葛切り
「葛」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/477451881.html?1600370947)については触れたが、古えから「葛」の塊根に含まれるデンプンをとり、
葛粉、
として利用されてきた(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%BA)。
秋から冬にかけて掘り起こしたものを砕いて水を加えて繊維を取り除き、精製してデンプンだけを採取する。葛粉を湯で溶かしたものを葛湯と言い、熱を加えて溶かしたものは固まると透明もしくは半透明になり、
葛切り、
葛餅、
葛菓子(干菓子)、
葛そうめん、
等々の他、和菓子材料や料理のとろみ付けに用いられてきた(仝上)。「葛そうめん」というのは、
練った葛料を、数個の穴をあけた柄杓に流し込み、底から糸状に垂れてくるのを熱湯でゆで上げ、数回水にさらす。澄まし汁の具に用いられる、
とある(日本大百科全書)が、
はるさめの古い形のもの、
ともある(仝上)。大言海は、「葛切り」と「葛そうめん」を一括して、
葛ねり、
としているが別物である。「葛餅」は、
葛粉、生麩(しようふ)粉、小麦粉を等分に配して水でこね、一晩ねかせたあと木枠に流し入れて蒸し、これを適宜に切って糖みつときな粉で食べるもの、
で(世界大百科事典)、東京の亀戸天神、本門寺、神奈川県の川崎大師(平間寺)などの名物になっている。その他、江戸語大辞典には、
葛煎餅、
が載り、
葛粉で製した煎餅、
とあり、また、
葛溜(くずだまり)、
が載り、
葛餡、
ともいい、
醤油・味醂・煮出汁でつくった汁に水で溶いた葛粉を加えて煉ったもの、
とあり、これを掛けた料理が、
餡掛、
である。中国料理では、
溜(リウ)、
と呼ばれる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A4%A1%E6%8E%9B%E3%81%91)。
「葛切り」は、
葛の根の澱粉からとった葛粉に砂糖と水を加え、塊がなくなるまでこねたら、それを湯煎(ゆせん)しながら流し固めてうどんのように細目に切ったものである。料理にも使われる。和菓子の場合は、氷で冷やしながら、黒蜜か白蜜をかけて食べる、
ものである(https://japanknowledge.com/articles/kotobajapan/entry.html?entryid=2424)。普及品として、くず粉の代用としてじゃがいもなどのでんぷんを用いたものもある(世界の料理がわかる辞典)。なお、ゼラチンや寒天は加熱してから冷却することでゲル化するが、
葛切りは、澱粉なので加熱することでゲル化する、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%9B%E5%88%87%E3%82%8A)。「葛切り」という名は、
葛を、糕(むしもち)にしてから麺のように切るので、葛切りという、
とある(たべもの語源辞典)。「餅」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/474462660.html)で触れたように、「餅」(漢音ヘイ、呉音ヒョウ)は、
「『食+音符并(ヘイ 表面を平らにならす)』で、表面が薄く平らである意を含む」
で、中国では、小麦粉などをこねて焼いてつくった丸くて平たい食品、「月餅」の「餅」である。「もち米などをむして、ついてつくった食品」に当てるのは、我が国だけである。
餻、
餈、
も「モチ」のことである(たべもの語源辞典)。「餻」(コウ)は、「糕」とも書き、
もち、だんご(粉餅)、
の意である。「餈」(シ)は、
むちもち、もち米をむして搗きたるもち(稲餅)、
である(字源)。
現在の和菓子としての葛切りは、京都に起こったとされるが、
京都市祇園にある鍵善(かぎぜん)が高名である。鍵善はこれを吉野葛でつくり、螺鈿(らでん)を施した漆の容器に入れ、白蜜か黒蜜を添えて供している。幕末のころは葛切りを岡持ちに入れて出前した、
という(日本大百科全書)。
古い料理本にある葛切りの作り方は、
葛を粉にして、きぬ篩でふるってから煮えたぎった熱い湯でこね、蕎麦切(http://ppnetwork.seesaa.net/article/471421916.html)のように打つ、夏は冷やして食べる、
が(たべもの語源辞典)、室町中期の『尺素往来』(せきそおうらい)の点心の一つに、
砕蟾糟、
とあり、現代の葛切りに似たものではなかったかと考えられている(https://japanknowledge.com/articles/kotobajapan/entry.html?entryid=2424)。次の時代には、
葛粉一升を熱湯一合五勺(0.27リットル)でこねて、蕎麦のようにのばして打切り、茹でてから水に入れて晒す、
あるいは、
葛粉一升に白砂糖半斤(300g)を入れ、熱湯でこねもてから、めん棒でのばし、蕎麦のように打って、煮え湯に入れて出す。つけ汁は蕎麦つゆより甘いものにし、味醂、砂糖を使う、
とある(仝上)。冷たくして食べるものとは限らなかったようだが、夏の食べ物であった。
宝暦13年(1763)~天明4年(1784)の『貞丈雑記』には、
葛の粉をねり砂糖を入れて薄くひろげて、さまして短尺の如く小さく切りたる物なり。黄と白の二色を交うるなり。本は「水仙羹」なるべし。水仙の花の色なり、
と記し(https://www.toraya-group.co.jp/toraya/bunko/historical-personage/055/)、
水繊(煎 すいせん)、
水蟾(すいせん)、
と呼んでいる。これは、
水繊羹、
ともいい、
くず粉を煮、冷やし固めて短冊形に切ったもの、たれ味噌または煎(い)り酒をつけて食べる、
とある(大辞林)。「水繊」は、
かつて黄と白の短冊状の食べ物で、色合いが水仙の花色を思わせたことから、
水仙羹、
とも呼ばれていた(https://www.toraya-group.co.jp/toraya/bunko/historical-personage/055/)らしい。
今でも葛粽を「水仙粽」と呼んだり、虎屋の生菓子「水仙巌の花」「水仙常夏」のように、葛粉を使った菓子に「水仙」を冠したりするのも、このためでしょう、
とするが(仝上)、「羹」なので、今日の葛切りとは異なる。江戸時代には、水繊(すいせん)は、
葛粉を水でといて水繊鍋(水繊用の四角の浅鍋)に薄く流し入れ、鍋底を熱湯に浮かべて半透明になったら、そのまま水繊鍋を熱湯中に押し入れて完全に糊化させ、これを冷水中に入れて冷やし、水中で糊化したものをへらではがして取り上げて細く切ります、
ともあり(https://www.kabuki-za.com/syoku/2/no231.html)、
酒、醤油(しょうゆ)、酢、鰹節(かつおぶし)、塩などを煮詰めた調味料につけながら食べていた、
とある(https://japanknowledge.com/articles/kotobajapan/entry.html?entryid=2424)。これは、「葛切り」ではなく、「葛そうめん」に近いものであったのではないか、という気がする。
参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
この記事へのコメント