2020年12月06日

物色


「物色」は、

室内を物色する、

というように、

多くの中から探し求める、

意で使うが、漢語由来であり、文字通り、

物の色、

の意味であり(字源)、菅原道真の漢詩文集では、

物色と人情と計会すること愚かなり、

と(菅家文草)、

風物景色、

の意で使っている(広辞苑)。万葉集の、

さを鹿の 朝立つ野辺の 秋萩に 玉と見るまで 置ける白露、

という大伴家持の歌の後記に、

右のものは、天平十五年癸未秋八月に、物色を見て作れりなり、

と注がある。この「物色」は、現物の気色を見て作ったという意となる。

書言字考節用集には、

色目、

とある(大言海)ので、

物の色、動物の毛色、自然の景色、

等々を指していたと思われる。

しかし「物の色」は、

仲秋之月、……命宰祝循行犠牲、視全具案、芻豢(スウカン)、瞻肥瘠、察物色、

とあり、「芻豢」とは、

「芻」は草を食べる畜類。「豢」は穀物を食べる畜類、

で、牛、羊、豚、犬など、人間が飼育して、食用や労役などに用いる家畜の意(精選版日本国語大辞典)であるが、

体格が揃っているかをみて、草と穀物の食べ方を検討し、肥えているか痩せているかを調べ、毛色を見る、

意になるhttps://kenbunroku-net.com/kotoba-20201116/らしい。で、ここでは、「物色」は、物の色は色でも、

犠牲(となる動物)の毛の色、

の意となる(大言海)。これが「物色」の語源とする説もある。

しかし、この意味が、転じて、『後漢書』嚴光傳に、

帝令以物色訪之、後齊國上言、有一男子、披羊羹釣澤中、帝疑其光、……遣使聴之、三反而至、

とあり、

人相書にて人を求める(大言海)、
人相書または容貌によってその人を探すこと(広辞苑)、

意になり、『唐書』李泌傳の、

肅宗即位、靈武物色、求訪會、泌亦自至、已謁見、陳天下所以成敗事、帝悦、

という、

任ずべき人物を探す、

意となる(大言海)。ここから、

尹喜が老子を物色して求めて著させたぞ(史記抄)、

というように、

探し求める、

意まではひと続きである。戦国期の永祿一三年(1570)には、

「信玄者、去一六、集人数、急速出張之由申候、雖然、境目至于今日、物色不見得候」(上杉家文書・北条氏康書状)

と、物事の様子、特に、戦(いくさ)の様子、

の意でも使われている。

「物色」の「物」(漢音ブツ、呉音モツ・モチ)は、

会意兼形声。勿(ブツ・モチ)はいろいろな布で作った吹き流しを描いた象形文字。また水中に沈めて隠すさまともいう。はっきりと見分けられない意を含む。物は「牛+音符勿」で、色合いの定かでない牛。一定の特色がない意から、いろいろなものをあらわす意となる。牛は、ものの代表として選んだにすぎない、

とある(漢字源)が、別に、

会意兼形声文字です(牜(牛)+勿)。「角のある牛」の象形と「弓の両端にはる糸をはじく」象形(「悪い物を払い清める」の意味)から、清められたいけにえの牛を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「もの」を意味する「物」という漢字が成り立ちました、

とありhttps://okjiten.jp/kanji537.html

会意形声。「牛」+音符「勿」。勿は「特定できない」→「『もの』の集合」の意(藤堂)。犂で耕す様(白川)。古い字体がなく由来が確定的ではない、

ともあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%A9。「物」は、

植物、
動物、
鉱物、

の三別の「物」を指す(漢字源)。もし、特に「牛」と絡めない、ということに意味があるとすると、語源に、

生贄の牛、

と限定する説には意味がないことになる。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:物色
posted by Toshi at 04:48| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください