2021年06月18日
テロル
磯部涼『令和元年のテロリズム』読む。
本書は、令和に改元された直後に起きた「川崎無差別殺傷事件」、その四日後に、その事件を意識した、「元農水事務次官長男殺害事件」、その二ヶ月後に起きた、「京都アニメーション放火殺傷事件」、改元後三ヶ月の間に立て続けに起きた、この三つの事件の点と線をつなぎ、現在の日本の深部に迫ろうとするものだ(思えば、この一か月前には、池袋の元官僚による暴走自動車による11人殺傷の交通事故が起きている)。
本来、改元は、昔から、
時代をリセットする、
意味があった。「令和」は、「人々が美しく心を寄せ合う中で分化が生まれ育つ」意味が込められていると、当時の首相は説明したが、それをあざ笑うような事件の連続だった。しかし、平成改元の年にも、
三月に「女子高生コンクリート詰め殺人事件」
七月には「連続幼女誘拐殺人事件(宮崎勉の逮捕)
十一月には「坂本弁護士一家殺人事件」(七年後、オーム真理教によるテロとして顕在化)、
と、平成時代全体を通底する様相を呈した事件で始まった。著者は、
(平成の)「8050問題を始めとする、前元号=平成の間、先送りにされた問題を露呈させた」、
と書く。「川崎事件」は、まさに「7040/8050」問題の顕在化そのものに他ならない。しかし、無差別殺人ではあるが、これを、
テロリズム、
と呼ぶのは何故か。著者は、テロの定義からは外れるが、と断ったうえで、
「岩崎隆一(川崎事件の犯人)による無差別殺傷事件は、“ひきこもり”“高齢化社会”“7040/8050問題”といった政治的問題を社会に突きつけた点でテロリズムだったと言えないだろうか」
という。テロリズムは、明確に定まった定義はないが、共通する要素として、
①目的として何らかの「政治的な動機」をもつこと、
②目的達成の手段として、(直接の被害者等のみならず)より多くの聴衆に対する「恐怖の拡散」を狙っていること、
③そのために「違法な暴力」あるいは暴力による威嚇を利用すること、
を挙げる(内閣情報分析官・小林良樹氏)。この定義からは、外れるが、平成20年の秋葉原無差別殺傷事件を、
「絶望を映す身勝手な『テロ』」
という指摘がある(東浩紀氏)。その理由を、
「ネットでの(この事件に対する)共感の声がロスジェネ(ロスト・ジェネレーション。バブル崩壊後の氷河期、いわゆる「失われた10年」に社会に出た世代)の運動に代表されるような若年層の怒りと繋がっている」
「この問題は社会全体で考えるべきであるというメッセージを発する必要がある」
等々として、
「社会全体で考えるべき」事件こそが、テロリズムとして捉えられる事件、
とする主張に準拠している、とみられる。明確な政治的課題にまで昇華して意識できていない、
もやもやした不満、
の発露のレベルにとどまっている、という意味では、
「潜在的なテロリズム」
なのかもしれない。しかし、「テロル(terror)」は、ドイツ語で、
恐怖、
の意である。通常は、
あらゆる暴力手段に訴えて政治的敵対者を威嚇すること、
という意で使われるが、ここには、社会全体を敵とみなした、
敵意、
だけは感じ取れる。その敵意は、
不特定多数に向けられる恐怖、
を誘う。その点で、オーム真理教によるテロリズムも、明確な政治的目的があったわけではなく、
この社会全体へのすさまじい敵意、
のみがあったという意味では、通底しているのである。
川崎事件に刺激されて、息子が同じような事件を起こすのではという危機意識から殺害に及んだ、と元農水事務次官が動機を語っているのを信ずるかどうかは別として、「川崎無差別殺傷事件」と「元農水事務次官長男殺害事件」とは、顕在化した、
8050問題、
という意味で共通している。しかし、「京都アニメーション放火殺傷事件」は、自作をパクられたという妄想的な動機があるにしても、秋葉原事件と似た、
明確な敵意、
を顕在化させた印象がある。その意味では、アメリカで起きる、
銃の乱射事件、
と通底するものを感じる。象徴的なのは、犯人の青葉真司について、
「青葉のような労働者は、移民労働者にとって代られた」
という記述である。秋葉事件の犯人も、派遣切りにあった、
プレカリアート(不安定な労働者)、
であった。今日非正規労働者は四割に及ぶ。それは、ひとくくりに言うことは乱暴だが、ある意味、アメリカの、
プアホワイト、
に近い。かれらの多くは、トランプ支持者と重なる。この「プア・ホワイト」(白人貧困層)の過激グループは、ユダヤ人、黒人、ヒスパニックなどに対する憎悪をむき出しにしたテロが増えている。彼らもまた、
移民に仕事を奪われる、
レベルの労働者群になる。これは、
格差拡大の負の連鎖、
の結果でもある。今日の日本の、
格差拡大、
と、
非正規労働者の増大は、
間違いなく、負の連鎖の結果の、
社会への敵意、
を増殖させる。そんな懸念が、本書を通じて強まった。
参考文献;
磯部涼『令和元年のテロリズム』(新潮社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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