2021年05月25日

朱子学の解体プロセス


丸山眞男『日本政治思想史研究』を読む。

日本政治思想史研究.jpg


本書は、丸山眞男が、戦時中に書いたものを戦後に出版した、いわゆる、

処女作、

になる。特に、

第三章 国民主義の「前期的」形成

は「本論に入らぬうちに」、召集令状がきたため、出発のその日の朝までかかって「維新直前までを纏めた」ものである。そんな曰くは別として、少なくとも、

第一章 近世儒教の発展における徂徠学の特質並に其の国学との関係
第二章 近代日本政治思想における「自然」と「作為」

を核とした、荻生徂徠を分岐点にする「朱子学」の変質を追っている過半は、読みごたえがある。

その狙いを、

「封建社会における正統的な世界像がどのように内面的に崩壊して行ったかという課題」

の解明を通して、

「広くは日本社会の、狭くは日本思想の近代化の型(パターン)、それが一方西欧に対し、他方アジア諸国に対してもつ特質、を究明しようと思った。その際、とくに第一章において、いわゆる狭義の政治思想に限定せず、むしろ徳川封建社会に対する視座構造をなした儒教的(特殊的には朱子学的)世界観全体の構造的推移をなにより問題とした所以は、(中略)そのことが徳川封建体制の崩壊の必然性を思想的な側面から最も確実に実証すると考えた」

とする。そして、

「それは、近代性の程度では最低のレヴェルにまで下がって、その最も固定性の強い精神領域しかも最も『抽象的』な思想範型での内面的な崩壊がどこまで検証されうるかという一つの極限状況のエクスペリメントなのであって、この検証で、下部構造の変動の衝撃が認められれば、ヨリ流動的なヨリ政治的現実に接続する部面での解体過程や下部構造との関連は比較的容易に把握しうると考えた」

とする。この意図は、いわば、儒学そのもののもつ、

「子の父に対する服従をあらゆる人倫の基本に置き、君臣・夫婦・長幼(兄弟)といふ様な特殊な人間関係を父子と類比において上下尊卑の間柄において結合せしめている厳重なる『別』を説く」

思想の、「帝国の父としての配慮と、道徳的な家族圏を脱しえず従つて何らかの独立的・市民的自由を獲得し得ない子供としての臣下の精神と」によって構成された壮麗なる漢の帝国に最もふさわしい思想体系は、

「徳川封建社会の社会的乃至政治的構成が儒教の前提となった様なシナ帝国の攻勢に類型上対比しえたため」

徳川時代がもっとも儒教が飛躍し得た時代であった。それは、

「将軍乃至大名を頂点とし若党。仲間等武家奉公人を最下位とする武家の身分的構成、さらに武家の庶民に対する絶対的優越は恰も、儒教の理想とせる周の封建制度における天子・諸侯・卿・大夫・士・庶民といふ如き構成と類型的に相似してゐたから、そこにおける諸の社会関係は儒教倫理を以てイデオロギー的に基礎づけるには適切なものであった。」

と。たとえば、雨森芳洲は、こういう。

「人に四等在り。曰く士農工商。士以上は心を労し、農以下は力を労す。心を労する者は上に在り。力を労する者は下に在り。心を労する者は心広く志大にして慮遠し。農以下は力を労して自ら保つのみ。傾倒すれば則ち天下小にして不平、大にしては乱る。」

無為に食する武士の存在理由をこのように理由づけた。朱子学の実践倫理は、

修身斉家治国平天下、

つまり、

「古えの明徳を天下に明らかにせんと欲する者は先ずその国を治む。その国を治めんと欲する者は先ずその家を斉(ととの)う。その家を斉えんと欲する者はまずその身を脩(おさ)む。その身を脩めんと欲する者はまずその心を正す。その心を正さんと欲する者は先ずその意を誠にす。その意を誠にせんと欲する者は先ずその知を致(きわ)む。知を致むる者は物に格(いた)るに在り。物格りて后(のち)知至(きわ)まる。知至りて后意誠なり。意誠にして后心正し。心正しくして后身脩まる。身脩まりて后家斉う。家斉いて后国治まる。国治まりて后天下平らかなり。」

とする(『大学』)、

格物致知、

である。ここでは、

「朱子学の理は物理であると同時に道理であり、自然であると同時に当然である。そこに於いては自然法則は道徳規範と連続している。(中略)ここで注目すべきはこの連続は対等的な連続ではなく従属的なそれであることだ。物理は道理に対し、自然法則は道徳規範に対し全く従属してその対等性は承認されてゐない。」

