「むち」は、
鞭、
笞、
撻、
策、
等々と当てる(広辞苑)。
馬のむち、
の意もあるが、
罪人を打つむち、
の意もある(仝上)。
ブチとも云ふ、
とあり(大言海)、
打(うち)に通ず、
とある(仝上・日本語源広辞典)。或いは、
馬打(うまうち)の約、
ともある(大言海・言元梯)。
馬を打つところから、ウチの転(日本釈名・貞丈雑記)、
ウツの転(和語私臆鈔・国語の語根とその分類=大島正健)、
ムマウチの約(名語記)、
も同趣旨と思う。
ムヂ(和名抄)、
ブチ(新撰字鏡)、
などもあり、
ウブチ→ブチ→ムチと変化(山口佳紀・古代日本語文法の成立の研究)、
とする説もあるが、馬にしろ、罪人にしろ、
打つ、
ところから来たものと思われる。ところで、「むち」に当てる、
笞
は、「むち」ではなく、漢音の、
ち、
と訓むと、
律の五刑のうち、最も軽い刑、
を指す。
楚、
とも当て、
木の小枝で尻を打つ刑で、10から 50まで、10をもって1等に数え、5等級とした。明治初年の刑法典である『仮刑律』『新律綱領』においても正刑の一つとして採用された。しかし明治5 (1872) 年それに代り懲役刑が行われることとなった、
とある(ブリタニカ国際大百科事典)。五刑とは、
五罪、
ともいい、罪人に対する五つの刑罰で、
古代中国では墨(いれずみ)、劓(はなきり)、剕(あしきり)、宮(男子の去勢、女子の陰部の縫合)、大辟(くびきり)をさす。隋・唐の時代には、笞(ち むちで打つこと)、杖(じょう つえで打つこと)、徒(ず 懲役)、流(る 遠方へ追放すること)、死(死刑)の五つをいう。日本では、大宝・養老律以後この隋・唐の方式がとられ、近世まで行なわれていた、
とされる(精選版日本国語大辞典)。「笞」を、
しもと、
あるいは、
しもつ、
と訓むと、
(葼(しもと 木の若枝の細長く伸びたもの)を用いたところから)木の若枝でつくったむち、
の意となる(岩波古語辞典)。「しもと」が「笞」の意であるところから、
老いはてて雪の山をば戴けどしもと見るにぞ実は冷えにける(拾遺和歌集)、
との歌があり、「霜と」と「しもと(笞)」を懸けている。
「大隅守さくらじまの忠信が国にはべりける時、郡のつかさに頭の白き翁の侍りけるを召しかんがへむとし侍りにける時翁の詠み侍りける」とあり、それが上記の歌で、註に、「この歌により許され侍りにける」とある。似た歌が、宇治拾遺物語にあり、やはり罪人が、
としをへてかしらの雪はつもれどもしもとみるにぞ身はひえにけり、
と詠んで、「ゆるしけり」とある(中島悦次校注『宇治拾遺物語』)。
和名類聚抄(平安中期)に、
笞、之毛度、
とある。養老律令の獄令(ごくりょう)には、
笞杖、大頭三分、小頭二分、杖、削去節目、長三尺五寸、
とある(大言海)。さらに、「笞」を、
びんづらゆひたる童子のずはえ持ちたるが(宇治拾遺)、
と、
ずはえ、
あるいは、
すはい、
すはえ、
等々と訓ますと、やはり、
杖(じょう)、笞(むち)の類、
の意となる。これも、「すはゑ」が、
木の枝から真っ直ぐ伸びた若枝、
の意で、これを「むち」に使ったからかと思われる。
笞 ほそきすはゑ、
杖 ふときすはゑ、
とある(日本書紀)。
「しもと」は、
葼、
楉、
細枝、
と当てると、
枝の茂った若い木立、木の若枝の細長く伸びたもの、
をさし、
すはゑ(すわえ)、
ともいう。元来は、
小枝のない若い枝を言った、
とある(今昔物語注)。和名類聚抄(平安中期)には、
葼、之毛止、木細枝也、
字鏡(平安後期頃)には、
葼、志毛止、
とある(大言海)。これは、
茂木(しげもと)の略、本は木なり、真っ直ぐに叢生する木立の意(大言海・万葉考・雅言考・和訓栞)、
シモト(枝本)の義(柴門和語類集)、
数多く枝分かれした義のシマと枝の義のモトから(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
等々の説があるが、どうもしっくりしない。
小枝のない若い枝を言った
枝本、
を音読みした「シモト」ではないかと、憶測してみる。
「すはゑ」は、
平安初期の写本である興福寺本霊異記に「須波惠(すはゑ)」とあるから、古い仮名遣いは「すはゑ」と認められる、
とある(岩波古語辞典)。
楚、
楉、
杪、
條、
等々とも当てる(広辞苑・大言海)。字鏡(平安後期頃)、天治字鏡(平安中期)に、
須波江、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
楉、シモト、スハエ、
楚、スハヘ、
色葉字類抄(1177~81)に、
楉、楚、シモト、スハエ(楉は若木の合字)、
等々とある(大言海)。
