2021年06月15日

鳥羽絵


「鳥羽絵」は、

鳥羽絵は江戸時代中期に大坂で流行った滑稽な絵、

https://www.library.pref.osaka.jp/nakato/shotenji/38_tobae.html

手足が異様に細長く、目は黒丸か「一」文字に簡略化され鼻も低く大きな口を持ち、誇張と動きがある、

とされる(仝上)。

軽筆鳥羽車(けいひつとばぐるま) (2).jpg

(『軽筆鳥羽車』(大岡春卜) https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2606327より)

大坂の狩野派の大岡春卜筆といわれる《軽筆鳥羽車》3冊本(1720)は古例に属す、

とあり(世界大百科事典)、「鳥羽絵」は、

まず大坂で流行し、《絵本水や空》(1780)や《絵本古鳥図賀比》(1805)の作者松屋耳鳥斎が代表的。江戸でも、鍬形蕙斎(くわがたけいさい)、葛飾北斎、歌川広重などが鳥羽絵を試みている、

とある(仝上)。

耳鳥斎.jpg


鳥羽絵を洗練させたとされる大坂の耳鳥斎(松屋半三郎)は、

安永から天明期(1722~1788)を最盛期として寛政(~1801)まで活躍した。略筆体で人間の手足を細く描いた個性的な鳥羽絵 で知られており、滑稽の才に富み、極めて軽妙な筆使いによって、粗画でその意を表すのに妙を得た。天明期には耳鳥斎の扇面が非常に流行した略筆体で人間の手足を細く描いた個性的な鳥羽絵 で知られており、滑稽の才に富み、極めて軽妙な筆使いによって、粗画でその意を表すのに妙を得た。天明期には耳鳥斎の扇面が非常に流行した、

というhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%B3%E9%B3%A5%E6%96%8E

鳥獣戯画の筆者に擬せられる鳥羽僧正(覚猷)にちなんでこう呼ばれる、

という(仝上)が、

春卜と云ふ画工、戯画を畫き出し、鳥羽絵と称して、遂に其名となる、

とある(大言海)。あるいは、自称したのかもしれない。

ざれ絵、
おどけ絵、

ともいう(精選版日本国語大辞典)。

略画的タッチで人物や動物などを滑稽に描く、

ところは、

漫画、

そのものである。その後、

北尾政美の『略画式』、

葛飾北斎の『北斎漫画』、

等を経て

ポンチ絵(http://ppnetwork.seesaa.net/article/481972090.html?1623523206

G.ビゴ-の時局風刺雑誌『トバエ』、

へと続いて行くことになる。

『トバエ』の表紙.jpg

(ビゴー自身を戯画化ピエロの載る『トバエ』の表紙 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E7%BE%BD%E7%B5%B5より)

「トバエ」という言葉は、

漫画、

の意味で大正期まで使われていくことになるhttps://www.library.pref.osaka.jp/nakato/shotenji/38_tobae.html

竹原信繁(春潮齋)『鳥羽絵扇能的.jpg

(竹原信繁(春潮齋)『鳥羽絵扇能的(とばえ おうぎのまと)』 https://www.osaka-art-museum.jp/sp_evt/edonogigaより)

鳥羽絵本の流れは、その影響を受けたと考えられる江戸の「北斎(ほくさい)」や「国芳(くによし)」、そしてその流れをくむ「暁斎(きょうさい)」などに受け継がれていくが、歌川国芳には、

例えば落書きを真似て人物を描いた「荷宝蔵壁のむだ書」のユニークな釘書きの戯画や、「人あつまって人になる」のような、多くの人間が絡み固まっているのが人の顔に見えてくる感じがする1枚がある。まるで、ジュゼッペ・アルチンボルドの着想をどこかで見たのかと思うようなシュルレアリスム風の戯画シリーズさえ存在する、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E7%BE%BD%E7%B5%B5

歌川国芳による寄せ絵.jpg

(歌川国芳による寄せ絵 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E7%BE%BD%E7%B5%B5より)

葛飾北斎の鳥羽絵.jpg

(葛飾北斎の鳥羽絵 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E7%BE%BD%E7%B5%B5より)

「ポンチ絵」http://ppnetwork.seesaa.net/article/481972090.html?1623523206で触れたように、フランス人ビゴーは、1887年に居留フランス人向けの風刺漫画雑誌に、『トバエ』(TÔBAÉ)と命名して創刊した。

漫画、

という言葉は、北斎が、

北斎漫画、

で使ったが、コミックの訳語として、

漫画、

を最初に使ったのは、明治30年代前半、北澤楽天とされる(澤村修治『日本マンガ全史』)が、大正時代まで、

鳥羽絵、

という言葉は使われ、「漫画」という言葉が優勢になるのは、ようやく昭和初期になってからとされる(仝上)。

なお、歌舞伎の舞踊に、

鳥羽絵、

というのがあるが、

半裸の下男が枡を持って鼠を追いかけ、すりこぎに羽が生えて飛んでいる図を舞踊化したもの、

だが、これは、

本名題『御名残押絵交張 (おんなごりおしえのまぜばり) 』。九変化の一つ。文政2 (1819) 年江戸中村座で、3世中村歌右衛門(1世中村芝翫)が初演。2世桜田治助作詞、清沢万吉(1世清元斎兵衛)作曲、藤間勘助ほか振付。当時流行の、体を痩身に、手足を細長く描く鳥羽絵の趣を舞踊曲に仕立てたもの。山東京伝作『絵兄弟』の戯画を典拠とし、大店の台所を舞台に下男とぬいぐるみのねずみの滑稽なやりとりが描かれる、

とある(ブリタニカ国際大百科事典)。

参考文献;
澤村修治『日本マンガ全史~「鳥獣戯画」から「鬼滅の刃」まで』(平凡社新書)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:鳥羽絵
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