「たく」は、
炊く、
焚く、
と当てるが、「炊」は、
かしぐ、
とも訓ませる。「かしぐ」は、
爨ぐ、
とも当てる。室町時代までは、
かしく、
と清音で、室町末期の『日葡辞書』も、
ヒャウラウ(兵糧)モナウテメシヲモカシカヌウチニ、
と、声音である。
カシグ、
と濁音になったのは、江戸時代以降とされる(明解古語辞典)。
「たく」は、もともと、
火を燃やす、
意で、
海人少女(あまをとめ)漁(いさ)りたく火のおぼほしく都努(つの)の松原思ほゆるかも(万葉集)、
とあるように、
暖を取り、香をくゆらし、食物を煮、塩を取るなど、或る目的のために火を使う、
意味であった(岩波古語辞典)。つまり、
飯を煮る、
も、
香をくゆらす、
も、
塩焼き、
も、
火を燃やす、
も、
すべて、
たく、
であった。
「粥」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/474375881.html)で触れたように、弥生時代、米を栽培し始めるが、この時は、
脱穀後の米の調理は、…玄米のままに食用にした。それも粥にしてすすったのではないかと想像される。弥生式土器には小鉢・碗・杯(皿)があるし、登呂からは木匙が発見されている、
とある(日本食生活史)。七草粥は、この頃の古制を伝えている(仝上)、とみられる。
弥生時代の終わりになると、甑(こしき)が用いられ、古墳時代には一般化する(日本食生活史)。3世紀から4世紀にかけて朝鮮半島を伝い、日本にも伝来した、と見られ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%91)、「甑」は、中国で、
新石器時代に袋状をなした三脚を有する鬲(れき)や、底部に若干の穴をほったこしき(瓦+曾)、また鬲と甑を結合させた甗(こしき)などがあった。甑は漢代に使用され、それが南満・朝鮮半島を経て、米の流入とともにわが国に伝わった、
とある(日本食生活史)。『周書』に、
黄帝が穀を蒸して飯となすとか、穀を烹(に)て粥となす、
とあり(仝上)、穀類を煮たり蒸したりすることを古くは、
炊(かし)ぐ、
といい、のち、
炊(た)く、
というようになった。〈たく〉は燃料をたいて加熱する意と思われる。飯の炊き方には煮る方法と蒸す方法とがあり、古く日本では甑(こしき)で蒸した強飯(こわめし)を飯(いい)と呼び、水を入れて煮たものを粥(かゆ)といった。粥はその固さによって固粥(かたがゆ)と汁粥(しるかゆ)に分けられた、
とあり(世界大百科事典)、
飯を固粥(かたかゆ)または粥強(かゆこわ)とよび、今日の粥を汁粥(しるかゆ)といった。また固粥は姫飯(ひめいひ)とも称した。蒸した飯は強飯(こわいい)である、
とある(たべもの語源辞典)ように、飯は、
甑(こしき)、
を用いて蒸してつくられた(たべもの語源辞典)。伊勢物語に、
飯をけこ(ざる・かご)の器物に盛ってたべる、
とあるが、蒸した強(こわ)い飯であったことがわかる(仝上)。だから、「甑(こしき)」の語源は、
カシキ(炊)の転(大言海・東雅)、
あるいは、
米をかしぐ器の意(名語記・日本釈名)、
動詞「かし(炊)く」と同源か(小学館古語大辞典)、
カシキ(炊)からできた(時代別国語大辞典-上代編)、
炊籠(カシキコ)からコシキになった(たべもの語源辞典)、
等々とされるのである(http://ppnetwork.seesaa.net/article/478420647.html)。つまり、上代、
米を蒸したものを常食としていたので、「かしく」は、「米を蒸すこと」をいった、
のである。しかし、
中古末頃からカタカユが常食となったため、「かしく」は、「米を炊くこと」を言うようになった、
とある(日本語源大辞典)。平安後期の「江家(ごうけ)次第」には、
固粥は高く盛られて箸を立てることが見えている。固粥は姫飯ともいわれ、後世の飯(いい)であると思われる。飯や粥には米だけのものではなく、粟飯(あわい)・黍飯(きびい)もあった。貴族は汁粥を多く食べていたようであるが、平安末期になると正規の食事でも固粥(飯)を用いた、
とある(日本食生活史)。固粥よりも、水の量が多く、柔らかく炊いたものが、
粥、
で、後世の粥に当たる。
粥には白粥・いも粥・栗粥などがある。白粥は米だけで何も入れてない粥である。いも粥はやまいもを薄く切って米とともに炊き、時に甘葛煎(あまかずら)を入れてたくこともある。大饗(おおあえ)のときにそなえて貴族の食べるものである。小豆粥は米に小豆を入れ塩を加えて煮たもの。栗を入れてたいたものが栗粥である。さらに魚・貝・海藻などを入れて炊く粥もあった、
とある(仝上)。鎌倉時代は、平安時代を受け継ぎ、蒸した強飯が多かったようである。
米を精白して使うことは公家階級のわずかな人々の間に行われた程度であった。それも今日の半白米ぐらいである。玄米食は武家や庶民の間に用いられ、一般的であった。今日の飯と粥に当たる姫飯(固粥)と水粥(汁粥)とは僧侶が用い…たが、鎌倉末期になり、禅宗の食風がひろまると強飯は少なくなり、…今日の習慣にように姫飯を常食とする傾向になった、
とある(仝上)。鉄製の鍋釜ができるのは、室町以降だが、ようやく、
固粥を飯と言い、汁粥を粥、
というようになる(たべもの語源辞典)。