ことがポイントになる。

林羅山に礎石を築いた朱子学は、伊藤仁斎、山鹿素行を経て、その変質のエポックは、

荻生徂徠、

である。それは、「道」を、

自然法則から人間規範を切り離した、

ことである。徂徠は言う。

「吾道の元祖は堯舜に候。堯舜は人君にて候。依之聖人の道は専ら国天下を治め候道に候。」

つまり、「治国平天下といふ政治性に在る」とする。それは、

「其代其代の開祖の君の料簡にて世界全体の組立に替り有之候故、制法替有之候」

と、自己の料簡による「作為」の根拠を示し、

他方、「徳」は、

「人各々道に得る所あるを謂ふ。(中略)故に各々其の性に近き所に随ひて養ひて以て其の徳を成さしむ。」

とし、治国平天下という公的側面から、個人の徳の涵養を切り離したのである。この影響は大きく、私的部分は、国学の本居宣長まで届く。

しかし、このことが幕末の幕藩体制崩壊へと思想的に繋がるかというと、そうは見えない。あくまで、幕府崩壊過程は、列強による外圧の齎した国内的攪拌の結末でしかないように見える。

しかも、あっけなく幕藩体制が崩れたのには、思想的よりは、国内の社会構造、経済構造の変質が大きい。一つは、藤野保『新訂幕藩体制史の研究―権力構造の確立と展開』http://ppnetwork.seesaa.net/article/470099727.htmlで見たように、

幕府の対大名政策の過程で、外様大名に対する改易・転封、徳川一門=親藩・譜代大名の全国への転封・配置の中で、殆どの大名が、植え替え可能な、

鉢植化、

し、大名家臣もまた、主の転封にともなって鉢植化していき、吉宗時代には、

殿様は当分之御国主、田畑は公儀之田畑、

といわれるに至る。それは、新たな全国統一政権ができれば、すべての土地を収公できることを意味する。

版籍奉還→廃藩置県、

を可能とする基盤ができていた、ということになる。

いまひとつは、渡邊忠司『近世社会と百姓成立』http://ppnetwork.seesaa.net/article/464612794.htmlで触れたように、

「近世の土地台帳である検地帳や名寄帳、あるいは免割帳などに記載された高持百姓あるいは本百姓の所持石高や田畑の反別が一石未満、また一反未満を中心に零細な百姓が圧倒的に多い」

ことの背景から、一年の決算毎に質屋を利用して、

「不勝手之百姓ハ例年質物ヲ置諸色廻仕候」

というように、それは、

「春には冬の衣類・家財を質に置いて借金をして稲や綿の植え付けをし、秋の収穫で補填して質からだし、年貢納入やその他の不足分や生活費用の補填は再度夏の衣類から、種籾まで質に入れて年越しをして、また春になればその逆をするという状態にあった」

ことの反映で、幕藩体制を支える年貢負担者である「零細小高持百姓の経営は危機的であった」ことを示している。

第三に、この危機的状態が、菊池勇夫『近世の飢饉』http://ppnetwork.seesaa.net/article/462848761.htmlで触れたような、徳川時代の慢性的な飢饉につながるのである。

この背景にあるのは、貨幣経済の浸透であるが、巨額の負債下の大名も、常時飢饉すれすれの農民も、もはやこのままの体制では、立ち行かなくなっていた。そこに、列強の外圧がやってきたのである。

思想的に見れば、「幕藩体制」は当たり前の自然法則とみなす朱子学が崩れ、自らの「作為」で体制の変革をなしうるという徂徠的考え方がバックボーンにあり、それが、こうした、

「下部構造の変動の衝撃が認められれば、ヨリ流動的なヨリ政治的現実に接続する部面での解体過程や下部構造との関連は比較的容易に把握しうると考えた」

という執筆意図とリンクしていくことは、確かである。

しかし、それにしても、通読して感じたのは、朱子学の流れを見ていると、ちょうど近代化以降西洋思想を取り入れ、それを受容し変容していく流れと対に見えてくる。いつも、その時代の先進国の思想を受容し、咀嚼することに汲々としていることだ。その意味で、三百年間、朱子学をめぐってしか思想は展開せず、遂に、独自の思想を生み出せていない(国学は思想の名に値しない)。それは、今日まで続く、社会科学の不毛とつながっているように思える。

「大学・中庸」については「修身斉家治国平天下」http://ppnetwork.seesaa.net/article/480516518.htmlで、『論語』については、「注釈」http://ppnetwork.seesaa.net/article/479597595.htmlで、『孟子』については「倫理」http://ppnetwork.seesaa.net/article/479613968.htmlで、それぞれ触れた。

参考文献;
丸山眞男『日本政治思想史研究』(東京大學出版会)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:31| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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