2020年10月27日


「鯉」(リ)は、

会意兼形声。「魚+音符里(きちんと整理されてすじめがついている)」

とあり、うろこがきちんとならんでいる形からきているようだ(漢字源)。

「鯉」は、

中央アジア原産。もともとはユーラシア大陸が自然分布域だったが、移植によって世界の温帯・亜熱帯域に広く分布している、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%A4。日本列島には石器時代の貝塚から鯉の骨が発見されている(たべもの語源辞典)。

中国では2400年前(周の時代)からコイを飼育し、1650年前(晋の時代)には、赤、黒、白色のコイが飼育されていた、

とされている(日本大百科全書)。そのため、

大昔に中国から移入された(史前帰化動物)、

と考えられたが、しかし、

関東平野や琵琶湖に野生のコイが分布することや、古い地層から化石も発見されていることから、日本にももともと自然分布していたが中国からの移入がありそれが広まったとされる、

というhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%A4

野ゴイ.jpg


『日本書紀』には、景行四年に、美濃に行幸し、弟媛(おとひめ)を妃にしたいと思ったが、弟媛が竹林に身を隠したので、弟媛を誘い出そうと、泳宮(ククリノミヤ 区玖利能弥揶)で鯉を池に放ち(鯉魚浮池)、朝夕、鯉を見て遊ばれた、とある。観賞用なのは、

中国では、鯉が滝を登りきると龍になる登龍門という言い伝えがあり、古来尊ばれた、

のが日本に伝わった(仝上)からではないか。中国では、

魚の王、

とされ、

魚王、
李本、
健魚、
稚龍(ちりょう)、
世美公(せいびこう)、

と呼ばれ、

頭より尾に至るまで一条の鱗が三十六枚、

ということで、

六六魚(ろくろくぎょ)、
六六鱗(ろくろくりん)、

とも呼ばれる(たべもの語源辞典)、とある。「六六鱗」とは、

脇鱗皆三十六、毎鱗に小黒點あり、

とあり(字源)、

ふつうのコイは側線上の有孔鱗数が32~39枚くらいで,昔,コイにロクロクリン(六六鱗)という別名があったのは側線鱗数36枚の個体が多く見られたことによる、

とある(世界大百科事典)。

六六変じて九九鱗となる、

といわれるのは、

鯉の滝登り、

からきている。「九九鱗」とは、

龍の鱗が八十一ある、

との伝説に基づく。鯉が出世魚とされたのは、

登竜門、

のからきている。

中国の黄河は崑崙に発して積石山を経て、龍門に至るが、ここは奔流すこぶる急で、春三月諸魚が登ろうとしてみな斃死するが、鯉だけが登ることが出来て、龍になる、

というのである(たべもの語源辞典)。「龍門」とは、

夏朝の君主禹がその治水事業において山西省の黄河上流にある龍門山を切り開いてできた急流のこと、

であるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BB%E9%BE%8D%E9%96%80が、「登竜門」の初出は、

膺は声明をもって自らを高しとす。士有り、その容接を被る者は、名付けて登龍門となす、

という諺からきている。この諺は『後漢書』李膺伝の故事に由来する。それによると、

李膺は宦官の横暴に憤りこれを粛正しようと試みるなど公明正大な人物であり、司隷校尉に任じられるなど宮廷の実力者でもあった。もし若い官吏の中で彼に才能を認められた者があったならば、それはすなわち将来の出世が約束されたということであった。このため彼に選ばれた人のことを、流れの急な龍門という河を登りきった鯉は龍になるという伝説になぞらえて、「龍門に登った」と形容したという、

とある(仝上)。

さて、和語「こい(ひ)」は、何から来たか。語源説は、

鯉は川魚の王であるから小位(こい)、鯛は海の魚の最上のものだから大位(たい)である、
鯉は姿形を鯛と比較して小平(こひら)だからコヒラ、略してコヒ、
コヒゲ(小髭)の、ゲが略されてコヒとなった、
コヒは乞の意、
鯉の味が良いために、戀いしたうものだから、
鯉の雌雄が互いに恋して離れないので戀(コヒ)を名とした、
鯉の背が美しいから、コミ(甲美)、
鯉の身が超えているからコエ(肥)、
鯉の味が他の魚よりまさっているからコエ(越)、
滋味という義のコアヂ、
コトハリの転訛、
淡水魚の意の、クヒノウオと呼んだものが、コヒに転訛した、

等々多数ある(たべもの語源辞典・日本語源大辞典)。このほか、

「コ(コケ、コケラ、うろこ)+ヒ(接尾語 魚)」で、鱗の魚(日本語源広辞典)、

がある。確かに、

ヒは魚介の名に多い音(東雅)、

で、

エイ(ヒ)、
カレイ(ヒ、カラエヒの転)、
タイ(ヒ)、
かい(ヒ、貝)、

等々「イ(ヒ)」を末尾とする名前はあるが、

その義不詳、

とされ(東雅)、ちょっと気になる面白い説だが、「ヒ」の由来の確かめようはない。

たとえば、「鯛」の語源は、「鯛」http://ppnetwork.seesaa.net/article/461165436.html?1602201255で触れたように、「延喜式」に、

平魚、

とあり、

平らな魚,タイラウオが略されてタイとなった(たべもの語源辞典)、
平魚(タヒラヲ)の意と云ふ。延喜式に平魚(タヒ)とある(大言海)、

等々「たい」の「い(ひ)」を接尾語と扱っていない以上、この説を採れない気がする。

現在のところコイの語源は不明である、

とされている(日本大百科全書)のもやむを得ない。

なお、鯉は祝魚として用いられたが、鯉の腹部にある第五の鰭を「ことどめ(子留)のひれ」と呼ぶので、結婚の祝儀に限って鯉を用いてはいけない、とされてきた(たべもの語源辞典)。

参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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