2021年09月16日
物のそかどを申す方
今福匡『「東国の雄」上杉景勝―謙信の後継者、屈すれども滅びず』読む。
上杉景勝は、謙信の甥である(姉の子)。どちらかというと、確か大河ドラマ『天地人』でも、主役が直江兼続であったように、目立たぬ、地味な存在である。司馬遼太郎は、
「私は、上杉景勝という人物を、謙信や直江兼続の華やかさよりも好きであるかもしれない。」
と書いている(『街道をゆく』「羽州街道」)、とか。謙信を、
家祖、
景勝を、
藩祖、
としているらしいが、とかく、地味である。上田家中の丸田友輔『北越耆談』(1661)には、
「景勝は、素性詞寡く、一代笑顔見たる者なし。常に刀・脇差に手を懸けて居らる。或時に、常々手馴れて飼ひ給ひける猿、景勝の脱ぎて措き給ひける頭巾を取り、樹の上へ昇り坐して、彼頭巾を蒙り、手を扠(あざ)へて、座席の景勝へ向ひて点頭(うなず)きたるを見て、莞爾と咲ひ給ひたるを、近習の者共、始めてみたるとなり」
とあり、他にも、
「上杉家の行列は景勝の輿のまわりは言うにおよばず、全員無言で咳払いひとつせず、足音ばかりが響いていた」
とか、
「(行列が)川を渡る折、供の人数が多すぎて船が沈みかけた際、景勝が杖を振り上げると、皆々川中へ飛び込んだ、
とか、
「景勝が前線視察に回ると、兵たちは皆見咎められるのではないかと竹楯の外へ出たという。当然、敵の矢弾にさらされることになるが、兵たちにとっては敵よりも自分たちの主人のほうが恐ろしかったためだという。」
等々、
「士卒共、景勝を恐るること此の如し」
とか伝わる。石田三成は前田利家に、
「彼方ハチトおもくちなる」
と伝えたという。「おもくち(重口)」とは、
「口がかたくて軽々しく話したりしない意であるが、口下手という意味合いもある」
と、著者は書く。さらに、三成は、後に関ヶ原合戦直前の手紙で、真田父子に景勝との連携を託し、その際、景勝について、
「国のならひにて景勝様は物のそかどを申す方であるから、物やわらかに彼方の気に入られるように伝えてください」
と助言している。この意味について、著者は、
「これに近いのが『麁(そ)に入り細に入る』という言い回しだろう。全体的な輪郭から細部に至るまで、という意味だが、「麁」「粗」=概要、あらまし、「角」「廉」=肝要な部分という意味合いに照らして、ほぼ同義と言える」
と解釈し、三成は、
「景勝が物事の大まかな把握かつ核心的な部分にこだわる人だから、順序だてて丁寧に説明することが大事だ」
と記している、と見る。三成は、それを、
国のならひ、
つまり、
上杉家の家風、
とみている。「豊臣政権で取次を担ってきた三成ならでは」の見識とみることができる。
とすると、景勝は、無口ではあっても、
物の本質にこだわる、
気質だということになる。だからこそ、関ヶ原の合戦後、減封処分となった折、
「今度、会津を転じて米沢へ移る。武運の衰運今に於いては驚くべきに非ず」
と、兼続に言ったとされる言葉は、
「権力闘争に敗れたことを自覚していた」
ことを意味している。
この後、大坂冬の陣では、
鴫野(しぎの)、
に陣を張り、冬の陣最大の激戦、鴫野・今福の戦いでは、
「上杉景勝は『紺地ニ日之丸』の御旗を立てさせ、床机に腰掛けたまま明け方より晩まで、少しも動かなかったという。景勝本陣の周囲には、左備えに本庄重長、右備えに百騎衆・五十騎衆、後備えに兼続および嫡男平八郎景明が布陣していた。」
といい、朝から午後四時までにおよんだ戦いで、
「紺地日の丸と『昆』字の旗二本、浅黄の扇の馬印を押し立て、景勝は物具(武装)もせず青竹を杖にして床机に座し、左右に控えた兵たちは鑓を横たえひざまずき、前方見据えたまま、しずまりかえっていた」
と、丹羽長重が目撃している(常山紀談)。しかし、戦勝後、巡検に来た家康、秀忠に対し、
「陣所をきれいに清掃させた上で、『大将軍仕寄御巡見の古実(慣わし)』として総鉄炮を釣瓶撃ちに城へ放たせた。家康は感心し、鴫野合戦の功をねぎらった。景勝は『童の喧嘩みたいなもので、別に骨折りというほどのことはございません』と答えたという。」(武辺咄聞書)
このとき、景勝六十歳。同世代の戦国大名の多くはほぼ家督を譲っており、
戦国大名の当主は、徳川家康、伊達政宗、
くらいである。この言葉に、戦国を生き残った武将の矜持をみる。
参考文献;
今福匡『「東国の雄」上杉景勝―謙信の後継者、屈すれども滅びず』(角川新書)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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