2020年09月10日

公卿


「公卿(くぎょう)」は、

公家、

の意のそれではなく、

供饗、
公饗、

等々と当てる。

公卿に供する食物などを載せる膳、

つまり、

衝重(ついがさね)

の意である。大言海は、

公卿衝重、

とし、

供饗、公饗などと書けるは、借字なるべし、

とする。

食盤(ぜん)の名、公卿に供する衝重、常には、略して公卿とのみ云ふ、

とある。

『酒飯論』にみる衝重.jpg

(大小二つの衝重が配された僧院の食事(室町後期の『酒飯論』) https://tvc-15.hatenablog.com/entry/2019/08/10/053544より)

俊成卿九十賀記、建仁三年(1203)十一月廿三日に、

於上皇二条御所被賀入道正三位釋阿九十算、……次賜釋阿前物、……次居公卿衝重、

とあり、註に、

塗胡粉、有畫圖(藤原俊成入道釋阿)、

とある(大言海)。

木具、

とも言う(広辞苑)。運歩色葉集に、

公卿、木具、公卿人居之、

とある(大言海)。「木具」とは、

木具膳、

の意で、檜の白木で作る(広辞苑)。

信長公記の天正元年には、

一、朝倉左京太夫義景首(かうべ)、一、浅井下野 首、一、浅井備前 首、已上三ツ薄濃(はくだみ)にして公卿に据置御肴に出され候て、

とある。「薄濃」とは、

箔彩、

とも当て、

金銀箔・金銀泥などで彩色すること、

である。

「衝重」は、

ついかさねたるもの、

で、

ツキガサネの音便、

で、

ツイガサネ、

と訓ますが、

神供(じんぐ)や食器を載せるのに用いる膳具、折敷の下に台をつけたもの、

で、普通白木を用い、

三方に穴をあけたものを、

三方(さんぼう)、

四方に穴のあけたのを、

四方、

穴をあけないのを、

公卿、

という(広辞苑)。四方の形小さいものは、

小四方(こじほ/こじほう)、

という(大言海)。「穴」は、

眼象(げんじょう)という格狭間(こうざま)を透かしている、

もの(日本大百科全書)で、「眼象」は、「げじょう」とも訓み、

牙象、

と当て、三方、四方にあけているものは、

刳形・繰形(くりかた)、

という(広辞苑・大言海)。

圓く刳り貫きて、猪目(ゐのめ)形に、葉入りにす、

とある。

「猪の目」とは、「井の目」とも当て、

猪の目の形を模したハート型を上下逆さにしたような透かし文様、

で、灯籠の煙山しの透かし、飾り金具や額縁・経机の彫刻などにも用いる。

猪の目透かし、

とも言う(大辞林)。

「三方」は、

神道の神事において使われる、神饌を載せるための台、

であり、古代には、

高貴な人物に物を献上する際にも使用された。寺院でも同様のものが使われるが、この場合は、

三宝(仏・法・僧)にかけて三宝(さんぽう)、

と書かれることもあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%96%B9_(%E7%A5%9E%E9%81%93)

「衝重」は、

通常は檜などの素木(しらき)による木製で、折敷(おしき)と呼ばれる盆の下に直方体状の台(胴)がついた形をしている、

とあり(仝上)、

折敷を、方形の筒の如き臺に、築重(つきかさ)ねて、作附(つくりつ)けにしたる(大言海)、

ために、「衝重」というにことになる(大言海)。つまり、元々は折敷と台は分離していて使用するときに台の上に折敷を載せており、台に載せずに折敷だけで使用することもあった。

今日では折敷と台が完全に結合したものが使用されており、折敷だけで使用するものは三方とは別に用意するようになっているhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%96%B9_(%E7%A5%9E%E9%81%93)。これは、

折櫃の蓋を櫃の上に裏返して重ねて器の代わりとしていた、

のが元になったとされるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%9D%E9%87%8D。「折櫃」(おりびつ)は、

檜の薄板を折り曲げて作った小箱。形は四角・六角などさまざまで、菓子・肴などを入れる、

とある(デジタル大辞泉)。

「三方」「四方」が、

公卿衝重、

であり(大言海)、「四方」は、

大臣以上に供し、

「三方」は、

大納言以下、

で、

其折敷の縁の低きを、細縁(ほそぶち)と云ひ、六位蔵人に用ゐる。これを薄盤と云ふ、

とある(仝上)。ただ、眼象がないのを、

供饗(くぎょう)、

という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%9D%E9%87%8D、広辞苑、日本大百科全書)とあるので、厳密には、

公卿衝重、

供饗、公饗、

とは区別されるものかもしれないが、あるいは、

後には、孔のあいていないものを供饗、孔の三つ无ある物を三方、四つのものを四方といった、

とある(日本食生活史)ので、本来の三方、四方をいう「公卿衝重」の意味から、身分による使い分けをしなくなるほど、一般化した時期から、

三方、
四方、
供饗(穴のない)、

と分化した、と考えるのが妥当のようである。

「衝重」は、したがって、

平安時代、饗宴の席に折敷、高坏などとともに用いられ、白木造りであったが、鎌倉時代以降、朱や黒の漆塗りのものや、蒔絵(まきえ)で装飾したもの、彩絵(いろえ)を施したものなどが現れ、初めのものは高さも低かったが、近世になると脚が高くなった、

