「短兵急」は、
乗勝軽進、反為所敗、賊追急、短兵接、光武自投高岸(御漢書)、
と、
刀剣を以て急に攻める、
意であり、「短兵」は、『史記』匈奴伝に、
長兵則弓矢、短兵則刀鋋、
とある(字源)ように、
刀剣の類、
を指す(仝上)。因みに、「鋋」は、
柄の短い小さな矛、
つまり、
手鉾(てぼこ)
とあり(https://kanji.jitenon.jp/kanjip/7662.html)、
薙刀に似た古代の武器。刃はやや内に反り、柄に麻糸を巻き、鉄の口金と木の石突きをつけたもの、
とある(デジタル大辞泉)。
しかし、わが国では、「短兵急」は、
息もつかせず急に急き立てる、
の意で使う(字源)、とある。しかし、
相従ふ兵僅に二十余騎に成しかば、敵三千余騎の真中に取籠て、短兵急に拉(とりひし)がんとす(太平記)、
小林民部丞、得たり賢しと勝(かつ)に乗って、短兵急に拉(とりひし)がんと、揉みに揉うで攻めける(仝上)、
等々をみると、
短兵(短い武器、刀剣)+急に(だしぬけに)、
と(日本語源広辞典)、原義に近く、
短兵を振るって敵に肉薄する(岩波古語辞典)、
いきなり敵に攻撃をしかける、だしぬけに行動を起こす(由来・語源辞典)、
意で使われていた、と見える。同じ意味で、
短兵直(ただ)ちに、
という言葉もあり、
さしも嶮しき山路を、短兵直ちに進んで、大敵の中に懸け入り、前後に当たり、左右激しける勇力に払われて(太平記)、
と、
息もつかせず攻め立てる、
意だが、ここではまだ「短兵」の持つ接近戦の含意がある。室町後期の注釈書「蒙求抄」にも、
短兵は、長具(ながぐ)を置いて、太刀打・腰刀の勝負ぞ。事の急ぞ、
とある(岩波古語辞典)。
そこから、戦いの場面が消えて、武器云々はなくなり、
事の急なこと、
つまり、
にわかに、
やにわに、
の意で使う(広辞苑)ようになる。江戸語大辞典には、
急に、にわか、
の意から、個人の振舞いにシフトして、
短兵急にやらうと云っても、些(ちつ)と六(むつ)かしいのう(文化七年(1810)「娘太平記操早引」)、
貴殿と某両人が、心を堅むる事を知らば敵心を赦さずして、たんぺいきうに若君を、殺害せんも計られず(浄瑠璃「伽羅先代萩(1785)」)、
等々と、
気早や、せっかち、
の意で使われ、今日の用例になっている。江戸時代になると、
勢いよく急に攻めるさま、
から、さらに、
突然ある行動を起こしたり、しかけたりするさま、だしぬけ、
の意味へと転じた、とある通りである(由来・語源辞典)。
(「太平記合戦之図」(芳虎) 兵庫津和田之岬にて彦七郎足利尊氏の軍舟を焼追討す 尊氏福源寺へにげ込あやうきをのがれる https://fukukaiji.com/taiheiki/より)
「短兵急」に似た言葉で、
「短兵急接」(たんぺいきゅうせつ)、
があり、略して、
短兵急、
ともいうらしい(https://yoji.jitenon.jp/yojii/4135.htm)が、これも、
いきなり近づいて、いきなり攻撃する、
という意味から、
他の人よりも先に物事を行う、
という意に転じたとある(仝上)。
なお、「にわかに」の意で使う「短兵急」と同義の言葉に、
やにわに、
抜き打ちに、
があるが、いずれも、
意志的な動作に限って用いられる、
とある(類語新辞典)。由来を辿ると、当然のことかもしれないが、今日それが薄れているので、こういう確認が必要となる。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)
大野晋・浜西正人『類語新辞典』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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