「かぜ」は、
風、
風邪、
と当てるが、「風」の意味に、いわゆる「風が吹く」の意や、「風」をメタファにした、「風向き」の意や、~風といった「やり方」の意といった「風」の意味の外延の中に、
風を引く、
として、「風邪」の意もある(広辞苑)。「風」は、
空気の流動、
の意だが、
奈良朝以前には、風は生命のもとと考えられ、風にあたると受胎すると思われていた。転じて、風が吹くと恋人が訪れてくるという俗信があった。また、明日香・初瀬など、それぞれの山々に風神がいて風を吹かすものとされていた、
とある(岩波古語辞典)。
「かぜ」は、平安時代末期の古辞書『色葉字類抄』に、
風、かざ、
とあるように、古形が、
カザ
であり、
風向(かざむ)き、
風車(かざぐるま)、
風穴(かざあな)、
風花(かざはな)、
風音(かざおと)、
風雲(かざぐも)、
風祭(かざまつり)、
風花(かざはな)、
等々と、複合語だけに残っている、
とある(岩波古語辞典)。ただ、大言海は、逆に、「かざ」は、
かぜ(風)の転、
とし、
早稲(わせ)、わさだ(早稲田)。船(ふね)、ふなばたなどの例、
としている。確かに、複合語となることで、
kazehana→kazahana、
と、
a→e、
間の母音交換は、「手綱」の、
tetuna→taduna、
というような音韻変化はあり得る(日本語の語源)ので、是非は判別しがたいが、大言海は、「かぜ」は、
気風(かじ)の転、
とし、「気(か)」は、
気(け)の転、
とし、
竹、たかむら。酒、さかづき、
を例とし、
か(香)、か(臭)、かをる(薫)、かまく(感)、かぶる(感染)などのカ、
とする。そして、「風(じ)」は、
かぜ(風)の古名、
とする。神代紀に、
吹撥之気、化為神、號曰級長戸邊(しなとべ)命、
を例に挙げ、
「荒風(あらし)」、「旋風(つむじ)」、「風巻(しまき)」、転じて「ち」。「東風(こち)」「速風(はやち)」。叉転じて「て」。「疾風(はやて)」、
と、
し(じ)→ち→て、
と転じたとする。「し→じ→ぢ→ち」を考えると、
si→di→ti→te、
という転訛はありえるかもしれない。
ち(風)→て(風)、
の転嫁が認められる(岩波古語辞典)のなら、
し(風)→じ(風)→ぢ(風)→ち(風)、
もあり得るのかもしれない。
さらに、「か」は、
アキラカ・サヤカ・ニコヤカなど、接尾語のカと同根、
とあり、
カ細し、カ弱し、
のように、
目で見た物の色や性質などを表す形容詞の上につき、見た目に……のさまが感じ取れる意を表す、
とあり(岩波古語辞典)、
転じてケ(気)となる、
と、結果として大言海とは真逆ながら、
カ⇔ケ、
の転訛を言っており、「け(気)」は、
潮気立つ荒磯にはあれど行(ゆ)く水の、過ぎにし妹(いも)が、形見とぞ来(こ)し(万葉集)、
のように、
霧・煙・香・炎・かげろうなど、手には取れないが、たちのぼり、ゆらぐので、その存在が見え、また感じられるもの、
を示すとある。「かぜ」を、
気風(かじ)の転、
とする大言海説に、一応の理が立つ気がする。
「カ(気)+ゼ(風)」で、空気の動きの意(日本語源広辞典)、
カは大気の動き、ゼは風、すなわちジと同胞語で、カジ(気風)の転(音幻論=幸田露伴)、
とするのも、同趣旨である。
キハセ(気馳)の義(日本語原学=林甕臣)、
も、似た発想である。
中国古代の「風」は、大気の物理的な動きとともに、肉体に何らかの影響を与える原因としての大気、またその影響を受けたものとしての肉体の状態を意味した。日本での「かぜ」は、もともと大気の動きである、
とある(日本語源大辞典)。
因みに、「風邪」との関係については、
(風邪の)意の用例は平安初期からみられ、おそらくは中国語「風」の移入か、
とみている(仝上)。「風」には、「風疾」とか「風者百病之長邪」という言い方をする(漢字源)。
(風邪が)風の影響をうけるとすることは、「風を引く」の例でわかるが、その症状は必ずしも感冒には限らず、腹の病気や慢性の神経性疾患なども表していた。又、身体以外に、茶や薬などが空気にふれて損じ、効き目を失うことを「カゼヒク」といったことが、日葡辞書から知られる。「風邪」は、漢籍では病気名とはいえず、日葡辞書でも、「Fûja」は、「ヨコシマノカゼ」で、体に影響する「悪い風」とされている。近世では「風邪」は一般に、「ふうじゃ」と読まれ、感冒をさすようになった。病気の「かぜ」に「風邪」を当てることが一般的になったのは明治以降のことである、
とある(仝上)。因みに、「風邪(フウジャ)」は漢語、
かぜひき、
をさす(字源)。
大難之将生也、猶風邪之中人(道徳指帰論)、
とある(仝上)。
「風」(漢音ホウ、呉音フウ・フ)は、
会意兼形声。風の字は大鳥の姿、鳳の字は大鳥が羽搏いて揺れ動くさまを示す。鳳(おおとり)と風の原字は全く同じ。中国では、おおとりを風の遣い(風師)と考えた。風はのち「虫(動物の代表)+音符凡(ハン・ボン)」。凡は広く張った帆の象形。はためきゆれる帆のように揺れ動いて、動物に刺激を与える「かぜ」をあらわす、
とある(漢字源)。同趣旨の解釈は、
もと、鳳(ホウ、フウ)(おおとり)に同じ。古代には、鳳がかぜの神と信じられていたことから、「かぜ」の意を表す。のち、鳳の鳥の部分が虫に変わって、風の字形となった、
がある(角川新字源)。
(「風」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8より)
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(「風」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8より)
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(「風」 簡牘文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8より)
ただ、これと真逆なのが、
形声。「虫」(蛇、竜)+音符「凡」を合わせた字で、「かぜ」を起こすと見なされた蛇が原義(「虹」も同様で意符が「虫」)。「凡」は「盤」の原字で、盥盤の側面の象形。「虫」に代えて「鳥」を用いた文字が「鳳」であり、両方とも「かぜ」の使いとされた、
という解釈(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A2%A8)。別に、
会意兼形声文字です(虫+凡)。甲骨文では「風をはらむ(受ける)帆」の象形(「かぜ」の意味)でしたが、後に、「風に乗る、たつ(辰)」の象形が追加され、「かぜ」を意味する「風」という漢字が成り立ちました、
と「帆」を始原とする説もある(https://okjiten.jp/kanji100.html)。しかし、「風」の字の変遷を見ると、原字は、「鳳」に見える。
(「風」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji100.htmlより)
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95