2020年10月01日

そうめん


「そうめん」は、

素麺(素麵)、

と当てるが、

索麺(サクメン)の音便、

とされ、

素麵、

は当て字、広辞苑は、「そうめん」に、

索麺、

を当てている。

小麦粉に食塩水を加えてこね、これに植物油を塗って細く引き伸ばし、日光にさらして干したもの、

をさす(広辞苑)。

索麺は宋音、

である(たべもの語源辞典)。たべもの語源辞典は、

索(なわ)のような麺という意味で、日本では奈良朝のころから文書に索麺が用いられた。索はなわ・つなである。素はソまたはスで、しろし・もと・つね・もとむ、といった意味の字である。素麺と書けば、白い麺といった意味になるが、ソウメンがウドンとか他の麺にくらべて特に白い麺であるとは考えられない。それで、索麺が正しいものを、いつか索を素と書き誤ってしまったものか、サクメンがソウメンと訛ってしまったので、

素の字を当てたのではないか、とする。

ほそもの(細物)、
ぞろ・ぞろぞろ(女房詞・小児語)、

ともいい、

むぎなわ(麦縄)、

は古語、とする(仝上)。

同じ小麦製の、

ひやむぎ、
うどん、

との違いは、「そうめん」が、

小麦粉を塩水でこねて生地を作り、油を塗りながら手を使って細く延ばす麺、

に対して、

平らな板と麺棒を使って生地を薄く延ばし、刃物で細く切る麺、

が「ひやむぎ」や「うどん」となる。しかし、現在は製法の機械化が進み、日本農林規格(JAS)の乾麺類品質表示基準で、
干しそうめん 長径1.3㎜未満(手延べの場合は長径1.7㎜未満)、
干しひやむぎ 長径1.3㎜以上1.7㎜未満(手延べの場合は長径1.7㎜未満)、
干しうどん  長径1.7㎜以上(手延べの場合も長径1.7㎜以上)、
と、麺の太さの違いとされているが、手延べ麺の場合は、

素麺もひやむぎも同基準であり、めん線を引き延ばす行為のすべてを手作業により行っているなどの条件を満たしたものが、太さに合わせて、それぞれ「手延べ素麺」、「手延べひやむぎ」、「手延べうどん」とされる、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%A0%E9%BA%BA

「菓子」http://ppnetwork.seesaa.net/article/474306504.htmlで触れたように、奈良時代から平安時代にかけて、中国から、

唐菓子(からかし)、
唐菓(果)子(からくだもの)、

と呼ばれる、

穀類を粉にして加工する製法の食品が伝わり、はじめは、植物の菓子に似せて、

糯米(もちまい)の粉・小麦粉・大豆・小豆などでつくり、酢・塩・胡麻または甘葛汁(あまづら)を加えて唐の粉製の品に倣って作り、油で揚げたもの、

らしく(日本食生活史)、名前も、異国風に、

梅枝(バイシ 米の粉を水で練り、ゆでて梅の枝のように成形し、油で揚げたもの)、
桃枝(とうし 梅枝と同様に作り、桃の枝のように成形し、桃の実に似せたものをそくい糊でつけた)、
餲餬(かっこ 小麦粉をこねて蝎虫(蚕)の形とし、焼くか蒸したもの)、
桂心(けいしん 餅で樹木の形をつくり、その枝の先に花になぞらえて肉桂の粉をつけたもの)、
黏臍(てんせい 小麦粉をこねてくぼみをつけて臍に似せ、油で調理したもの)、
饆饠(ひら 米、アワ、キビなどの粉を薄く成形して焼いた、煎餅のようなもの)、
鎚子(ついし 米の粉を弾丸状に里芋の形にして煮たもの)、
団喜(だんき 緑豆、米の粉、蒸し餅、ケシ、乾燥レンゲなどを練った団子、甘葛を塗って食べた)、

