「食う(ふ)」は、
喰う、
とも当てる(広辞苑)し、
齧う、
とも当て(岩波古語辞典)、
噛う、
とも当てる(大言海)。
食物を口に入れ、かんでのみこむ、
つまり、
たべる、
意である(広辞苑)。それをメタファに、
暮らしを立てる、
という意でも使う。
ものに歯を立てる、または飲みこむ意、類義語くはふは食ひ合ふの約で、上下の歯でしっかりものをはさみ支える意、
とあり(岩波古語辞典)、大言海が、「くふ」に、
噛ふ、
と当て、
噛むに同じ、
とするように、「噛む」とつながる。「かむ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/464032673.html)で触れたように、
カム(醸)と同根。口中に入れたものを上下の歯で強く挟み砕く意。類義語クフは歯でものをしっかりくわえる意、
であり(岩波古語辞典),古くは、「醸す」を、
かむ(醸)、
といっていた(大言海)。そして、
カム(噛む)は上下の歯をつよく合わせることで,『噛み砕く』『噛み切る』『噛み締める』などという。カム(噛む)はカム(咬む)に転義して『かみつく。かじる』ことをいう。人畜に大いに咬みついて狂暴性を発揮したためオホカミ(大咬。狼)といってこれをおそれた。また,人に咬みつく毒蛇をカムムシ(咬む虫)と呼んで警戒した。カム(咬む)はハム(咬む)に転音した。(中略)カム(噛む)はカム(嚼む)に転義して食物を噛み砕くことをいう。米を嚼んで酒をつくったことからカム(醸む)の語がうまれた。(中略)カム(嚼む)はカム(食む)に転義した。(中略)カム(食む)は母交(母音交替)[au]をとげてクム・クフ(食ふ)に転音した、
と(日本語の語源)、
カム(噛む)
↓
カム(嚼む)
↓
カム(醸む)
↓
カム(食む)
↓
クム(食む)
↓
クフ(食ふ)、
と、「カム(噛む)」から「カム(醸む)」を経て「クム・クフ(食ふ)」への転訛を、音韻変化から絵解きして見せる。そして、「かむ」は、
「動作そのものを言葉にした語」です。カッと口をあけて歯をあらわす。カ+ムが語源です、
と(日本語源広辞典)、擬態語説を採るものがある。あるいは、
カは,物をかむ時の擬声音(雅語音声考・国語溯原=大矢徹・音幻論=幸田露伴・江戸のかたきを長崎で=楳垣実),
ともあり(日本語源大辞典)、
かむ行為の擬態語,擬音語、
というのが、オノマトペの多い和語の由来としては、一番妥当に思える。だから、
「噛む」
と
「醸す」
と
「食う」
は、殆ど由来を重ねている。さらに、「食う」の意味では、上代、
はむ、
が使われていた。「はむ」は、
食む、
噬む、
と当て(岩波古語辞典)、
歯を活用す(大言海)、
「歯」を動詞化した語。歯をかみ合わせてしっかり物をくわえる意。転じて、物を口に入れれて飲み下す意。クフが口に加える意から、食べる意に転じた類(岩波古語辞典)、
歯の動詞化(日本語源広辞典)、
とあるように、「はむ」もまた「かむ」とつながっている。
「食う」は、
上代では口にくわえる意での用例が多く、「食」の意にはハムが用いられた、
とある(日本語源大辞典)。しかし、
平安時代には、和文脈にクフ、漢文脈にクラフが用いられ、待遇表現としてのタブ(のちにはタブルを経てタベル)も登場する。室町時代には、クラフが軽卑語、クフが平常語となり、タブルも丁寧語としての用法から平常語に近づいていった。江戸時代には、待遇表現としてのメシアガルなどが増加し、現在の用法とかなり近くなった。現在では、上位の者から下位の者が物をいただくの意から転じた「たべる」の方が上品な言い方とされる、
とある(仝上)。それは、「たまふ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/479566809.html)で触れたように、「たまふ」には、
タマフの受動形。のちにタブ(食)に転じる語、
である下二段動詞として、
(飲み物などを)いただく、
の意味に転じたので、
「たべる(たぶ)」はもともと謙譲・丁寧な言い方であった、
のが、敬意がしだいに失われ通常語となったものだからである。そのため、現代語では、食する意では「食う」がぞんざいで俗語的とされ、一般に「食べる」を用いる(デジタル大辞泉)。しかし、
泡を食う、
一杯食う、
犬も食わぬ、
同じ釜の飯を食う
霞を食う、
気に食わない、
すかを食う、
側杖を食う、
他人の飯を食う、
年を食う、
弾みを食う、
人を食う、
道草を食う、
無駄飯を食う、
割を食う、
等々、複合語・慣用句では「食う」が用いられ、「食べる」とは言い換えができない(仝上)。それだけ「食う」の方が、平常語として使われていたということである。
最後に、漢字に当たっておくと、「食」(①漢音ショク、呉音ジキ、②漢音シ、呉音ジ、③漢・呉音イ)は、
会意。「あつめて、ふたをするしるし+穀物を盛ったさま」をあわせたもの。容器に入れて手を加え、柔らかくして食べることを意味する、
とある(漢字源)。しかし、別に、
象形文字です。「食器に食べ物を盛り、それに蓋(ふた)をした象形」から「たべる」を意味する「食・飠・𩙿」という漢字が成り立ちました、
とするものもある(https://okjiten.jp/kanji346.html)。甲骨文字から見ると、後者の方が正確のようだ。
(甲骨文字(殷)「食」 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A3%9Fより)
「喰」は、和声漢字、
会意。「口+食」。食の別体として、「くう」という訓を表すために作られた、
とある(漢字源)。「齧(囓)」(漢音ゲツ、呉音ゲチ、慣用ケツ)は、「かむ」意で、
会意兼形声。上部は、竹や木(|)に刃物で傷(彡)をつけたさまを表す。この音(ケツ・ケイ)は、これに刀(刃物)をそえたもの。齧はそれを音符とし、歯を加えた字で、歯で噛んで切れ目をつけること、
とある(漢字源)。「噛」(漢音ゴウ、呉音ギョウ、慣用コウ)も、「かむ」意で、
会意。「口+歯」。咬(こう)とちかい。「齧」の字に当てることもある、
とある(仝上)。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:食う