けんちん


「けんちん」は、

巻繊、
捲煎、
巻煎、

等々と当てる。

けんちぇん、
けんちゃん、
けんちょん、

等々と訛る。

繊は唐音でチンだが、煎はチェンであるから、この字の違いによって、ケンチンとかケンチャンとか呼ばれ……訛ってケンチンとなった(たべもの語源辞典)、

「ちゃん」は「繊」の唐宋音=けんちん(巻繊)(俚言集覧(増補)(1899))、

等々、基本的に「繊」(セン)の唐宋音由来というのは一致している。「繊(纖)」は、

会意兼形声。韱(セン)は、小さく切るの意を含む。纖はそれを音符とし、いとを加えた字、

とあり(漢字源)、

巻も捲も、巻いたものを表すので、湯葉とか油揚で巻いている。繊は、千切りとか細かくしたものを示している、

とある(たべもの語源辞典)。大言海は、

巻は、黒大豆の萌(もやし)なり、繊は、細かに刻みたるなり、今も、大根の繊(セン)に切ると云ひ、繊蘿蔔(センロツポン)の名もあり、

とする。「繊蘿蔔」は大根の意で、「せんろふ」とも訓み、大根を細く薄く刻んだもの(日葡辞書)である。

「けんちん」は、

普茶料理の一つ(たべもの語源辞典)、

とされたり、

卓袱料理のひとつ(大言海)、

とされたりするが、「卓袱」http://ppnetwork.seesaa.net/article/471380539.htmlや「普茶料理」http://ppnetwork.seesaa.net/article/474648427.htmlで触れたように、「普茶料理」は、

卓袱(しっぽく)料理の精進なるもの、

とあり(大言海)、料理山家集(1802)には、

普茶と卓袱と類したものなるが、普茶は精進にいひ全て油をもって佳味とす。卓袱は魚類を以って調じ、仕様も常の会席などと別に変りたる事なしといへども、蛮名を仮てすれば、式と器の好とに、心を付ける事肝要なり、

とあり、それで、

精進の卓袱料理、

といわれ(たべもの語源辞典)、何れも中国からの伝来で、油を使うところが特徴である。

日本に伝えられた「けんちん」は、

①黒大豆のもやしをごま油で炒めて湯葉で巻いたもの、

②大根・牛蒡・人参・椎茸などを千切りにして、油で炒めて崩した豆腐を加え、味付けしたものを油揚で巻いて油で揚げたもの、

③鯛・エビ・鶏肉などを玉子焼で巻いたもの、

などがある、とある(たべもの語源辞典)。本来は中国料理なので、必ず油を用いる(仝上)。大言海も三種挙げており、①に当たるのは、「卓袱料理」由来で、

黒大豆を萌(もやし)を刻み、胡麻の油にて煎り、鹽、醤油にて味をつけたるもの、

で、長崎にては、

もやしを油にていため、湯葉に巻いて煮びたしにす、

と付言してある。俚言集覧には、

巻繊の字を書く、巻は黒大豆のもやしを云ふ、此豆を油にて煎り、鹽、醤油を加へ食す、いわゆるしっぽく料理なり、

とあり、和訓栞には、

しっぽくに用ふる料理の名也、油あげの品也、巻煎なりと云へり、

とあり(以上、大言海)、享保一五年(1730)の料理網目調味抄には、

ゴボウ、キクラゲのせん切りとセリを湯葉で巻いて油で揚げ、小口切りにしてショウガ酢、煎酒(いりざけ)で供する、

とあり(世界大百科事典)、後続の江戸時代の料理書では材料に多少の差はあるものの、おおむね油でいためた具を湯葉で巻き、それを揚げたものになっている(仝上)。「卓袱料理」でも「普茶料理」でもどちらでも通りそうであるが、これは「卓袱」系である。「卓袱」系の「けんちん」には、