等々があり(倭名類聚抄、日本食生活史)、以上の八種は、

八種唐菓子(やくさからがし)、

と呼ばれ、

これは特別の行事・神仏事用の加工食品と言える。この他に、

餛飩(麦の粉を団子の様にして肉を挟んで煮たもの。どこにも端がないので名づける。今日の肉饅頭のようなもの)、
餅餤(ヘイタン 餅の中に鳥の卵や野菜を入れて四角に切ったもの)、
餢飳(フト 伏菟 油で揚げた餅)、
環餅(マガリモチ 糯米の粉をこねて細くひねって輪のようにし、胡麻の油で揚げたもの。輪のように曲がるので)、
結果(カクナワ 緒を結んだ形にしたもので、油で揚げる)、
捻頭(ムギカタ 小麦粉で作り油で揚げたもの、頭の部分がひねってある)、
索餅(ムギナワ さくべいともいい、麦の粉を固めて捻じり、縄のようにしたもの、冷そうめんの類)、
粉熟(フンズク ふずくともいう、米・麦・大豆・胡麻の五穀を粉にして餅をつくり、ゆであまずらをかけて竹の筒に詰め、押し出して切ったもの、小豆の摺り汁を用いた)、
餺飥(ホウトウ やまいもをすりおろし、米の粉を混ぜてよく練って、めん棒で平たくし、幅を細く切って、豆の汁にひたして食べた。ほうとうは、今日も残っている)、
煎餅(センベイ 小麦粉で固めたものを油で揚げた)、
粔籹(アシゴメ 糯米を火で煎って密で固め、竹の筒などにつき込んで押し出す、今日のオコシと似ている)、

等々がある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E8%8F%93%E5%AD%90、日本食生活史)。この中の、

索餅(ムギナワ さくべいともいい、麦の粉を固めて捻じり、縄のようにしたもの、冷そうめんの類)、

が、「そうめん」の元祖と目される。「麥縄」は、

麥索、

とも当てるが、和名抄には、

索餅、

のこととあり、

饂飩(うどん)または、冷麦、

のこと、とある(広辞苑)。

「うどん」http://ppnetwork.seesaa.net/article/472626422.htmlで触れたように、「うどん」は、唐菓子のひとつ、

混沌、

とされる。

「『混沌』は物事のけじめがつなかいさまをいうが、小麦粉の皮に餡(肉や糖蜜など)を包んで煮たもの(丸いワンタンのようなもの)で、丸めた団子はくるくるして端がないことから『こんとん』とよばれた。たべものなので食偏に改めて『餛飩』と書いた。熱いたべものなので『温飩』と書くようにもなり、これが、また食偏に変わって『饂飩』になった」

とする説である(仝上)。

「丸い形のものだったので、それを切って細くしたとき、切麦(切麺とも書く)というよび名も生まれた。…熱したものを『あつむぎ』、冷やしたのを『ひやむぎ』とよんだ。オントン(温飩)がウントン(饂飩)になって、室町時代に。ウドンというよび名が使われ始めた。しかし江戸時代になっても、ウンドンというよび名がウドンとともに用いられていた」

とある(仝上)。しかし、「うどん」発祥については、「餛飩」(コントン)では、

「小麦粉の皮に餡を包んだワンタンのようなものと、そば状の『うどん』とは、まったく別種のたべものなので、渡来したとき、初めからこの二つは別々のものとしてはいってきたのではないかと考える」

とする説(たべもの語源辞典)もある。だから、

こんとん(混沌)→おんとん(温飩)→うんどん(饂飩)→うどん(饂飩)、

の変化とは別系統の、

索餅(さくべい)→麦縄(むぎなわ)→切麦→うどん、

という流れがあるとする説がある。

「西アジアから伝わった小麦文化は、中国で麺の原型となる食べものに変化します。中国で『麺(ミエン)』というのは、もともとは小麦粉のことを指し、日本でいう『麺』にあたるものは『麺条(ミエンテイアオ)』と呼ばれていました。小麦を加工した食品には他に『餅』がありますが、これは日本の『もち』ではなく『ピン』といって、その後登場する麺の原型となった食べものです。(中略)『餅(ピン)』には、練った小麦粉を現在の饅頭や焼売のように蒸した『蒸餅(ツエピン)』、パンや煎餅のように焼いた『焼餅(サオピン)』、小麦粉に『みょうばん』や『かんすい』などの添加物を加えて棒状にねじって油で揚げた『油餅(イウピン)』、スープの中に入れてゆでた『湯餅(タンピン)』の4種類があります。この4種類の中で、「ゆでる」という調理法が現在の「麺」に発展していくのです。」

https://www.tablemark.co.jp/udon/udon-univ/lecture01/index.htmlし、餅(ピン)が「うどん」に変化していく、とする。

