2021年10月28日

千鳥足


「千鳥足」は、普通は、

左右の足の踏みどころを違えて歩く千鳥ような足つき、

に喩えて、

酒に酔った人の足取り、

の意で使う(広辞苑・デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)とあるが、

千鳥は、前三指のみなれば、両足を打ち交へて走り、歩みの乱るるものなれば云ふとぞ、

とあり(大言海)、

路を行くに、右へ片寄り、又、左へ片寄りて歩むこと。又、歩むに両脚を左右に打ちちがへて行くこと、

とある(仝上)。

千鳥.jpg


現に確かめた人は、

基本的にジグザグに歩くの……ですが、……ジグザグにも歩くし、ときどき左右の足を交差させても歩いています。特に、ゆっくり歩くときや方向を変えるときに交差しています、

とありhttps://blog.goo.ne.jp/fagus06/e/d978fc891dd2f9f928eb12167bd1e857

足を打ち交えて歩く、
意と、
歩み方がジグザグ、

の二つの意味があるようである(仝上)。『太平記』に、

この比(ころ)、殊に時を得たる者どもよと覚しき武士の、太き逞しき馬に千鳥足を踏ませ、(中略)五、六十騎が程、野遊びして帰りける、

とあるのは、注(兵藤裕己校注『太平記』)に、

千鳥のように足を交差させた乱れた足並み、

とあり、

足を打ち交えて歩く、

のを、馬の足並みの乱れ、と解釈している。

イカルチドリの足取り.jpg

(イカルチドリの足取り http://diastataxy.jpn.org/siraberu184_tidoriasi.htmlより)

あるいは、

敵五十騎ばかり、われ先に討たんと懸かりけるに、河村(弾正)、千鳥足を踏んで散々に戦ふ(太平記)、

とあるのは、注(兵藤裕己校注『太平記』)に、

千鳥のように細かく足を移動して、

とあるように、細かな足さばきを指すようである。この場合は、乱れというよりも、右に左に細かくかわしながら、と、ただ一人で(徒で)騎乗の多くの敵に対応していると見える。

千鳥掛け、

あるいは、

千鳥縢(かがり)、

という言葉があるが、

紐や糸を交互に斜めに交差させてかがる、

意である。その意味では、「じぐざぐ」よりは「足を打ち交える」の意ではないか、という気がする。もっとも、

しほがれの難波の浦のちとりあし蹈み違へたる路も恥づかし(「新撰六帖(1244頃)」)、

という使い方をみると、「踏み違へ」たのには、ジグザグ歩きもあり得る気がして、どちらとも定めがたい。

「千鳥足」には、もうひとつ、

馬の足並みがはらはらと千鳥の羽音のようであること、

の意がある(広辞苑)が、別に、

馬の足並みが千鳥の飛ぶ姿のようであること、

の意もあり(デジタル大辞泉)、ここでも、

馬の足並みが揃足よりはげしく千鳥の飛ぶ姿のようであること。また、その歩き方。一説に、その馬の足並みの音が千鳥の飛ぶ羽音に似ているところからという(五武器談)、

と(精選版日本国語大辞典)、

羽音、

飛ぶ姿、

の二説がある。しかし、必ず引かれる用例は、入洛する護良(もりよし)親王の行列の、

(護良親王は)侍十一人に諸口を押させ、千鳥足を踏ませて、小路を狭しと歩ませける、

という描写である(太平記)。注には、

馬を悠然と歩ませるさま、

とある(兵藤裕己校注『太平記』)。しかし、

馬の脚並みの、はらはらとして、千鳥の飛ぶ羽音の如くなるを云ふ(五武器談・大言海)、
と、
馬の脚並みの、ばらばらと、千鳥が飛ぶ羽音のように乱れる(岩波古語辞典)、

と、同じ羽音説でも、微妙に含意が異なる。用例が、どの辞書にも、『太平記』の上記を引くところを見ると、他にはあまり用例がないのかもしれない。ただ、護良親王が、馬をばたつかせているとは思えない描写なので、

馬を悠然と歩ませるさま、

の意が適しているとは思うが、しかし、それを、

千鳥足、

というには、千鳥の、

羽音、

の激しい足並み音なのか、

飛ぶ姿、

の群がりゆく姿なのか、いずれとも決めがたいが、

荒々しさ、

を喩えているのには変わりがないように思う。同じ『太平記』に、

千鳥足を踏ませ、

という同じフレーズが、あるときは堂々になり、別には乱れになる、という両義なのは、文脈もあるが、片や、

武士の野遊びの帰り、

片や、

護良親王の入洛の行軍、

との差なのかもしれない。荒々しい馬の脚並みが、片方では、乱れに見え、他方では、鼻息荒く堂々と乗りこなすさまに見える、というような。

千鳥 飛ぶ姿.jpg


その姿で、

ハクサンチドリ、

という、花の付き方が千鳥の飛ぶ姿に似ていることから名付けられた花がある。

ハクサンチドリ (2).jpg


これは明らかに飛ぶ姿に準えているのだが、護良親王のくだりの「千鳥足」は、あるいは、堂々と馬を御している、

人馬一体の姿、

を言っているのかもしれない。なお、歌舞伎の立回りに、

千鳥、

というのがあるが、これは、

主役に一人一人斬ってかかり、左右に代わる代わる入れ替わるもの、

とあり(江戸語大辞典)、「ジグザグ」ではなく「左右に打ち交(ちが)え」の意である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:45| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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