「すなわち」は、
即ち、
則ち、
と当てる(広辞苑)が、
乃ち、
とも当て(デジタル大辞泉)、
便ち、
輒ち、
迺ち、
とも当てる(大言海)。今日、ほとんど、
接続詞、
としての用法しかないが、この語の語源は、
いわゆる「時を表す名詞」の一種であり、平安時代以後、「即・則・乃・便」などの字の訓読から接続詞として用いられるようにもなったと考えられ、現在ではその用法に限られるといってよい、
とあり(デジタル大辞泉)、同趣旨で、
本来、ある時を示す名詞であったが、「即」「則」「乃」「便」「輒」などの接続語として用いられたことで、それらの語の元来の意味、用法をも併せもつようになった、
ともある(日本語源大辞典)。だから、たとえば、接続詞として、
載、
斯、
就、
曾、
茲、
焉、
等々も、「すなわち」と訓ませている(漢字源)。
本来は、和語「すなはち」は、名詞として、
ほととぎす鳴きしすなはち君が家に行けと追ひしは至りけむかも(大神女郎(おおみわのいらつめ)・万葉集)
と「即刻」の意や、
(行列が)渡りはたぬるすなはちは、心地もまどふらむ(枕草子)、
と「当座」の意等々と使われ、この、
何かをして、すぐさま、即刻という意がもっとも古く、当座・直後の意の名詞として室町時代まで使われた、
とある(岩波古語辞典)。それが、副詞として、
(対面を)例ならず許させ給へりし喜びに、すわはちも参らまほしく侍りしを(源氏)、
と、「即座に」「すぐさま」「直ちに」の意や、
是れすなはち正法を久しく世にとどむるなり(金光明最勝王経平安初期点)、
と、「そのまま」「とりもなおさず」の意等々に転用されるようになる(岩波古語辞典)。
これとは別に、仏典などの訓読に接続詞として、
そのまま、
そこで、
そのとき、
ところで、
等々の意で使われるようになる(仝上)。
平安時代には、漢文の接続詞「則」をスナハチと訓むのは仏教関係者で、儒学関係者は、トキニハ・トキンバと訓んだが、鎌倉時代以後、仏家の訓み方が次第に広まり、スナハチの訓み方も広く使われるようになった、
とある(仝上)。平安末期の『名義抄』には、
仍、スナハチ、
便、スナハチ、
即、スナハチ、
則、スナハチ、
と載る(大言海)。
では、「即刻」「即座」の意の名詞「すなはち」の語源は何か。
其程(そのほど)の転と云ふ、當れり、六帖「春立たむ、スナハチ毎に」、宇津保物語「生れ給ひし、スナハチより」など、見るべし(大言海)、
その他、音韻から、
ソノハチ(間道)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
ソノハテ(其果)の転(類聚名物考)、
ソノハシ(其間)、またはソノハテ(其終)の転呼(日本古語大辞典=松岡静雄)、
スナホチ(直処)(国語溯原=大矢徹)、
等々がある。確かに、「間」は「はし」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/473930581.html)で触れたように、「はし」とも訓ますが、理屈が勝ち過ぎる気がする。すなおに、
そのとき、
の意で、
其の程、
が妥当に思えるが、大言海は、
為之後(スノノチ)の転、
直路(スナホヂ)の転(名言通・和訓栞)、
に疑問を呈して、もうひとつ、
墨縄路(スミナハヂ→スナハヂ)の略、
を挙げている(日本語源広辞典も)。「墨縄」は、
墨糸、
とも言い、大工が直線を引くのに用いる「墨壺」に、
墨を含んだ綿が入っている。糸車に巻き取られている糸をぴんと張り、糸の先についたピン(カルコ)を材木に刺す。この状態から糸をはじくと、材木上に直線を引くことができる、
が(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A2%A8%E5%A3%BA)、そこで引いた黒線のことを言っている、と思われる。確かに正倉院にも最古の墨壺が保存されてはいるが、少し穿ち過ぎではあるまいか。
いろんな漢字を「すなわち」と訓ませているが、
「仍」(漢音ジョウ、呉音ニョウ)は、
会意兼形声。人の右の乃(柔らかい耳たぶ)を加え、乃(ナイ)の転音が音をあらわすもので、柔らかく粘りついて、なずむ意を含む、
とあり(漢字源)、「よる」「なず」「重なる」意で、今日あまり、「すなわち」とは訓まさず、
しきりに、
なお、
かさねて、
等々と訓ませる。「乃」を「すなわち」と訓ませた関連で、「すなわち」と訓ませた可能性がある。
(「仍」 小篆・説文(漢) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BB%8Dより)
一般に、「すなわち」に当てるのは、
即ち、
則ち、
だが、それに、
乃ち、
便ち、
輒ち、
迺ち、
等々を「すなはち」と訓ませるが、その使い分けが、
「乃」は、そこでと譯す。「継事之辞」と註す。一事を言ひ畢りて更に或事に言ひ及ぶ義。月令「仲春之月、雷乃発声」とあり、雷は仲春に至りて、そこで漸く声を発すとの義、
「迺」は、乃と同字、