まず、「索餅(さくべい)」という、中国最古の麺と呼ばれる、小麦粉と米粉を混ぜて塩水で練り、縄状にねじった太い麺がある。

「日本でも奈良時代にはたくさんの「索餅」が作れていたようです。小麦粉の大量生産のために大型の回転式臼を使用していたといわれ、東大寺境内の古井戸からは臼の破片が発見されています。また平安時代には、長寿祈願の食べものとして宮中でも供応されていたといわれています。」(仝上)

清の時代に書かれた書物には、

「『索餅は水引餅(すいいんべい)のことである』と書かれています。「水引餅」とは、紐状にした麺を水につけてから人差し指と親指ではさみ、もみながらニラの葉のように薄く手延べしたものを指します。これをスープに入れてゆでて食べる」

らしく、うどんの直接の原型とみられている(仝上)。

太い縄状にねじった太い「索餅(さくべい)」の次に現れるのは、それを細く伸ばした、「麦縄(むぎなわ)」になる。

「『索餅』の『索』という漢字には『縄』という意味があり、『麦縄(むぎなわ)』という文字は『索餅』の直訳で、同じ食べものを指します。」

そして、「切麦」となる。

「小麦粉を水でこねて細く切った『切麦』という、うどんの原型が登場します。中国では小麦粉を使わずに麺がグルテン化しない素材(米、そば、緑豆等)を、円筒形の筒から直接湯の中に入れてゆでる食べ方があります。さらに中国の麺作りの進化の過程で、包丁で麺を切り出す方法が生まれます。宗の時代にはこれを『切麺(チェミェン)』と呼び、『切麦』のルーツといわれています。」

という流れで見るhttps://www.tablemark.co.jp/udon/udon-univ/lecture01/index.htmlと、やはり、ワンタン状の

こんとん(混沌)→おんとん(温飩)→うんどん(饂飩)→うどん(饂飩)、

というの変化には無理があり、別系統の、

索餅(さくべい)→麦縄(むぎなわ)→切麦→うどん、

という、

太い縄状にねじった太い麺(索餅)→細く伸ばした麺(麦縄)→切麦(うどん)、

の方が自然に思われる。

この「うどん」の系統の中から、

太い縄状にねじった太い麺(索餅)→細く伸ばした麺(麦縄)→素麵→素麵、

太い縄状にねじった太い麺(索餅)→切麦→あつむぎ・ひやむぎ、

となったのではあるまいか。「うどん」「ひやむぎ」も「そうめん」も元祖は、

索餅、

となるのではないか。

そうめん.jpg


祇園社の南北朝時代の記録である『祇園執行日記』の康永二年(1343)7月7日の条に、麺類を指す言葉として、

索餅(さくべい)、索麺・素麺(そうめん)

という三つの表記があり、これが「そうめん」という言葉の文献上の初出とされているhttp://www.yamanashinouta.com/kisetsunogyouji/soumennoyurai.html。同じ、南北朝時代の「異制定訓往来」が「素麺」の初出という説もあるので、この時期が史料上の初出らしい。そして、

索餅、索麺、素麺、

の混用が室町時代に続き、やがて「素麺」が定着したといわれているhttp://www.yamanashinouta.com/kisetsunogyouji/soumennoyurai.html

参考文献;
https://sozairyoku.jp/%E2%80%9C%E3%81%9D%E3%81%86%E3%82%81%E3%82%93%E2%80%9D%E3%81%A8%E2%80%9C%E3%81%B2%E3%82%84%E3%82%80%E3%81%8E%E2%80%9D%E3%81%AE%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%AF%EF%BC%9F
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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