ゆでたえびの身や白身の魚を細かくほぐし、千切りにしたしいたけ、笹がきにしたごぼう、銀なんなどとともに煮つけ、薄焼き卵に包み込み、小口切りにする、

というのもある(ブリタニカ国際大百科事典)「卓袱系」は、今日、

もやしや煮た野菜を小麦粉のクレープ巻き、または、湯葉巻きにして、蒸す料理。油で揚げたものや、イセエビと野菜を使い、薄焼き卵巻きにして揚げたものもある、

というバリエーションらしいhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%91%E3%82%93%E3%81%A1%E3%82%93

②に当たるのは、

大根・牛蒡・椎茸・麩・青菜など、繊(せん)に打ち、胡麻の油にて煎りて、醤油にて味をつけ、豆腐の油揚にて巻き、鹽、醤油にて味をつけ、豆腐の油揚にて巻き、巻目にうどんこを塗り、又油にて揚げ、小口切にす、是は、精進のものなり。けんちん汁はこれより転じたる、

とある(大言海)。「普茶」系である。精進系の「けんちん」には、

煮沸した豆腐を袋に入れて水を切り、細かくほぐして味つけし、銀なん、小口切りにしたごぼう、しいたけ、麻の実を煮たものを、薄皮状に広げた豆腐の上に載せて巻き、美濃紙に包んで蒸してつくる、

というのもある(ブリタニカ国際大百科事典)。「普茶系」は、今日、

根菜類、シイタケ、麩を繊切りにし、油と醤油で炒め、栗、青菜などとともに油揚げで巻いて揚げた料理、

というスタイルらしいhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%91%E3%82%93%E3%81%A1%E3%82%93

③に当たるのは、

鯛・伊勢蝦・鶏肉・銀杏などを材料に加へ、玉子焼きにて巻く、

とある(大言海)。

伝来した「けんちん」は、以上の三系統らしいが、今日、「けんちん」と名の付くものが、

けんちん汁、
けんちん蒸、
けんちん煮、
けんちん豆腐、
けんちん焼、

等々、結構ある。この場合の「けんちん」は、

けんちん地、

を材料にした料理の総称https://temaeitamae.jp/top/t8/Japanese.food.6/0996.htmlであり、そのバリエーションは、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%91%E3%82%93%E3%81%A1%E3%82%93に譲る。

「けんちん地」は、

大根、人参、ごぼう、筍、木耳などを細切りにして油で炒めて調味、豆腐を崩して加え、さらに炒めたもの、

とある(仝上)。あるいは、

細く切った野菜を油で炒めて、その中にくずした豆腐を入れて更に加熱したもので、玉子を主にして作った場合、

は、

玉子けんちん地、

ともいうらしいhttps://kondate.oisiiryouri.com/kenchinmushi-gogen-yurai/。現在では、

野菜を刻み、崩した豆腐と炒め合わせて作ったものを汁物にすると、

けんちん汁、

蒸し物に仕立てると、

けんちん蒸、

湯葉や油揚げで巻き込んで煮ると、

けんちん煮、

といった使われ方をしているようであるhttps://shokuiku-daijiten.com/mame/mame-1132/

けんちん汁.JPG


「けんちん汁」は

豆腐を絞りて水気を去り、胡麻の油にてにい煎て、水気を去り、牛蒡、芋など、種々の野菜を刻みて加へ、澄汁(すましじる)にいれたるもの、

略して、

けんちん、

とある(大言海)。俚言集覧(1797)に、

豆腐牛房芋その外色々時の菜を入て油にて煎て汁の物にするをけんちんといふ、

とあるものである。この由来には、

鎌倉の建長寺の開山であった蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が、くずれてしまった豆腐を野菜と煮込んで作った汁物に由来する、

といった説もある(語源由来辞典)。これが、「建長寺汁」「建長汁」と呼ばれるようになって、訛って「けんちんじる」となったとするものである。だとすると、これは、精進料理の「普茶料理」系由来ということになる。元来は精進料理なので、

肉や魚は加えず、出汁も鰹節や煮干ではなく、昆布や椎茸から取ったものを用いた、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%91%E3%82%93%E3%81%A1%E3%82%93%E6%B1%81

けんちん煮.jpg


けんちん蒸.jpg


参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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