「則」の類は、皆句中にある字なり、句尾にあることなし、則は「れば」「らば」「るならば」「るなれば」「は」などと譯し、「然後之辞」と註す、「これはかうそれはさう」という辭。論語「子弟入則孝、出則弟」とある如し、則の字、字を隔てて置くことあり。左伝「山有木、工則度之」とある如し、則の字木の字の下に置くべきを一字隔てて工の字の下に置けり、これ工の字を重く主としたるなり、毛詩「既見君子、我心則喜」とあるも、此れと同じ子の字の下に則の字を置くべきを、我心の二字を隔てて置きたるなり、
「即」は、とりもなおさずと譯す、そのままの義、性即理也の如し、則の字は緩にして、即の字は急なり。史記・項羽紀「徐行即免死、疾行則及禍」とあり、ここにては徐行を主とするに由りて、徐行に即を用ひ、疾行には則を用ひたるなり、
「便」は、そのまま、たやすくと譯し、即也と註す、即よりは稍軽し、
「輒」は、たやすくと訓む。便に近し、「毎事即然也」と註す、
「載」は、受け載する義にて上を受くる辞。「たやすく、そのまま」の義。便に近し、
と説明されている(字源)。しかし、訓読では、その微妙なニュアンスは消えて、「すなはち」一色である。
「すなわち」に当てられた漢字の語源を見ておくと、
「即」(漢音ショク、呉音ソク)は、
(「即」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%B3より)
会意。左側は「皀」で、人がすわって食物を盛った食卓のそばにくっついたさまをしめす。のち、副詞や接続詞に転じ、口語では便・就などの語にとってかわられた、
とある(漢字源)。別に、同趣旨だが、
会意。「皀」+「卩(卪)」、「皀」は食物(「食」の下部)、「卩」はこれに向き合う様を表し、物を今にも食べようとする様子を表す。なお、食べ終わって食物から顔を背ける様を表す漢字が「旣(既)」である、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%B3)、
会意文字です(皀+卩)。「食物」の象形と「ひざまずく人」の象形から、人が食事の座につく事を意味し、そこから、「位置・地位につく」を意味する「即」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1398.html)。「そばにくっつく」意だが、副詞として「すぐに」、接続詞として、
先即制人(先んずればすなわち人を制す)、
というように(史記)、
AするとすぐにBとなるというように、前後に間をおかず、直結しておこることを示す、
と使われ(漢字源)、「くっつく」とか「すぐに」の意味が残っている。
(「則」金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%89%87より)
「則」(ソク)は、
会意。「刀+鼎(カナエ)の略形」。鼎にスープや肉を入れ、すぐそばにナイフをそえたさま。そばにくっついて離れない意を含む。即(そばにくっつく)と同じ。転じて、常に寄り添う法則の意となり、さらにAのあとすぐBがくっついて起こる意をあらわす助詞となった、
とある(漢字源)。同趣旨で、
会意。「貝(元は「鼎」)」と「刀」を合わせて、鼎かなえで煮物をする脇に取り分ける刃物を置き、場に「のっとる」こと。音は「即」等と共通、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%89%87)、
会意文字です(貝+刂(刀))。「鼎(かなえ-中国の土器」の象形と「刀」の象形から、昔、鼎に刀で重要な法律を刻んだ事から「法律」、「法則」、「規則」を意味する「則」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji754.html)。「そばに寄り添って離れない」いから、副詞の「すなわち」、接続詞の「すなわち」の意で使われるが、接続詞としては、
行有余力則以學文(行いて余力有らばすなわちもって文を学べ)
というように(論語)、
AならばBというように、前段のあとすぐ後段が続くことをしめす、
形で使われる(漢字源)。
(「乃」甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B9%83より)
「乃」(漢音のダイ、呉音ナイ・ノ)は、
指事。耳たぶのようにぐにゃりと曲がったさまを示す。朶(ダ だらりと垂れる)・仍(ジョウ 柔らかくてなずむ)の音符となる。また、さっぱりと割り切れない気持ちをあらわす接続詞に転用され、迺とも書く、
(「迺」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BF%BAより)
とある(漢字源)。また、別の解釈として、
象形文字です。「母の胎内で、まだ手足のおぼつかない身をまるくした胎児」の象形から、「妊娠する」の意味を表しましたが、借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「なんじ(おまえ)」、「昔」、「以前」を意味する「乃」という漢字が成り立ちました、
