2021年11月21日

爪弾き


「爪弾き」は、

つまはじき、

と訓ますと、本来は、

風やまず、爪弾きして寝ぬ(土佐日記)、
(光源氏は)ありさまのたまひて、幼かりけりとあはめたまひて、かの人の心を爪弾きをしつつ恨みたまふ(源氏物語)、

と、

心にかなわぬことのある時、または嫌悪・排斥する時など、(人差し指または中指の)爪先を親指の腹にかけて弾く、

という、

自分の不満・嫌悪・排斥などの気持を表すしぐさ、

の意であったが、それが転じて、

……豈に天下の利にあらずやと、爪弾きをして申しければ(太平記)、

と、人を、

嫌悪・排斥して非難すること、

つまり、

指弾、

の意になる。

「爪弾き」は、もともと、あるいは、

散花や跡はあみだの爪はじき(俳諧「葛の松原(1692)」)、

とあるように、仏教でいう、

弾指(だんし・たんじ)、

という(本来は「たんじ」と訓む)、

曲げた人差し指を親指の腹で弾き、親指が中指の横腹に当たり、はじいて音を出す、

動作の、

他人の家や部屋に入る許諾の意味や、歓喜の合図、

などを表し、また場合によっては、

東司(手洗い)から出て手を洗うとき、不浄を見聞したときに、これを払い除く意味で行う、

ものからきたhttp://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E5%BC%BE%E6%8C%87とみられる。古く、

縁起の悪さを祓う仕草、

とされたhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%A4%E3%81%BE%E3%81%AF%E3%81%98%E3%81%8Dのも、その由来ゆえかもしれない。

「指弾」も、

曲げた指を急に伸ばして物をはじく、

意で、これも漢語で、仏教の影響かもしれないが、

度百千劫、猶猶如指弾(維摩経)、

と、

つまはじき、

の意で使い、転じて、

三過門前老病死、一指弾頃去来今(三たび門を過ぐる閒に老ひ病み死す、一たび指を弾く頃(あいだ)の去来今)(蘓武)、

と、

極めてわずかの時間、

に喩える(字源)、とある。

三度門を過ぎる間に、老い病み、そして死ぬ。一度指を弾くだけの短い間に、過去・未来・現在の三世がある、

と、注記(兵藤裕己校注『太平記』)される。

「百千劫」の「劫」が、

共忘千劫之蹉跎、並望一涯之貴福(「三教指帰(797頃)」)、

と、仏語で、

天人が方一由旬(四十里)の大石を薄衣で百年に一度払い、石は摩滅しても終わらない長い時間といい、また、方四十里の城にケシを満たして、百年に一度、一粒ずつとり去りケシはなくなっても終わらない、

ような、

きわめて長い時間、

を指したことに対して、「儚い」一生を言うのかもしれない(精選版日本国語大辞典)。

箏を奏でる.jpg

(箏を奏でる https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/24/2.htmlより)

さらに、「爪弾き」は、

つまひき、
あるいは、
つまびき、

と訓ますと、

と、

苦しとおぼしたる気色ながら、つまひきにいとよく合わせただ少し掻きならい給ふ(源氏物語)、

と、

指の爪で弦を弾くこと、

要は、

筝、又は、三味線などを、假甲(かけづめ)、撥(ばち)を用いずに、手の爪にて弾くこと、

になる(広辞苑・岩波古語辞典・大言海)。

三味線を爪弾く.jpg


つめひき、

ともいう(大言海)が、また、

つまひく、
あるいは
つまびく、

と訓ませ、

爪引く、

と当てると、

梓弓つまひく夜音(よと)の遠音(とほと)にも君が御幸(みゆき)を聞かくし好(よ)しも(万葉集)、

と、

弓弦(ゆずる)を指先で引く、

意となる(仝上)。

爪弾(つまびき)、

には、どうやら、上記の仏教の

弾指(だんし)、

の動作の、

許諾、歓喜、警告、入室の合図などを表す。また場合によっては排泄後などの不浄を払う、

意から、

後に爪弾(つまはじ)きといわれ、嫌悪や排斥の気持ちを表すことになった。この行為から(12000弾指で一昼夜というきわめて短い時間を表す)時間的概念が生まれ、主に禅宗などで行われる。元は密教の行法の一つだったが、縁起直し、魔除けの所作として僧以外の人々に広まった、

とする仏教の「弾指」由来とする説https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%BE%E6%8C%87と、

楽器の弦を弾く、

意から、擯斥(ひんせき)の意の、

屈したる指を急に爪にて弾く、

という動作に転じ、その言葉が、

指弾、

の意に転じた(字源)とする説がある。どちらとも断じ得ないが、後者としても、前者の翳があり、何処か、

厄払い、

の意味がある気がしてならない。

「爪」 漢字.gif


「爪」(漢音ソウ、呉音ショウ)は、

指事。つめの原字は蚤の上部であり、手の指先に「ヽ」印を二つつけて、つめのある所をしめしたもの。爪は手をふせて指先で物をつかむさまを示し、抓(ソウ つかむ)の原字。しかし普通には爪を「つめ」の意に用いる、

とある(漢字源)。しかし「象形」とする説が、

象形。上から下に向けた手の形にかたどり、物をつかむ、つかんで持ち上げる意を表す。「抓(サウ)」の原字、

とか(角川新字源)、

象形。下に向けた手の形から。元は「つかむ」のみの意で、「つめ」には「叉」に点を打った文字(「掻」の旁の上部)があったが、後代に「つめ」の意も含むようになった、

とかhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%88%AA

象形文字です。「手を上からかぶせて、下にある物をつまみ持つ」象形から、「つめ」を意味する「爪」という漢字が成り立ちました、

とかhttps://okjiten.jp/kanji296.html等々、多数派である。

「爪」 甲骨文字.png

(「爪」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%88%AAより)

「弾(彈)」(漢音タン、呉音ダン)は、

会意兼形声。單は、両耳のついた平らなうちわを描いた象形文字で、ぱたぱたとたたく、平面が上下に動くなどの意味を含む。彈は「弓+音符單」で、弓や琴の弦が上下に動くこと。転じて、張った紐や弦をはじいて上下に振動させる意、

とある(漢字源)。「弦をはじいて音を出す」意だが、「指弾」「弾劾」など、相手の悪事をはじき出す、意がある。

「弾」 漢字.gif

(「彈」 https://kakijun.jp/page/1250200.htmlより)

別に、

旧字は、形声。弓と、音符單(タン)とから成る。石つぶてなどを飛ばす弓、ひいて、「はじく」意を表す、

とか(角川新字源)、

会意兼形声文字です(弓+単(單))。「弓」の象形と「先端がY字形になっているはじき弓」の象形から「はじき弓」を意味する「弾」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1411.html

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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