「ひもろぎ」に当てる漢字には、
神籬、
と
胙、
膰、
脤、
とがある。
「神籬」は、古くは、
ひもろき、
と清音、
神霊が宿っていると考えた山・森・老木などの周囲に常盤木(ときわぎ)を植えめぐらし、玉垣で囲んで心性を保ったところ、後には、室内・庭上に常盤木を立て、これを神の宿るところとして神籬と呼んだ。現在、普通の形式は、下に荒薦(あらむしろ)を敷き、八脚案(やつあしのつくえ)を置き、さらに枠を組んで中央に榊の枝を立て、木綿(ゆう)と垂(しで)とを取り付ける、
とある(広辞苑)。
(天穂日命(あめのほひのみこと)の神籬 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%B1%ACより)
伊勢神宮の心御柱(しんのみはしら)、
上賀茂社の〈みあれ〉、
も神籬の一種とされる(百科事典マイペディア)。
また、「ひもろぎ」は、
ひぼろぎ、
ともいう(仝上)。和名抄に、
神籬、比保路岐、
とある。「神籬」は、
神の降下を待つところとして作るもの(岩波古語辞典)、
つまり、
神祭りをするにあたり、神霊を招くための憑坐(よりまし)、依代(よりしろ)、
なのである。また、
古代祭祀、また現在でも地鎮祭などでは社殿がなく、その神祭りの場合のみ神霊の降臨を願うとき、神霊の宿り坐(ま)す神聖な場、またそのしるしが必要となるが、それのこと。『日本書紀』天孫降臨の条に、天児屋命(あめのこやねのみこと)・太玉(ふとだま)命に天津(あまつ)神籬を持ち降臨、皇孫のため奉斎せよと勅されたとあり、同じく垂仁天皇の条に、新羅の王子天日槍(あめのひぼこ)が持ちきたった神宝のなかに熊(くまの)神籬一具とあるのをみると、神祭りをするための祭具をさして称することがすでに古くあったかとみられる、
とあり(日本大百科全書)、日本書紀に、
吾(高皇産霊尊)は則ち天津神籬及天津磐境(いわさか)を起樹(おこした)てて、当に吾孫の為に斎ひ奉らむ、
ともある。ただ、古代、
神をめぐる空間の構造を、
磐座、
神籬(ひもろぎ)、
磐境(いわさか)、
と区別されていて、日本書紀では、
天孫の座を磐座と呼び、神体・依代(よりしろ)・神座の意に、神籬は柴垣・神垣の意に、磐境は結界・神境の意に用いている、
ともある(世界大百科事典)。古代、
神社を建てて社殿の中に神を祀るのではなく、祭りの時はその時々に神を招いて執り行った。その際、神を招くための巨木の周囲に玉垣をめぐらして注連縄で囲うことで神聖を保ち、古くはその場所が神籬と呼ばれた、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%B1%AC)。「神籬」と当てた時、「籬」は竹や柴で作られた垣根を意味するので、書紀の時代には、「場所」を指していた意味が、「場所」を限る「垣」に意味が変わっている可能性があるが。
(「神籬」 今は八脚案上に枠を組み、中央に榊の枝を立てて木綿と垂とを付ける デジタル大辞泉より)
そうみると、「神籬」は、
ヒは霊力の意。モロはモリ(森・杜)の古形。神の降下してくる所。キは未詳(岩波古語辞典)、
ヒ(霊力)+モロ(森・杜)+キ(城)、神の降りる座(日本語源広辞典)、
ヒはヒ(靈)の義で神をいう。モロキは内外を守り限る義で守る所(東雅)、
と、神の依る「もり」とみる説があり、他に、
ヒは敬称的接頭辞、モロキは室木の義(神代史の研究=白鳥庫吉)、
柴室木(フシムロギ)の約轉、秘(ひめ)室木の略轉、秀(ひ)室城の転(大言海)、
フシムロギ(柴室木)の約轉(古事記伝・名言通)、
と、「室木」と特定する説があるが、
「ひもろぎ(き)」の「ぎ(き)」は、上代、(上代特殊仮名遣の)甲類であるから、乙類である「木・城」(き)とは別と考えられる、
とある(日本語源大辞典)ので、「木」「城」ではなく、前者に軍配が上がる。
また、
胙、
膰、
脤、
と当てる「ひもろぎ」は、
神の降下を待つところ、
としてつくった「神籬」に、
供えるもの、
を指す。漢字の「胙」は、
神に供える肉、
「脤」は、
神に供える生肉、
「膰」は、
神に供える焼いた肉、
を意味する。
ヒフルキ(干経肉)の義(大言海・言元梯)、
日を経て食するところからヒフルギ(日経食)の義(日本釈名)、
という説はあるが、「神の降下を待つところ」の「ひもろぎ」が、そこに供えるものも「ひもろぎ」と呼ぶようになったと考えるのでいいのではあるまいか。同じように、
ひぼろぎ、
とも言うのだから。
「籬」(リ)は、
会意兼形声。「竹+音符離(リ 別々のものをくっつける)」、
とあり、竹や柴(しば)などをあらく編んだ垣根、「まがき」の意。「垣籬(えんり)」「籬垣(りえん)」も、竹や柴の垣根を意味する。
「胙」(漢音ソ、呉音ゾ)は、
形声。「肉+音符乍」で、重ねた御供えの肉、
とある。
(「胙」 簡帛文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%83%99より)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95