山上憶良の歌では、
萩の花尾花(をばな)葛花(くずはな)なでしこの花をみなへしまた藤袴(ふぢはかま)朝顔の花、
と、秋の七草に「桔梗」ではなく、朝顔を入れているが、「あさがお」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/477416058.html?1600457391)で触れたように、「朝顔」は、
桔梗、
にも、
木槿、
にも、
呼ばれたが、
木槿も牽牛子(漢方、朝顔の種)も後の外来ものなれば、万葉集に詠まるべきなし、
と(大言海)し、
桔梗、
の意であった、とされる。今日の「あさがお」は、
奈良時代末期に遣唐使がその種子を薬として持ち帰ったものが初めとされる。アサガオの種の芽になる部分には下剤の作用がある成分がたくさん含まれており、漢名では「牽牛子(けにごし、けんごし)と呼ばれ、奈良時代、平安時代には薬用植物として扱われていた、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%82%AC%E3%82%AA)が、
遣唐使が初めてその種を持ち帰ったのは、奈良時代末期ではなく、平安時代であるとする説もある。この場合、古く万葉集などで「朝顔」と呼ばれているものは、本種でなく、キキョウあるいはムクゲを指しているとされる、
としている(仝上)。平安初期の新撰字鏡も、
桔梗、阿佐加保(あさがほ)、
とし、岩波古語辞典も、「朝顔」が、万葉集で歌われているのは、
桔梗、
の意で、輸入された、ムクゲが美しかったので、それ以前にキキョウにつけられていた「あさがほ」という名を奪った、とする。名義抄(11世紀末から12世紀頃)には、
蕣、キバチス、アサガホ、
とあるが、その後、平安時代に中国から渡来した、その実を薬用にした牽牛子(けにごし)が、ムクゲよりも美しかったので、「あさがほ」の名を奪った、
と(岩波古語辞典)ある。名義抄には、既に、
牽牛子 アサガホ、
とある。
「ムクゲ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/455243777.html)で触れたことだが、
ムクゲは古代の中国では舜(しゅん)とよばれた。朝開き、夕しぼむ花の短さから、瞬時の花としてとらえられたのである。『時経』には、女性の顔を「舜華」と例えた記述がある。白楽天も一日花を「槿花(きんか)一日自為栄」と歌った。(中略)日本では平安時代から記録が残り、「和名抄」は木槿の和名として木波知春(きはちす)をあげている。これは「木の蓮(はちす)」の意味である。『万葉集』の山上憶良の秋の7種に出る朝顔をムクゲとする見解は江戸時代からあるが、「野に咲きたる花を詠める」と憶良は断っているので、栽培植物のムクゲは当てはめにくい、
としていた(日本大百科全書)ので、やはり、万葉集の歌にある「朝顔」は、
桔梗、
のようである。
つまり、「ムクゲ」が「桔梗」から「あさがお」の名を奪ったのである。
此灌木、字音にて、木槿(むくげ)と呼べば、漢種の移植のものなり、されば野生になし、其花、朝に咲きて、暮れに落つれば、朝顔と云ふ、色種々にして、殊に美麗なれば、桔梗の名を奪へるなり、然れども、又、牽牛子(あさがほ)に、其名を奪はれて、字音の方にて、呼ばれるやうになれり、
とある(大言海)。確かに、「槿」について、『漢字源』には、
「花は朝開いて、夕方にはしぼむので、移り変わりのはやいことや、はかないことのたとえにひかれる」
とあり、「舜(しゅん)とよばれた」というだけの謂れはある。日本で、古く、「あさがお(朝顔)の名があったのもそのゆゑである。
その「ムクゲ」も、「朝顔」の名を、今日の「あさがお」に奪われるのである。
平安朝の初期に、實を薬用とするために、漢種を渡しし草にて、野生になし、即ち、字音にて、牽牛子(ケニゴシ)と云ひき、實の名なるが如し、朝に花咲きて、其碧色の美麗なること木槿(あさがほ)に超ゆれば、その名を奪ひ、ケニゴシ(牽牛子)の名は行われず、終にアサガホの名を専らにして、いまの世に到れり、
とある(大言海)。平安時代中期の和名抄には、
牽牛子 阿佐加保、
とある。
さて、「桔梗」は、漢語である。「桔梗」(ケッコウ)の「桔」(漢音ケツ、呉音ケチ)は、
会意兼形声。「木+音符吉(きつくしまる)」で、かたくしまった実をつける草木。きつく引き締まる棒などの意、
とある(漢字源)。はねつるべの「桔槹」(ケッコウ)などに使う。「梗」(漢音コウ、呉音キョウ)は、
会意兼形声。「木+音符更(かたい心棒)」。梗は芯になる堅い棒やしんのあるとげ、
とある(仝上)。どうも芯が固く締まっているというイメージは、根にあるのかもしれない。大言海に、
根は牛蒡の如し、
とある。この根は、
サポニン(オレアナン型トリテルペンサポニン)を多く含むことから生薬として利用されている(Platycodi Radix、日本薬局方では桔梗根でキキョウという)。生薬としては、根が太く、内部が充実し、えぐ味の強いものが良品とされている、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%AD%E3%83%A7%E3%82%A6)、
鎮咳、去痰、排膿作用があるとされる(仝上)、とあり、代表的な漢方処方に桔梗湯(キキョウ+カンゾウ)があるらしい。
「桔梗」を、
キキョウ、
の訓むのは、
漢音ケッコウの転訛、
とみられる。古名は、
キチコウ、
という(日本語源大辞典・大言海)。古今集で、
きちかうの花、あきちかう(秋近う)野はなりにけり白露のおける草葉も色かはりゆく(紀友則)、
と詠まれている(仝上)。
ケッカウ→キチカウ→キキャウ→キキョウ、
と転訛したとみられる。
他に、
ヲカトトキ(乎加止止岐)、
アリノヒフキ(蟻の這木)、
等々とも呼ばれたらしい(大言海・精選版日本国語大辞典)。
なお、「桔梗」という名の襲の色目があり、
襲(かさね)の色目の名。表は二藍(ふたあい)、裏は青、
とある(http://www.mode-japonesque.com/irodori/kasane_aki/kikyou.htm)。
きちこう、
とも言う。「二藍(ふたあい)」は、
藍と紅花で染めた染色の色。紅花は紅藍花ともいうし、呉藍(くれない)ともいう、
という(仝上)、二種類の藍を使った色である。
なお、
「なでしこ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/464868151.html)、
「おみなえし」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/477396903.html?1600111405)、
「萩」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/477503011.html?1600629932)、
「尾花」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/477574893.html?1600975798)、
「葛」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/477451881.html?1600370947)、
については触れた。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:桔梗