2020年09月05日
クラゲ
「クラゲ」は、
水母、
海月、
水月、
等々と当てる。「水母(すいぼ)」「海月(かいげつ)」「水月(すいげつ)」は、漢語である。
海月伴行舟(張説詩)、
水母目蝦(郭璞・江賦)、
等々とある(漢字源)。別に、
海舌(かいぜつ)、
ともいう(字源)。「水母目蝦」は、
クラゲには目がないと思った昔の人がクラゲのそばに蝦がいて、人が来てとろうとすると、エビが水中に入り、クラゲもついて沈んでしまう、
そう考えて、
水母、蝦を目とす、
とか、
水母、蝦目(カモク)を借る、
といった(たべもの語源辞典)意である。「海月」「水月」は、
海中あるいは水中の月のように見える、
という意味であるが、「水母」の謂れは不明のようである(たべもの語源辞典)。
海鏡、
石鏡、
海蛇、
も「クラゲ」の意だが、これから転じて、
海折(かいせつ)、
とも書くし、
凝月、
とも書く(仝上)。クラゲを煮ると固まるからである。
和語「クラゲ」は、
国稚(わか)く浮きし脂のごとくして、久羅下なすただよへるときに、
とある(古事記)ように、
久羅下、
久良介、
等々と当てて、古くから使われている。和名抄は、
海月、一名水母、久良介(くらげ)、貌似月在海中故名之、
とするし、天治字鏡は、「虫」扁に「竟」の字を、
久良介、
としているが、大言海は、
和製字なり、鏡虫の合字なるべし、
とし、珍しく、
語原を考へ得ず、
とした上で、こう書いている。
試みに云はば、輪笥(クルゲ)の轉にて(弦(ツル)、つら)、形に就きて名とするか、いかが。和訓栞に、海鏡とも云ふとあり、天治字鏡には、鏡虫の合字を作れり。器に見立てては、あるなり、水母(クラゲ)に目なしと云へば、暗気(クラゲ)ならむなどと云ふ説もあれど、開闢の時、然る、謎詞はあらじ、
と。この自信無げな、
輪笥(クルゲ)の轉、
説に似たのが、日本語源広辞典で、
クラ(クル輪)+げ(笥)、
で、形が丸い笥(容器)、
とする。その「クラ」から展開するのが、たべもの語源辞典で、
たよりなく海中にのらりくらりして、クルクルとかクラクラしている様子をクラゲといったのである。回転することをクラクラというが、このクラである、
と。
軽くめまいする様子の、
「クラクラ」の「クラ」であるが、
「くらくら」の「くら」は、「くるくる」の「くる」と関係があり、回転する意を表す。「目がくらむ」「立ちくらみ」の「くら」も同源である、
とある(擬音語・擬態語辞典)。「くるくる」は、
物が軽やかに回転する様子、
の意だが、平安時代から見られるとあり、奈良時代は、
くるる、
といった、とある。
緒もくるるに、其の髻(もとどり)に纏(ま)かせる……、
とある(日本書紀)。時代差が気になるところだが、「クラゲ」の「クラ」が、和語の特徴である擬態語から来た、とするのは説得力がある気がする。
目がないといわれていたところから暗(くら)ぐれ(和句解・日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解)、
色が黒いことから(和句解)、
クリアゲ(繰り上げ)の義(名言通)、
フラコ(振魚)の義(言元梯)、
イクラカイケ(幾何生毛)の義(日本語原学=林甕臣)、
くらがりにいる化け物のようだから(たべもの語源辞典)、
等々の諸説は、たべもの語源辞典が一蹴するように、「難しく」考え過ぎである。理屈ばった説は、大概外れである。
ただ、日本語の語源は、例によって、音韻変化から、
上代人は海面を漂うクラゲ(海月)を見て、「浮く許りの魚」と呼んだ。その省略形のウクバカリ(浮く許り)は、バの子交(子音交替)[bd]とカリ[k(ar)i]の縮約とでウクダキ・ウクダケ(浮く丈)になった。さらにウの脱落、ダの子交[dr]でクダケ・クラキ・クラゲに転音した。相模のクラキ(久良岐)郡を中世クラゲ(海月)郡と呼んだのと同様の母交(母音交替)[ie]である、
と説く。是非の判断はできないが、
クラキ→クラゲ、
は、カナシゲ、キヨゲの接尾語ゲと同じ「気」はキ→ケの転訛で説明が付くのではあるまいか。「け(気)」は、
気(き)音の転、
「げ(気)」は、
気(け)の連濁、
であり(大言海)、
他語の下に属きて、風情、気色(けしき)を云ふ、
とある(仝上)。
擬態語「くら」+気(げ)、
ではないか。なお、
水母の骨、
という言葉があり、
あるわけがないもの、
または、
きわめて珍しいもののたとえ、
として使われる。『承久記』に、上田刑部という武士が、
人の身には、命ほどの宝はなし。命あればクラゲの骨にも申すたとえの候なり(命があれば、クラゲの骨にも会うだろう)、
と言ったとされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B2)。このため、民話に、
海月骨なし、
という話がある。
竜宮の乙姫が病となり、猿の生き胆を食べると治るというので、竜王の命令で、亀が猿をだまして連れてくる。ところが門番のクラゲが、猿に生き胆を取るのだと告げてしまう。肝を木に干してきたと欺いて亀に陸地へ連れて行かせる。このためクラゲは罰として骨を抜かれた、
という。類例は全国に分布し、クラゲが猿を連れに行く使者という変形もある。
クラゲを食用とするのは、日本と中国であるが、中華料理では、
海蜇(ハイチェ)、
といい、塩漬けクラゲを指す(大辞林)。
参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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