「なゐ」は、
地震、
と当てる(岩波古語辞典)。「地震」(じしん)は、漢語である。中国春秋時代を扱った歴史書『国語』の周語に、
陽伏而不能出、陰遁而不能蒸、于是有地震、
とある(字源・大言海)。「なゐ」は、
地震の古言、
である(大言海)。字類抄に、
地震、なゐ、
とある(仝上)。
ナは土地の意、ヰは場所や物の存在を明らかにする語尾(広辞苑・日本の言葉=新村出)、
ナは土地、ヰは居、本来地盤の意(岩波古語辞典)、
であり、その、
地、
の意が、転じて、
地震、
の意となった、(広辞苑)とあるが、
なゐ震(ふ)り、
なゐ揺(よ)り、
で地震の意であったが、後に、
なゐ、
だけで地震を言い表すようになった、とみられる(岩波古語辞典)。「な」は、
オオナムチ、
スクナヒコナ、
というように神の名にあり、「大地・地」を意味した(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E7%A5%9E)。
さらに、允恭紀五年七月には、
地震(ナヰフル)、
とあり、武烈即位前紀に、太子歌曰として、
臣の子の八符(やふ)の柴垣下動(したとよ)み地震(なゐ)が揺(よ)り来ば破(や)れむ柴垣、
とある。また推古紀七年四月に、
地震(なゐふり)舎屋悉破、則令四方、俾祭地震神、
とあり、「地震神」は、
なゐの神、
と呼ばれた(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E7%A5%9E)は、日本神話に登場する地震の神である。
さらに天智紀三年三月にも、
是春地震(ナヰフル)、
とある(日本書紀)。
ネヰフル(根居震)の下略(日本語原学=林甕臣)、
ネユリ(根揺)の約轉(大言海)、
等々も、似た発想である。
「なゐ」は元来「大地」の意であり、「なゐがよる」「なゐふる」とは「地面が揺れる」の意である。動詞部分が省略されて「なゐ」が地震そのものをさすようになった、
のである(日本語源大辞典)。
こんにちでも、
ナイ、
ナエ、
ネー、
などの形で、九州・沖縄のほか、東日本の各地にも点在し、周圏分布をみせている、とある(仝上)。「周圏分布」とは、『蝸牛考』で柳田國男が提示した仮説で、
相離れた辺境地域に「古語」が残っている現象を説明するための原則で、文化的中心地において新語が生れると、それまで使われていた単語は周辺へ押しやられる。これが繰返されると、池に石を投げ入れたときにできる波紋のように、周辺から順に古い形が並んだ分布を示す、
とするものである(ブリタニカ国際大百科事典)。柳田國男は、
蝸牛を表わす語が、時期を違えて次々と京都付近で生まれ、各々が同心円状に外側に広がっていったという過程である。逆からみると、最も外側に分布する語が最古層を形成し、内側にゆくにしたがって新しい層となり、京都にいたって最新層に出会う。地層を観察すればかつての地質活動を推定できるのと同様に、方言分布を観察すればかつての言語項目の拡散の仕方を推定できる、
としたものである(http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2012-03-07-1.html)。
(鯰絵 「世直し鯰の情」 安政2年の地震の瓦版 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%B0%E7%B5%B5より)
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95