との説もある(https://okjiten.jp/kanji2307.html)。意味としては、
ずばりと割り切らず、間をおいてつなげる気持ちをあらわす、
とあり(漢字源)、「すなわち」の意ではあるが、
乃所謂善也(すなわちいわゆる善なり)(孟子)、
のような、
まあそのくらいで、
という含意がある(仝上)。
(「便」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BE%BFより)
「便」(漢音ヘン、呉音ベン、慣用ビン)は、
会意。丙は、尻を開いて両股(モモ)をぴんと張ったさまを描いた象形文字。更(コウ)は「丙+攴(動物の記号)」の会意文字で、ぴんと張る意を含む。便は「人+更」で、かたく張った状態を人が平易にならすことをあらわす。かど張らないこと、平らに通ってさわりがないの意を含む、
とある(漢字源)。別に、
会意文字です(人+更)。「横から見た人」の象形と「台座の象形と右手の象形とボクッという音を表す擬声語」(「台を重ねて圧力を加え平らにする」の意味)から、人の都合の良いように変えるを意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「つごうがよい」を意味する「便」という漢字が成り立ちました、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji563.html)が、「平らで支障がない」意から、接続詞としては、
物事がAからBへすらりと運ぶことを示す、
とあり(漢字源)、「すなわち」の意味でも、
林尽水源、便得一山(林は水源に尽き、便ち一山を得たり)(陶潜)、
と、直結の含意がつよくなる。
「載」(漢音・呉音サイ、呉音ザイ)は、
会意兼形声。才(サイ)の原字は、川の流れを断ち切る堰の形。載の車をのぞいた部分は「戈(ほこ)+音符才」から成り、カットして止めること。載はそれを音符とし、車を加えた字で、車の荷がずるずると落ちないように、わくや縄でとめること、
とあり(漢字源)、別に、
会意兼形声文字です。「食器に食べ物を盛り、それにふたをした」象形(「食べ物」の意味)と「川のはんらんをせきとめる為に建てられた良質な木の象形とにぎりの付いた柄の先端に刃のついた矛の象形」(災害を「たちきる」の意味)から、食事の材料を切り整えて食卓にのせる事を表し、そこから、「(物を)のせる」を意味する「載」という漢字が成り立ちました。(当初は、「食卓にのせる」の意味を表しましたが、一般に「のせる」の意味を表す為に、「食器に食べ物を盛り、それにふたをした象形」から、「車」の象形へと変わりました)、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji1307.html)。「のせる」意だが、「すなわち」は、接続詞としてではなく、助詞として、
載笑載言(すなわち笑ひすなわち言ふ)(詩経)、
と、使われる。
(「就」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B0%B1より)
「就」(漢音シュウ、呉音ジュ)は、
会意。「京(大きいおか)+尤(て)」で、大きい丘に設けた都に人々を寄せ集めるさまを示す。寄せ集めてある場所やポストにひっつけること。転じて、まとめをつける意にもつかう、
とある(漢字源)。別に、同趣旨ながら、
会意。「京(大きな丘)」+「尤」、「尤」は目立って高いところでそこに寄せること(説文解字)、また、「尤」は腕の象形であり、腕を振って呼び寄せること(藤堂)。白川静は「尤」は犠牲とする犬であり、丘に犬を埋め、事の成就を祈ることを表すと説く、
ともある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B0%B1)。接続詞としては、古典語の、
即、
則、
に当たる俗語として使われる(漢字源)、とある。
「輒(輙)」(チョウ)は、
会意兼形声。耴(チョウ)は、耳たぶをあらわす。輒はそれを音符とし、車を加えた字で、耳たぶのような形の、車のもたれ木。べたべつとくっつく、うすっぺらで動きやすいなどの意を含む、
とあり(漢字源)、
車の両脇にとりつけた、耳たぶのようなもたれ木、
の意で、
わきぎ、
あるいは、
車の両側の前にそりだしている板、
の意(https://kanjitisiki.com/jis2/2-3/796.html)で、接続詞としてよりは、副詞として、
動輒(ややもすればすなわち)、
造飲輒尽(造り飲んで輒(たちま)ち尽くす)(陶潜)、
といった形で、
どうかするとすぐ、
いつでもすぐ、
の意で使われる(仝上)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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