2021年07月22日

いはふ


「いはふ(いわう)」は、

祝う、
齋(斎)う、

と当て(広辞苑・岩波古語辞典)、

吉事・安全・幸福を求めて、吉言(よごと)をのべ、吉(よ)い行いや呪(まじな)いをする意が原義、

とあり(岩波古語辞典)、

類義語イツクは、神聖なものを大切に護り、それに仕える義、

とある(仝上)。しかし、「祝ふ」は、

吉事を祈り喜ぶ、

意だが(日本語源大辞典)、「齋ふ」は、

穢れを浄め、忌みつつしんで、よいことを求める、また、吉事を求めて神事を行う、

と区別する(仝上)。で、大言海は、「齋ふ」と「祝ふ」を別項立て、「斎ふ」は、

いまふ(齋)と通ず(齋(サイ)は、齋戒(ものいみ)なり)、かはち、かまち。しまし、しばし、

とし、

いつく(齋)、
いまふ(忌)、
斎祀、

と同義とし、

祝部(はふり)等が齋経(イハフ)社の黄葉(もみぢば)も標縄(しめなは)越えて散るといふものを(万葉集)、

と、

齋(い)み清まはり、謹みて祀る、

意とする。それが、広がり、

大船(おほぶね)に真梶(まかぢ)しじ貫きこの吾子を唐国(からくに)へ遣る伊波敝(いは)へ神たち(万葉集)、

と、

齋(いは)ひて守りまさむ、

意となり、さらに、

ちはやぶる神の御坂に幣(ぬさ)まつり伊波負(いはふ)命は母(オモ)父(チチ)がため(万葉集)、

と、

齋き守る、

意が、

祈願する、

という含意にシフトしている。だから、「祝ふ」は、この、

(「齋ふ」)の転、凶を齋(いは)ひ清めて、吉ならしる、

意となり、

ことほぐ、

意の、

真幸(まさき)くて妹が斎(いは)はば沖つ波千重(ちえ)に立つとも障りあらめやも(万葉集)、

と、

吉あらしめんとす、

という意になり、さらに、

鶴亀につけて、君を思ひ人をもいはひ(古今集・序)、
君がためいはふ心の深ければ聖(ひじり)の御代にあとならへとぞ(後撰集)、

と、

祝す、
賀す、

意となっていく。

「いつく(齋)」は、

イツ(稜威)の派生語。神や天皇などの威勢・威光を畏敬して、汚さぬように潔斎して、これを護り奉仕する意、後に転じて主人の子をを大切にして仕え育てる意、

とある(岩波古語辞典)。「いつ」は、

稜威、
厳、

と当て、

自然・神・(神がこの世に姿を現した)天皇が本来持つ、盛んで激しく恐ろしい威力、

とあり、

神霊の威光・威力、

を指す。漢書・李廣伝に、

威稜憺平隣国、

とあるのに、

李奇曰、神霊之威曰稜、

とある(大言海)。こうみると、「齋く」を、

イは齋(い)むの語根(齋垣(いみがき)、いがき。齋串(いみぐし)、いぐし)。ツクは、附くなり。かしづくと同じ。齋(い)み清まりて事(つか)ふる、

意(大言海)とするのと、

神や天皇などの威勢・威光を畏敬して、汚さぬように潔斎して、これを護り奉仕する(岩波古語辞典)、

とは重なる。

いまふ(忌)、

と同義としたのも、「いまふ(忌)」が、

忌むに反復・継続の接尾語ヒのついた形(岩波古語辞典 ヒは四段活用の動詞を作り、何回も繰り返す意を表す)、
イムの未然形の、イマを活用す(大言海)、

と解釈は異なるものの、

不吉なものとして避け嫌う、

意である。「いむ」は、

忌む、
齋む、

と当てるが、「いむ」は、

齋(イ)を活用、

した語であり、「齋」(い)は、

神聖であること、

の意であり、

ユユシなどのユの母音交替形、

である。「いむ」も、本来、

凶穢(けがれ)を浄め、慎む。神に事ふるに云ふ、

の、

齋(い)む、

が先で、それ故、

禁忌(タブー)、

の意から、

忌む、

の、

穢れを避け、嫌う、

意になった(大言海)。

神聖なもの・死・穢れたものなど、古代人にとって、はげしい威力をもつ触れてはならないもの、

となった(岩波古語辞典)のである。だからこそ、

汚さぬように潔斎して、これを護り奉仕する、

必要がある。で、「齋く」が、「いむ」から由来したとすると、「いはふ」もまた、

凶事を避け、吉事を招くところからイム(忌・齋)の延言(冠辞考続貂・和訓集説・国語の語根とその分類=大島正健)、
不浄を忌み嫌って、ハフリ(祝)マツル義から、イミハフ(忌栄・齋延)の約轉(言元梯・名言通・両京俚言考)、

という説はあり得るが、

イム(忌・斎)と同根、

とされる、

い(齋)、

があり、

イ(斎)に動詞化のハフのついた語(角川古語大辞典・小学館古語大辞典)、
イはユ(齋)と同語。ハフは行為を意味する活用語尾(日本古語大辞典=松岡静雄)、

が妥当だと思われる。ここで、「わざわひ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/482558802.html?1626806502で問題となった「はふ」(這・延)が登場する。ただ、ここでは、

齋(いつ)く、

が転化して、

傳く、

とあてる「いつく」が、

神に云ふ語(齋く)の、愛護の意に移りたるなり、集韻「傳 音附近(チカヅク)也」、説文「相(タスク)也」、

とあり(大言海)、

かしづく、
大切にする、

意とある。「いはふ」の意味の広がりと重なるとみていい。この場合は、その意味では、

い(齋)+はふ(這・延)、

はあるのではないか、という気がする。「はふ」は、

さきはひ、
わざはひ、
にぎはひ、
あじはふ、

の、

辺りに広がる、

意である(岩波古語辞典)。

「祝」 漢字.gif


「祝」の字については、「風の祝」http://ppnetwork.seesaa.net/article/482454191.html?1626201854で触れたように、

「祝」 金文・西周.png

(「祝」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9Dより)

「祝(祝)」(漢音シュク・シュウ、呉音シュク・シュ)は、

会意。「示(祭壇)+兄(人の跪いたさま)」で、祭壇でのりとを告神職を食を表す、

とある(漢字源)。

会意。示と、兄(神にのりとをささげる人)とから成る。神を祭る意を表す。転じて「いわう」意に用いる、

という説(角川新字源)と通じる。別に、

会意文字です(ネ(示)+口+儿)。「神にいけにえをささげる為の台」の象形と「口」の象形(「祈りの言葉」の意味)と「ひざまずく人」の象形から「幸福を求めて祈る」・「いわう」を意味する「祝」という漢字が成り立ちました、

との説明https://okjiten.jp/kanji682.htmlは、より具体的である。

「斎」 漢字.gif


「齋(斎)」(とき)http://ppnetwork.seesaa.net/article/460543513.htmlで触れたが、

「齋」(漢音セイ、呉音セ)は、

会意兼形声。「示+音符齊(きちんとそろえる)の略体」。祭のために身心をきちんと整えること、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(斉+示)。「穀物の穂が伸びて生え揃っている」象形(「整える」の意味)と「神にいけにえを捧げる台」の象形(「祖先神」の意味)から、「心身を清め整えて神につかえる」、「物忌みする(飲食や行いをつつしんでけがれを去り、心身を清める)」を意味する「斎」という
漢字が成り立ちました、

とあるhttps://okjiten.jp/kanji1829.html

「斎」 成り立ち.gif

(「斎」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1829.htmlより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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