「かしぐ」は、従って、
甑、
と深くつながり、
米を蒸すのに用いるコシキ(甑)と関係のある語か(筆の御霊・松屋筆記)、
ケシキ(食敷)の転。下に藁を強いて食物を蒸したことから(名言通)、
は、「甑」が、
カシキ(炊)の転(大言海・東雅)、
動詞「かし(炊)く」と同源か(小学館古語大辞典)、
等々と裏返しである。どちらが先かは、判然としないが、「かしく」は、
ケ(食)の活用語か(日本語源=賀茂百樹)、
カシはケシ(食為)の転呼。クは飲食に関する原語(日本古語大辞典=松岡静雄)、
よりは、
コシキ(甑)+ク(動詞化)。甑にかけて蒸す(日本語源広辞典)、
の方が、まだ納得できる。
昔かなえ(鼎)の上に甑をのせて飯をかしいだことが『空穂物語』にある。室町時代になると、かなえを「かま」とよんだ。飯はかしぐといい、粥は煮るというが、かしぐとは甑をつかうからであろう、
とある(たべもの語源辞典)のが、「甑」と「かしく」の関係をよく示す。
ちょうど「こしき」が「かま」に転じるころ、「いひ」が「めし」という言葉に転換する時期になる。それが鉄製の鍋釜が普及する江戸時代となる(http://ppnetwork.seesaa.net/article/471966862.html)。
「たく」が、
飯を炊く、
という意で、
煮る、
とか、
加熱する、
とか、
湯を沸かす、
意で使うのは、かなり新しく、
もともと、ニル、カシクになっていた意味領域に、中世後期からタクが意味領域を拡大して侵出していったと考えられる。飯についてはタクといい、汁物(野菜)など飯以外の物についてはニルという現代共通語の体系が、近世から近代にかけて成立した、
と見られる(日本語源大辞典)。江戸語大辞典では、
飯をたく、
を、
副食物を煮るの対、
としているのは、そういう背景がある。ところで、飯の上手な炊き方を示す言葉に、
はじめチョロチョロなかパッパ、ジュウジュウいうとき火を引いて、赤子泣くとも蓋とるな、
というのがある。はじめは弱火で釜全体を温め、中頃は強火で加熱する。沸騰したら火を弱め、最後は蓋を取らずに余熱で蒸らすという意味だが、この炊き方は、
炊き干し、
と呼ばれる(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40806)とある。この炊き方は、
水が多い最初のうちは「煮る」状態だが、水が少なくなってくると「蒸す」状態になる。つまり、「煮る」と「蒸す」を組み合わせた調理法、
であるが、これが定着したのは、江戸時代から、とされる(仝上)。
漢字「焚」(漢音フン、呉音ブン)は、
会意、「林+火」で、林が煙を噴き上げて萌えることを示す、
とある(漢字源)。別に、
(「焚」 甲骨文字 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%84%9Aより)
会意文字です(林+火)。「木が並び立つ」象形と「燃え立つ炎」の象形から「林を火で焼く」を意味する「焚」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2571.html)。ほぼ同義である。
(「焚」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2571.htmlより)
「炊」(スイ)は、
欠(ケン)は、人が背をかがめ、口を開けてしゃがんださま。炊は「火+欠」で、しゃがんで火を吹き起こすさま、のち、広く、火を起こして煮たきすること、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(火+吹くの省略形)。「燃え立つ炎」の象形(「火」の意味)と「人が口を開けている」象形(「吹く」の意味)から、火を吹いて「飯をたく」を意味する「炊」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1570.html)。
(「炊」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1570.htmlより)
「爨」(サン)は、「飯を炊く」意の、
炊爨(スイサン)、
という言葉があるように、「かしぐ」意で、
会意。「かまどの形+臼(両手)+両手+火」で、両手でもって木を竈の下に入れて、火を燃やすさまを示す。かまどの狭い穴にたき木を入れ込む動作を指す言葉、
とある(漢字源)。和語で、
爨(さん)、
というと、
おさんどん、
つまり、
飯を炊く女、
の意になる。「おさん」については、「権助」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/478489648.html)で触れた。
なお、「めし」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/471966862.html)については、触れた。
参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
渡辺実『日本食生活史』(吉川弘文館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95