人魚の食いそこね、
という言い伝えがある。「八百比丘尼」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/482992577.html?1629313561)で触れたように、
人魚の肉を食べると長命で、いつまで経っても歳をとらずにいる、
という言い伝えがある。これを指している(日本昔話事典)。
人魚の肉(あるいは九穴の貝、大じゃの肉)の料理を密かに覗き見た者が不気味に思って食べずに持ち帰り、たまたまそれを食べた一人が不老不死の寿命を得た、
といった類の話で、その中で名高いのが、
八百比丘尼(やおびくに)、
あるいは、
白比丘尼(しろびくに)、
と呼ばれる伝説である。この背景には、人魚の肉が、
不老不死の妙薬、
とする俗信があったと思われる。
(「人魚」(和漢三才図絵) https://kihiminhamame.hatenablog.com/entry/2018/06/21/203000より)
「人魚」というと、
上半身が人間の女、下半身は魚体、
ということになる(広辞苑)が、この人魚像は、
おそらく西洋からの導入であり、江戸期以降に《和漢三才図会》や《六物新志》などの文献がこれを広めたらしい、
とある(世界大百科事典)。
最古の地理書『山海経(せんがいきょう)』(前4世紀~3世紀頃)には、
氐人(テイジン)国在建木西、其為人、人面而魚身、無足(海内南経)、
あるいは、
鯪鯉、人面、手足、魚身、在海中(海内北経)、
あるいは、
决决(ケツケツ)之水出焉、而東流注于河、其中多人魚、其状如䱱魚、四足、其音如嬰児、食之無癡疾(北山経)
とあり(日本伝奇伝説大辞典)、手足があったりなかったりする。「建木」(けんぼく)は、
中国の伝説にある巨木である。天と地を結ぶ神聖な樹だと考えられている。天地の中央に立っているとされ、『淮南子』(えなんじ)では、都広(とこう)山に生えており衆帝がこれによって上下をすると記されている。『山海経』では都広は天下の中央に位置する、
と記述されている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%BA%E6%9C%A8)、とある。
「䱱魚(ていぎょ)」は、
オオサンショウウオ科の魚、
を意味するが、「さんしょううお」の意では、
鯢(ゲイ)、
にもその意もあり、
䱱魚、
鯢魚、
は、「さんしょううお」を指す。そして、「鯢魚」の漢名に、
人魚、
がある(大言海)。
その面、猴に似て、其聲、小児の啼くが如し、
とある(仝上)。
貝原益軒編纂の『大和本草』(宝永七(1709)年)には、「䱱魚(ていぎょ)」は、
名人魚此類二種アリ江湖ノ中ニ生シ形鮎ノ如ク腹下ニツハサノ如クニ乄足ニ似タルモノアリ是䱱魚ナリ人魚トモ云其聲如小兒又一種鯢魚アリ下ニ記ス右本草綱目ノ說ナリ又海中ニ人魚アリ海魚ノ類ニ記ス、
とし、「鯢魚(げいぎょ)」は、
おおさんしょううお、
と訓まし、
溪澗ノ中ニ生ス四足アリ水中ノミニアラス陸地ニテヨク歩動ク形モ聲モ䱱魚ト同但能上樹山椒樹皮ヲ食フ国俗コレヲ山椒魚ト云四足アリ大サ二三尺アリ又小ナルハ五六寸アリ其色コチニ似タリ其性ヨク膈噎ヲ治スト云日本處〻山中ノ谷川ニアリ京都魚肆ノ小池ニモ時〻生魚アリ小ナルヲ生ニテ呑メハ膈噎ヲ治ス、
とある(https://onibi.cocolog-nifty.com/alain_leroy_/2019/06/post-58535d.html)。
「鯪魚(リョウギョ)」は、たぶん、
鯪鯉、
で、
リョウリ、
と訓むが、
イシゴヒ、
センザンコウ、
と訓ませ、
穿山甲(センザンコウ)、
の別名とされる。「鯪」は、
鯉、
の意(字源)で、「鯪鯉」は、
陸に棲息、甲鱗、鯉に似る故に名とす、
とある(大言海)。
形似亀而短小、又似鯉魚、有四足(本草)、
ともある。ややこしいのは、この「鯪鯉」の漢名にも、
人魚、
があることである(大言海)。ただ、これは、
陸鯪と混同したため、
ではないか、としている(仝上)が。
我が国では、推古二十七年(619)四月に、
近江國言、於蒲生河有物、其形如人、
とあり、七月に、
摂津国有漁夫、沈網於堀江、有物入網、其形如児、非魚非人、不知所名、
とある(日本書紀)。これが初出とされる(『和漢三才図会』(正徳三(1713)年)。これを受けて、
太子謂左右曰、禍始于此、夫人魚者瑞物也、今无飛莵出人魚、是為国禍、汝等識之、
とされた(聖徳太子伝暦)、とある。つまりは、人魚は、
祥瑞、
とされもするが(嘉元記)、
不吉、
とされもする(北條五代記)、ということである(日本伝奇伝説大辞典)。
平安時代中期の『和名抄』には、
人魚、一名鯪魚、魚身人面者也、
とある。
穿山甲(センザンコウ)、
はわが国にはいないので、「人魚」と目されたのは、
䱱魚、
鯢魚
と考えるのが、常識的なのだろう。
(オオサンショウウオ https://www.jataff.or.jp/monument/7i.htmlより)
『古今著聞集』には、伊勢国別保の浦人が、
大いなる魚の、かしらは人のやうにてありながら、歯はこまかにて魚にたがはず、口さしいでて猿に似たりけり、身は世の常の魚にてありける、
というものを三匹捕らえ、平忠盛に献上したが、忠盛は恐れて浦人に返した。浦人はそれを食べたが、味は良かったものの、格別の異常はなかった、とある(日本伝奇伝説大辞典)。古い時代は、怪獣のように見なしていたように見える。
(人魚 精選版日本国語大辞典より)
ただ、若狭国の乙見村の漁師が、
頭は人間にして、襟に鶏冠のごとくひらひらと赤きものをまとひ、それより下は魚、
なるものを見つけ、櫂で打ったところ死んでしまった。ところが、その後、大風・海鳴り・大地震が起こり、御浅岳のふもとから海辺まで地が裂けて、乙見村が陥没してしまった、とある(諸国里人談)。「人魚」を、
水神、
とみなしていた例もある(日本伝奇伝説大辞典)。
(「人魚」(鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』) 鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』より)
参考文献;
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:人魚