「雑煮」は、
雑煮餅の略、
とある(大言海)。
餅を主に仕立てた汁もの、新年の祝賀などに食する、
ものである(広辞苑)。室町時代の『鈴鹿家記』に、
初めて「雑煮」という言葉が登場する、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%91%E7%85%AE)。古くは、
烹雜(ほうぞう)、
といった(たべもの語源辞典)とあるが、ただ、
以前の名称ないし形態については諸説あり、うち1つの名前は、烹雑(ほうぞう)といわれる、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%91%E7%85%AE)。
(雑煮と御節料理 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%91%E7%85%AEより)
「煮切り」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/480550074.html)で触れたが、「にる」の意の漢字には、
煮、
烹、
煎、
等々などがあり、三者は、
「煎」は、火去汁也と註し、汁の乾くまで煮つめる、
「煮」は、煮粥、煮茶などに用ふ。調味せず、ただ煮沸かすなり、
「烹」は、調味してにるなり。烹人は料理人をいふ。左傳「以烹魚肉」、
と、本来は使い分けられている(字源)。漢字からいえば、「にる」は、
狡兎死して走狗烹らる、
の成句があるように、「煮る」は「烹る」でなくてはならない。その意味で、
烹雜、
から、
雑煮、
に転じた背景には、「烹る」ではなく、「煮る」が慣用化されて以降、ということになるが、「にる」は、
に(煮 上一段)、
で、万葉集に、
食薦(すごも)敷き青菜煮持ち来(こ)梁(うつはり)に行騰(むかばき)掛けて休むこの君、
とあり、あるいは、
にる(煮 上一段)、
でも(「煮ゆ」の他動詞形)、万葉集に、
春日野(かすがの)に煙(けぶり)立つ見ゆ娘子(をとめ)らし春野のうはぎ採みて煮らしも、
と、共に、「煮」を当てている。当初から、「煮る」を用いていた可能性はある(広辞苑・大言海・岩波古語辞典)。
ただ、梁高僧伝に、
密以半合米、雑煮也
とある(大言海)。『梁高僧伝』は、
高僧伝、
梁伝、
とも言われ、
梁・天監一八年(五一九)述。中国への仏教伝来年とされる後漢・永平一〇年(67)から天監一八年(519)に至る二五七人の高僧の列伝を集めたもの<
である(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E6%A2%81%E9%AB%98%E5%83%A7%E4%BC%9D)。そこで「雑煮」という言葉が使われている。あるいは、漢語なのかもしれない。
「雑煮」は、
羹餅(かんのもち)、一名雑煮(和漢三才図絵)、
とあるように、
羹餅(かんのもち)、
とも呼ばれ、略して、
かん、
ともいい、
元日に、かんを祝ふところへ、數ならぬ者、禮に来る(元和三年(1617)「醒睡笑」)<
とあり(大言海)、「カン」は、
羹(カウ)の唐音、羹(スヒモノ)の餅の意、
である(仝上)。「かん」は、
吉原詞、
とあり(江戸語大辞典)、
おかん、
ともいう、とある(仝上)。物類称呼(1775)には、
畿内にて雑煮と云、又カンとも云、江戸にては、新吉原にてカンと云、オカンを祝ふ、又をかん箸など云ふ、案に新吉原市中をはなれて一ト廓を構へ住居す、ゆへに古く遺りたる事多し、
とある(江戸語大辞典)。「かん」という古い言い方が、吉原に残ったものらしい。「おかん」は、
御羹、
と当て、これも、遊女の隠語で、
正月中の節(せち)の食べものなり(文政八年(1825)「兎園小説」)、
とある(仝上)。
専ら正月の元日より三日の間、畿内にては羹(カン)の餅、又、おかんというが、「雑煮をたべる」ことを「食ふ」とは言わず、
羹(カン)を祝う、
雑煮を祝う、
という(大言海)、とある。
なお、「羊羹」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/472187601.html)で触れたように、「羹(あつもの)」(漢音コウ、呉音キョウ、唐音カン)は、
会意。「羔(丸煮した子羊)+美」
で、
肉と野菜を入れて煮た吸い物、
である(漢字源)。
わが国で、「餅」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/474462660.html)を祝賀に用いる風習は古く、
元日の鏡餅(http://ppnetwork.seesaa.net/article/473055872.html)、
上巳の草餅(http://ppnetwork.seesaa.net/article/477094915.html)、
雛祭りの菱餅(http://ppnetwork.seesaa.net/article/479150270.html)、
端午の粽(http://ppnetwork.seesaa.net/article/474481098.html)、
十月の亥の子餅、
等々年中行事となっているが、
三月三日の草餅、
五月五日の粽、柏餅、
は中世になってからであり、
雑煮、
は江戸時代になってからである。この時代になって、
正月の鏡餅、雑煮餅、
三月上巳の草餅、菱餅、
五月五日の粽、
十月亥の日の亥の子餅、
と年中行事に欠かせないものになっていった。
参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95