会,軍陣などに際しての用具を総括して,物の具,装束,調度などの名目と同様に広く用いられる、
とあり(世界大百科事典)。『伊勢貞助雑記』に、
具足とは物の惣名(そうめい)なり,楽器具足,女の手具足,又射手具足,三具足などと申候也、
とみえ、『宇治拾遺物語』に、
家の具足ども,
『徒然草』に、
何となき具足とりしたため、
とあるのもその例であり,『御産所日記』には、
産屋(うぶや)の調度を御産所具足としており,仏供(ぶつぐ)の花瓶,香炉,燭台は一そろいとして三具足(みつぐそく)とよんだ、
とある(仝上)。あらゆる場面での,用具全般を指したと思われる。それを武家の装備に転じて,
甲冑一式,
を指すようになったということではあるまいか。
「初め物事が充足しているさま,儀式,宴などの道具,調度品をさしたが,武士階級の興隆に伴い,鎧を意味するようになり,室町時代には大鎧,室町末には胴丸をさした。のち槍,鉄砲の多用により新形式の鎧が出現,在来のものと区別して当世具足と呼ばれた。」
との説明(仝上)が当を得ている。
「具足」自体は,
「具(そなわる)+足(十分)」
の意なのである(『日本語源広辞典』)。
(南蛮胴具足(伝明智光春所用) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%93%E4%B8%96%E5%85%B7%E8%B6%B3より)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:具足煮