そそけだつ


「そそけだつ」(そそけ立つ)は、

髪の毛などがそそける、

意だが、その状態表現をメタファに、

身の毛がよだつ、
ぞっとする、

という価値表現の意でも使う。「そそける」は、

(髪・織物などが)ほつれ乱れる、けば立つ、

意で(広辞苑)、「そそく」からきている。「そそく」は、

噪く、

と当て、

せかせかと物事をする(堤中納言物語「あすのこと思ひ侍に今より暇なくて、そそきはむべるぞ」)、
ざわざわさせる、けばだたせる(大鏡「これかれそそき侍らむもうるさきに」)、

の意となる(岩波古語辞典)。

ただ、「そそく」には、

進く、

と当てて、

忙しくする、

意の「そそく」と、

噪く、

と当て、

乱れる、

意の「そそく」とがある(大言海)。だから、乱れた髪の意で、

そそけ髪、

という言い方もある(広辞苑)。

前者の、「そそく(進)」は、

ソソクは、燥急(そそ)くの義、イススクの上略、

とあり、「いすすく」は、

倉皇、

と当て、

心落ち着かず身震いする、

とあり、

イは発語、ススクは、進む、すすろぐ、と通ず、

とある(大言海)が、

うすすきの母音交替形、

とあり(岩波古語辞典)、

うつつす、

とも通じ、

そわそわする、
おろおろする、

意である(仝上)。「すすろぐと通ず」とある「すすろぐ」も、心が落ち着かなくなる意である。

一方、後者の「そそく(噪)」は、

蓬蓬(ほうほう)、

と当て(大言海)、

髪、紙、織物などのけば立つ、

意となり(仝上)、

ソソは擬態語。そわそわ・せかせか・ざわざわなどの意。キは擬音語・擬態語を受けて動詞を作る接尾語。カカヤキ(輝き)・ワナナキ(震)のキに同じ。ソソキ(注・灌)とは別音の別語、

とある(岩波古語辞典)。この他に、第三の「そそく」として、

みだれ、そそくる、

意として、

ささく(噪進)の転、

とする「そそく」を別項として上げている(大言海)。これは、

すかすく、いすすく、そそくと通ず、

とあり(仝上)、

すすむ、
ぞめく、

意とする。こうみると、「そそく」は、由来を異にする、

せかせかする、
ざわざわさせる、けばだたせる、

の両義が重なっていると見ることができる。だから、

そそく→そそくる、

と転じた「そそくる」は、

ソソはソソキ(噪)のソソ、クリは繰り、

とあり(岩波古語辞典)、

せかせかと忙しく手先を動かす、

意となり、おそらく、

そそくさ、
そそかし(そそっかし)、

は、その意の外延に連なる。

そそく→そそけ(名詞)→そそける(→そそけ立つ)、

の転訛の「そそける」は、

髪の毛のほつれる、

意となる(大言海)。

けば立つ、ほつれる、

の意の

そそくれ、

という語があり(江戸語大辞典)、この「そそ」は、

髪のそそけ立つ、

意から、

そそ髪、

さらに、そこから、恐怖の為に髪の毛が逆立つ意の、

ぞぞ髪立つ、
あるいは、
ぞぞ髪がたつ、

という言葉に到る(大言海・江戸語大辞典)。あるいは、

総毛立つ、
総毛立ち、

は、

そそげ立つ、
あるいは、
ぞぞ髪立つ、

からの転訛なのかもしれない。ちなみに、「総毛立つ」は、今日、

そうけだつ、

と訓むが、室町末期の日葡辞書には、

そうげだつ、

とある(広辞苑・岩波古語辞典)。

ところで、第三の「そそく」の意味に「ぞめく」があったが、「ぞめく」http://ppnetwork.seesaa.net/article/475352944.htmlで触れたように、「ぞめく」は、

ざわざわと騒ぐ、
(遊里や盛り場を)騒いで浮かれ歩く、

という意(岩波古語辞典)で、この「ぞめく」、古くは、

そめく、

で、「そめく」は、

さめくの転、

とある(大言海)。そして、

そそめくに同じ、

そして、

急ぎ騒ぐ、

意とする。「そそめく」は、

騒騒(さわさわ)する、そよめく、そめく、

の意が載る(大言海)。

ソソはソソク(噪)・ソソノカス(唆)のソソと同根、

とある。「ぞめく」もまた「そそく(噪)」の、

ソソは擬態語。そわそわ・せかせか・ざわざわなどの意、

とつながるのである。

とすると、「そそく」の、

そそ、

「そそめく」の、

そそ、

は、もととなる擬態語は、せわしいさまの、

そわそわ、

のようである。

とすると、「ぞめく」が、

そそ→そそく→そそめく→そめく、

と転訛し、「そそけ立つ」が、

そそく→そそけ(名詞)→そそける(→そそけ立つ)、

と転訛したとみると、「そそく」の意味の、

せかせかする、
ざわざわさせる、けばだたせる、

の両義は、せわしなく、

わさわさ、
そわそわ、
そそくさ、
あたふた、

した落着かない擬態を、けば立つさまの、

細かい毛がそそけ立つ、

状態表現に転用したものではあるまいか。

「そそく」に当てた「噪」(ソウ)は、

会意兼形声。喿(ソウ さわがしい)は、「木+口三つ」の会意文字で、木の上で鳥ががやがやと騒ぐさまを示す。佐噪はそれを音符とし、口を加えた字で、騒と極めて近い、

とある(漢字源)。

漢字 噪.gif


参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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