木の枝や幹から細く長く伸びた若い小枝、
の意であり(広辞苑)、
しもと、
と同義となる。この由来は、
スクスクト-ハエタル(生)モノの意(大言海)、
スハエ(進生)の義(言元梯)、
スハエ(末枝)の意(日本釈名・玉勝間)、
直生の義(和訓栞)、
直生枝の急呼(箋注和名抄)、
スグスヱエ(直末枝)の義(日本語原学=林甕臣)、
等々あるが、どうもすっきりしない。
素生え、
なのではないか、と憶測してみた。
「笞」(チ)は、
会意兼形声。「竹+音符台(ためる、人工を加える)」
とあり(漢字源)、「笞杖」「笞刑」等々と使うが、竹で作った細い棒である。
「楚」(漢音ソ、呉音ショ)は、
会意兼形声。「木二つ+音符疋(一本ずつ離れた足)」。ばらばらに離れた柴や木の枝、
とあり(漢字源)、別に、
会意形声。複数の「木」+音符「疋」。「疋」は各々の足を表し、木の枝をばらばらにしたものを集めた柴、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A5%9A)。
形声文字です(林+疋)。「木が並び立つ」象形(「林」の意味)と「人の胴体の象形と立ち止まる足の象形」(「あし(人や動物のあし)」の意味)だが、ここでは「酢(ソ)」に通じ(同じ読みを持つ「酢」と同じ意味を持つようになって)、「刺激が強い」の意味)から、「群がって生えた刺激が強い、ばら」を意味する「楚」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2520.html)。「一本ずつばらばらになった柴」や「いばら」の意である。
(「楚」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2520.htmlより)
「策」(漢音サク、呉音シャク)は、
会意兼形声。朿(シ・セキ)は棘の出た枝を描いた象形文字。刺(さす)の原字。策は「竹+音符朿(シ とげ)」で、ぎざぎざと尖って刺激するむち。また竹札を重ねて端がぎざぎざとつかえる冊(短冊)のこと、
とある(漢字源)。「馬に策(むちう)つ」(論語)のように鞭打つ意である。また竹札から、文書の意も。別に、
会意、「竹」+「朿」で、朿とげが付いてる竹たけの「むち」が原義。むちで刺激することから派生して、「はかりごと」「計画」という意味に転化した、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%AD%96)、
形声文字です(竹+朿)。「竹」の象形と「とげ」の象形(「とげ」の意味だが、ここでは、「責」に通じ(同じ意味を持つようになって)、「せめる」の意味)から、馬を責める竹、すなわち、「むち」を意味する「策」という漢字が成り立ちました。また、「冊(サク)」に通じ、「文書」の意味も表すようになりました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji985.html)。
(「策」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji985.htmlより)
「鞭」(慣用ベン、漢音・呉音ヘン)は、
会意兼形声。「革(かわ)+音符便(平らで、ひらひらと波打つ)」、
とあり(漢字源)、まさに馬の「むち」の意である。別に、
会意兼形声文字です(革+便)。「頭から尾までを剥いだ獣の皮」の象形(「革」の意味)と「横から見た人の象形と台座の象形と右手の象形とボクッという音を表す擬声語(「台を重ねて圧力を加え平らにする」の意味)」(「人の都合の良いように変える」の意味)から牛や馬を人の都合の良いように変える革の「むち」を意味する「鞭」という漢字が成り立ちました、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji2783.html)。
(「鞭」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2783.htmlより)
「葼」(ソウ)は、
樹木の細長い小枝。しもと、
とあり、
葼(細枝)勝ち(しもとがち)、
は、
桃の木の若だちて、いとしもちがちにさし出でたる(枕草子)、
と、
若い小枝が多く茂っているさま、
をいう(デジタル大辞泉)。
「楉」(ジャク)は、
大木の奇霊なるもの(山海経)、
とあり(字源)、「楉榴(じゃくりゅう)」は、ざくろを意味するが(仝上)、木+若の国字とする説もある(色葉字類抄)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95