とあり(日本大百科全書)、

後世は、平人も、儀式の時には、三方を杯臺とし、其外、種々の物を載するに用ゐ、春慶塗にするものあり、形も、上広く、臺狭くなり、穴も、寶珠形の如くなれり、

ともある(大言海)。

衝重.bmp

(衝重 精選版日本国語大辞典より)

なお、「衝重」に似たもので、

懸盤(かけばん)、

というものがある。

大きく格狭間(こうざま)を透かせた台に折敷を載せたもの、

で、

藤原氏の氏長者(うじのちようじや)がその地位の標識として朱器とともに伝領した台盤も、この形式のものであった、

とある(世界大百科事典)。これは、

折敷を載せ掛けおく臺盤の意、

で、

衝重と同じ造りのもの、

とある(大言海)。

晴れの儀式などに用ゐる膳。昔は、四脚の臺の上に、折敷を載せて用ゐき、後世なるは、上下作りつけにし、銀杏脚にて、脚の下に方形の椢をつけて、面、朱漆にて、他は、総黒漆なり、

という(仝上)が、

入角折敷(いりずみおしき)形の盤に、畳ずりのある四脚置台をとりつけるのが通形。脚間を格狭間(こうざま)形に大きくくり抜いた四脚が、弧を描いて盤面より外に大きく張り出し、安定した形姿を示すのが特徴的である。懸盤の名称は、盤下にこの種の置台を伴うことにもとづくのであろう。文献では平安時代から散見されるようになり、《江家次第》には〈殿上人懸盤居之〉とあるから、当初は昇殿を許された五位以上の位の人に限り、宮中の宴席などで使用されたことが知られる、

とある(世界大百科事典)のを見ると、四脚のタイプも、脚に横木を渡したタイプも、何れも、脚が張り出した形に思える。

菊桐紋蒔絵懸盤.jpg


近世になると、台面に朱漆、縁足台などに黒漆を塗り、草花、花鳥、家紋などの蒔絵(まきえ)が施された美術工芸品が出現している。その代表的な遺例として、高台寺(京都)の蒔絵調度類のうちの松菊桐蒔絵懸盤と芦辺(あしべ)桐蒔絵懸盤があげられるが、これらは豊臣秀吉夫妻の使用と伝えられる、

とある(日本大百科全書)。

因みに、平安期頃の食卓に当たるものには、

衝重(ついがさね)、
懸盤(かけばん)、

の他に、

台盤(だいばん)、
春日卓(かすがしょく 二月圭卓とも)、
高坏(たかつき 高杯)、

等々がある。「台盤」は、

清涼殿の殿上の間や台盤所に於かれている食卓で、上は縁が高く、中は低く、脚は八角形で、中央にくびれがあり、机の上は赤く、外は黒漆になっている、

とあり(日本食生活史)、

平安時代の宮廷、貴族の飲食調度の一つで、節会、大饗などに用いた。「だいはん、ばんだい」ともいう。食物を盛った盤 (皿) を載せる木製の机状の台。長さが約 240cmの大台盤 (長台盤、2人以上用) 、約 120cmの小台盤 (切台盤、1人用) などがあり、ともに幅は約 1m、高さは約 45cmぐらい。朱・黒漆塗で、上面は幅広い縁がつき中が低い。台盤を置く場所を台盤所といい、のち略して台所と称した、

とある(ブリタニカ国際大百科事典)。

台盤.bmp

(台盤 精選版日本国語大辞典より)

「春日卓」は、

黒塗で脚は並行した板で、中はくり形がある、

とある(日本食生活史)。「春日卓」の名は、

春日大社で使用された神饌具の一種で、仏殿に香華を供えるための机である、

とありhttps://nanao-art-museum.jp/?p=2773、そこに由来する。大言海には、

春日机、

として、

八脚の机にして、上面は朱漆、他はすべて黒漆に、處々、青貝を塗り込めるもの。奈良の春日神社の神饌の用具。二十年毎に改造せられるものと云ふ。春日塗これに起こる、

とある。現在は、春日卓(かすがじょく)とも訓み、仏具の香炉卓(こうろじょく)等々として残っている。

根来春日卓.jpg

(根来春日卓 https://nanao-art-museum.jp/?p=2773より)

「高坏」は、

食物を盛るのに用いた長い脚の付いた器。1本の脚の上面に円形または方形の皿が付いたもの。縄文、弥生時代には土器であったが、平安時代以降は漆器となった。蒔絵(まきえ)を施したもの、紫檀製のものなどがある。現在は仏前、神前の供物に用いる。角高坏が正式、丸高坏は略式とされる、

とある(食器・調理器具がわかる辞典)。

高坏.bmp

(高坏 精選版日本国語大辞典より)

以上のうち、「衝重」と「懸盤」は、近世まで、食卓として残った。

なお、「折敷」は、「八寸」http://ppnetwork.seesaa.net/article/470985757.htmlで触れたし、「膳」の変化は、「膳」http://ppnetwork.seesaa.net/article/471403391.htmlで触れた。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

【関連する記事】
posted by Toshi at 04:30| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください