2021年07月21日

わざわひ


「わざわひ(い)」は、

災い、
禍、
殃、

等々と当てる(広辞苑)。

ワザは鬼神のなす業(わざ)、ハヒはその状(さま)をらわす、

とあり、

其の殃(わざはひ)に罹らむ(法華経)、

というように、

傷害・疾病・天変地異・難儀などをこうむること、
悪い出来事、
不幸な出来事、

の意である(仝上)。「わざ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/482526535.html?1626633416は、

こめられている神意をいうのが原義、

であり(岩波古語辞典)、

もと、神のふりごと(所作)の意。それが精霊にあたる側の身ぶりに転用されたもの(国文学の発生=折口信夫)、

とあるのも同趣旨になる(日本語源大辞典)。「ワザ」は、

ワザハヒ(災)・わざをき(俳優)のワザ、

とある(岩波古語辞典)のは、

ワザワヒ(禍)の転用、曲之靈が禍を為すむというところからか(国語の語根とその分類=大島正健)、

と同趣旨で、「災害」「災い」を神の「しわざ」と考え、そこに神意を読み取る側の受け止め方ということになる。だから、単なる、

行為、

行事、

ではなく(大言海)、

人妻に吾(あ)も交はらむ、吾妻に人も言問へ、此の山を領(うしは)く神の昔より禁(いさめ)ぬわざそ(万葉集)、



神意の込められた行事・行為、
とか、
深い意味のある行為・行事、

というのがもとの用例に近い(広辞苑・岩波古語辞典)。

事柄に込められている神意(日本語源広辞典)、

つまり、

神わざ、

と受け止めた、という意味である。だから、「わざ」は、

人力の及ばない不気味な神意(日本語源広辞典)、
隠された神意(岩波古語辞典)、
神為(わざ)を活用す(大言海)、
神のしわざ(名言通)、
鬼神の行為(江戸語大辞典)、

ということになる。

問題なのは、「わざわひ」の「はひ」である。多く、

サキハヒ(幸)・ニギワヒ(賑)・ケハヒ(気配)のハヒに同じ、

とされる(大言海・岩波古語辞典)。その「ハヒ」は、

言霊のさきはふ国と語りつぎ言ひ継がひけり(山上憶良)、

と、接尾語として、

辺りに這うように広がる意を添えて動詞をつくる(岩波古語辞典)、

とある。だから、

そのさまをいう語(江戸語大辞典)となる。この「はふ」は、

這ふ、
延ふ、

と当て、

這い経るの意、

とある(大言海)。

這ふ⇔延ぶ、

と、

這ふは、延ふに通じ、延ふは這ふに通ず、

とあり(仝上)

蔓草や綱などが物に絡みついて伝わっていく、

意で(岩波古語辞典)、「ハヒ」は、この、

「はふ」の連用形です。 「はふ」 は 「延ふ」 で 〈蔓が延びていくように、物事が進む、広まる、行きわたる〉 というような意味、

とするのが大勢の解釈となるhttps://mobility-8074.at.webry.info/201508/article_18.html

だから、

「にぎはひ」の「ハヒ」、

も、

「さきはひ」の「ハヒ」、

も、

「けはひ」の「ハヒ」、

も、

這ふ、
延ふ、

の「ハヒ」で、「にぎはひ」は、

和やかな状態が打ち続き盛んになる意、人々が寄り集まり、和やかに繫盛する意(日本語源広辞典)、

となり、「さきはひ」は、

サク(咲)・サカユ(栄)・サカル(盛)と同根、生長の働きが頂点に達して、外に形を開く意(岩波古語辞典)、
サキ(幸、霊力)+ハフ(這)。よい獲物が続けてとれる、栄え続ける(日本語源広辞典)、
「幸、又福を訓むも、先の字に通えり」(和訓栞)、万葉集に見える幸延國の義なるべし、幸(サキ)の動く意なり(大言海)、

となり、「けはひ」(「気配」は後世の当て字)は、

ケ(気)+ハヒ(事のひろがり)。何となく感じられるさま(日本語源広辞典)、
ケは気、ハヒは延の義(和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健)、
ケ(気)ハヒ(延)の義。ハヒは、辺り一面に広がること、何となく、辺りにスー感じられる空気(岩波古語辞典)、

となり、「ハヒ」を、

延ふ、
這ふ、

から来た、

広がる、
延びる、

という状態表現の言葉と見る。しかし、「ハヒ」を「ハフ」とつなげるのは音韻の類似性から来た付会なのではないか、という気がする。

だから、異説がある。

サチイハフ(幸祝ふ)は「イ」を脱落してサチハフ(幸ふ)になった。〈サチハヘ給はば〉(祝詞)。サチハフ(幸ふ)も子交(子音交替)[tk]をとげてサキハフ(幸ふ)になった。「栄える。幸運にあう」という意である。〈しきしまのやまとの国は言霊のサキハフ国ぞ〉(万葉集)。(中略)サキハフ(幸ふ)は、キハ[k(ih)a]の縮約でサカフ[fu](栄ふ)になり、さらにサカウ(kawu)を経てサカユ[ju](栄ゆ)に転音した。……サキハフ(幸ふ)の連用形サキハヒ(幸ひ)は子音[k]を脱落してサイハヒ(幸)になった、

とある(日本語の語源)。

この説に従うなら、「ハヒ」=「ハフ(這・延)は成立しない。

「サキハヒ」が、

サチイハヒ(幸祝ひ)、

なら、「ワザハヒ」は、

ワザイハイ(業祝ひ)、

と、神意を承けて祝う意となり、「ニギハヒ」は、

ニギイハイ(和祝ひ)、

とになるが、そもそも、

和(にぎ)を活用す、和(なぎ)に通ず、荒るるに対す(大言海)、

とするなら、

にぎはふ、

は一語であり、「にきはふ」は、「荒(あら)」の対である、

やわらぐ、

意の、

にぎ(和)、

を活用したものなのだとすると、「ハヒ」説は適用できない。「ニギ」を活用した動詞には、四段活用の、

にぎはふ(賑)、

の他に、

にぎぶ(賑 上二段活用)、
にぎははす(賑 他動詞)
にぎほほす(賑 形容詞)、

等々があり(大言海)、「ニギ」と「ハヒ」を分ける説自体が成り立たないかもしれない。

「ケハひ」も、また、

キイハヒ(気祝ひ)、

といえなくもない。「け(気)」は、

霧・煙・香・炎・かげろうなど、手には取れないが、たちのぼり、ゆらぎのでその存在が見え、また感じ取れるもの、

である(岩波古語辞典)。

「いはふ」は、

祝ふ、
斎ふ、

と当て、原義は、

吉事・安全・幸福を求めて、吉言を述べ、吉(よ)い行いや呪(まじない)をする、

意である。「わざわひ」の場合、ことに、

隠された神意に呪(まじない)する、

意の、

わざ+いはい、

はあり得る気がする。そして、憶説ながら、

サチイハフ→サチハフ(幸ふ)→サキハフ(幸ふ)、

とした転訛に倣うなら、

ワザイハフ(業祝ふ)→ワザハフ→ワザハヒ→ワザワイ、

という転訛もあり得るのかもしれない。もちろん、憶説に過ぎないが。

「わざはひ」に当てた漢字を見ておくと、

「災」 漢字.gif


「災」(サイ)は、

会意兼形声。巛(サイ)の原字は、川をせき止める堰を描いた象形文字。災は「火+音符巛」で、順調な生活を阻んで留める大火のこと。転じて、生活の進行をせき止めて邪魔をする物事、

とある(漢字源)。

「災」 漢字 成り立ち.gif

(「災」 漢字・成り立ち https://okjiten.jp/kanji95.htmlより)

別に、

会意兼形声文字です。「燃え立つ炎」の象形(「火」の意味)と「川のはんらんをせきとめる為に建てられた良質の木」の象形(「わざわい」の意味)から、火事のような「わざわい」を意味する「災」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji95.html

「禍」 漢字.gif


「禍(禍)」(漢音カ、呉音ガ・ワ)は、

会意兼形声。骨の字の上部は、関節骨がはまりこむまるい穴のこと。咼(カ 丸い穴)はそれと口印(穴)を合わせた字で、まるくくぼんだ穴のこと。禍は「示(祭壇)+音符咼」で、神の祟りをうけて思いがけない穴(落とし穴)にはまること、

とある(漢字源)。

「禍」 金文 戦国時代①.png

(「禍」 金文・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A6%8Dより)

別に、

会意兼形声文字です(ネ(示)+咼)。「神にいけにえを捧げる台」の象形と「肉を削り取り頭部を備えた人の骨の象形と口の象形」(「削られ、ゆがむ」の意味)から、神のくだす「わざわい」を意味する「禍」という漢字が成り立ちました、

とあるhttps://okjiten.jp/kanji1667.htmlほうが、「禍」の字の背景がよくわかる。

「殃」 漢字.gif


「殃」(漢音ヨウ、呉音オウ)は、

会意兼形声。央(オウ)は、大の字に立った人の首の部分を枷でおさえつけたさま。真ん中を押さえて、くぼめる意を含む。殃は「歹(死ぬ)+音符央」で、人をおさえつけてじゃまをし、死なせることを示す、

とある(漢字源)。

「災」「禍」「殃」の違いは、

「禍」は、福の反なり、不仕合せにあふなり。淮南子「禍者福之所倚、福者禍之所伏」、
「災」は、時のまわりあわせなり、天地よりなすわざわひなり。左傳「天災流行」、また人火曰火、天火曰災と註す、
「殃」は、神の咎をうける義。易経「積不善之家、必有餘殃」、

とある(字源)。その意味で、「わざわひ」の「わざ」を神意とするなら、「禍」「災」よりは、「殃」を当てる方が正確なのかもしれない。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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