小山聡子『もののけの日本史―死霊、幽霊、妖怪の1000年』を読む。
本書は、
古代から現代までのモノノケを歴史学の視点から通史的に記述、
したもので、従来、
モノノケの歴史を扱っているかのように見える書籍も、言葉を厳密に区別せず、「物気」あるいは「物の怪」とは書かれていない霊、妖怪、幽霊、怨霊(おんりょう)、化物(ばけもの)の類まで含めてモノノケとして捉えて論じてきた傾向がある、
が、それでは、モノノケの本質を明らかにできないとして、本書では、
モノノケ、
と、
幽霊、
怨霊、
妖怪、
を区別している。
古代、モノノケは、
物気(もののけ)、
と表記し、多くの場合、
正体が定かではない死霊(しりょう)の気配、もしくは死霊を指した、
とある。モノノケは、
生前に怨念をいだいた人間に近寄り病気にさせ、時には死をもたらすと考えられていた、
のである。少なくとも、中世までは、モノノケは、
病をもたらす恐ろしい存在であった、
が、幽霊は、
死者や死体そのものも幽霊であり、人間に祟る性質は持たなかった、
とされる。しかし、近世、
幽霊はモノノケと混同される、
ようになり、祟る性質を持つようになる。そして、近世になると、
モノノケ、幽霊、怨霊、妖怪、化物が混淆して捉えられるようになり、前代のようには恐れられなくなった、
とあり、その結果、モノノケは、
物気、
ではなく、
物怪、
と表記されるようになり、
妖怪、
に、「もののけ」と訓ませたりするようになる。
(生霊(いきりょう) 鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』より)
(死霊(しりょう) 仝上)
江戸時代になると、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に見られるように、モノノケは、娯楽の対象へと変じていく。そして最後、モノノケは、水木しげるの漫画では、
物の怪、
という妖怪の名の一つへと堕している。妖怪「物の怪」は、こう述懐するのである。
むかしはなあ人間を暗い夜道なんかでおどかして……、おそなえものを頂くのが我々の商売だったんだが、このごろ人間は少しもおどろかなくなって、こちらの方がこわい位だ。商売は上ったりだ。科学が進むにつれてお化けの信用もガタ落ちしたもんだなあ……。
しかしコロナ蔓延の仲で、
半人半魚のは姿をしたアマビエの柄を描けば(もしくは見れば)疫病に罹患しないという伝説、
が蘇ってきた。古代のように、恐れおののく対象ではなくなったけれども、今日にも、モノノケの効き目はあるらしい。
(アマビエ 江戸時代後期の弘化3年(1846)刊行の木版画 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%93%E3%82%A8より)
モノノケとは、結局、人の心の心配、恐れの反映であり、それは、鬼も、幽霊も、妖怪も、かつては別々の由来と縁を持つものであったのに、今日ひとつ、妖怪に収斂したということは、細かく分けて恐れる対象ではなくなったということなのだろうか。それとも、「気」とか「気配」というものに対する感度が薄れてきた結果なのだろうか。
なお、「もののけ」に関連する事項としては、
「物の怪」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/462170562.html)、
「オニ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461493230.html)、
「たま(魂・魄)」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/479583039.html)、
また、各種の「妖怪」については、
「妖怪」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163408.html)、
「あやかし」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/469248998.html)、
「つくも」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/471093295.html)、
「蛇女房」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/470866559.html)、
「豆腐小僧」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/470849373.html)、
「魑魅魍魎」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/470725845.html)、
「かまいたち」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/470651320.html)、
「河童」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/470280182.html)、
「化け猫」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461633915.html)、
「くだん」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/456407720.html)、
「山の神」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/449487464.html)、
「通り魔」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/437854749.html)、
「ぬえ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/433749921.html)、
「逢魔が時」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/433587603.html)、
「こだま」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/433340757.html)、
「きつね」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/433049053.html)、
「天狗」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/432888482.html)、
「うぶめ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/432495092.html)、
「火車」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/432314473.html)、
「鬼」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/430051927.html)、
「鬼女」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/425471202.html)、
また、「もののけ」「妖怪」に関連する書籍としては、
堤邦彦『江戸の怪異譚―地下水脈の系譜』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/432575456.html)、
山田雄司『怨霊とは何か』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/407475215.html)、
阿部正路『日本の妖怪たち』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/432927068.html)、
高田衛『日本怪談集〈江戸編〉』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/456630771.html)、
今野円輔『日本怪談集 妖怪篇』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461651277.html)、
今野円輔『日本怪談集 幽霊篇』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461217174.html)、
種村季弘編『日本怪談集』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/456520310.html)、
岡本綺堂『中国怪奇小説集』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/444432230.html)、
等々でそれぞれ触れた。
参考文献;
小山聡子『もののけの日本史―死霊、幽霊、妖怪の1000年』(中公新書)
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95