「爪弾き」は、
つまはじき、
と訓ますと、本来は、
風やまず、爪弾きして寝ぬ(土佐日記)、
(光源氏は)ありさまのたまひて、幼かりけりとあはめたまひて、かの人の心を爪弾きをしつつ恨みたまふ(源氏物語)、
と、
心にかなわぬことのある時、または嫌悪・排斥する時など、(人差し指または中指の)爪先を親指の腹にかけて弾く、
という、
自分の不満・嫌悪・排斥などの気持を表すしぐさ、
の意であったが、それが転じて、
……豈に天下の利にあらずやと、爪弾きをして申しければ(太平記)、
と、人を、
嫌悪・排斥して非難すること、
つまり、
指弾、
の意になる。
「爪弾き」は、もともと、あるいは、
散花や跡はあみだの爪はじき(俳諧「葛の松原(1692)」)、
とあるように、仏教でいう、
弾指(だんし・たんじ)、
という(本来は「たんじ」と訓む)、
曲げた人差し指を親指の腹で弾き、親指が中指の横腹に当たり、はじいて音を出す、
動作の、
他人の家や部屋に入る許諾の意味や、歓喜の合図、
などを表し、また場合によっては、
東司(手洗い)から出て手を洗うとき、不浄を見聞したときに、これを払い除く意味で行う、
ものからきた(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E5%BC%BE%E6%8C%87)とみられる。古く、
縁起の悪さを祓う仕草、
とされた(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%A4%E3%81%BE%E3%81%AF%E3%81%98%E3%81%8D)のも、その由来ゆえかもしれない。
「指弾」も、
曲げた指を急に伸ばして物をはじく、
意で、これも漢語で、仏教の影響かもしれないが、
度百千劫、猶猶如指弾(維摩経)、
と、
つまはじき、
の意で使い、転じて、
三過門前老病死、一指弾頃去来今(三たび門を過ぐる閒に老ひ病み死す、一たび指を弾く頃(あいだ)の去来今)(蘓武)、
と、
極めてわずかの時間、
に喩える(字源)、とある。
三度門を過ぎる間に、老い病み、そして死ぬ。一度指を弾くだけの短い間に、過去・未来・現在の三世がある、
と、注記(兵藤裕己校注『太平記』)される。
「百千劫」の「劫」が、
共忘千劫之蹉跎、並望一涯之貴福(「三教指帰(797頃)」)、
と、仏語で、
天人が方一由旬(四十里)の大石を薄衣で百年に一度払い、石は摩滅しても終わらない長い時間といい、また、方四十里の城にケシを満たして、百年に一度、一粒ずつとり去りケシはなくなっても終わらない、
ような、
きわめて長い時間、
を指したことに対して、「儚い」一生を言うのかもしれない(精選版日本国語大辞典)。
さらに、「爪弾き」は、
つまひき、
あるいは、
つまびき、
と訓ますと、
と、
苦しとおぼしたる気色ながら、つまひきにいとよく合わせただ少し掻きならい給ふ(源氏物語)、
と、
指の爪で弦を弾くこと、
要は、
筝、又は、三味線などを、假甲(かけづめ)、撥(ばち)を用いずに、手の爪にて弾くこと、
になる(広辞苑・岩波古語辞典・大言海)。
つめひき、
ともいう(大言海)が、また、
つまひく、
あるいは
つまびく、
と訓ませ、
爪引く、
と当てると、
梓弓つまひく夜音(よと)の遠音(とほと)にも君が御幸(みゆき)を聞かくし好(よ)しも(万葉集)、
と、
弓弦(ゆずる)を指先で引く、
意となる(仝上)。
爪弾(つまびき)、
には、どうやら、上記の仏教の
弾指(だんし)、
の動作の、
許諾、歓喜、警告、入室の合図などを表す。また場合によっては排泄後などの不浄を払う、
意から、
後に爪弾(つまはじ)きといわれ、嫌悪や排斥の気持ちを表すことになった。この行為から(12000弾指で一昼夜というきわめて短い時間を表す)時間的概念が生まれ、主に禅宗などで行われる。元は密教の行法の一つだったが、縁起直し、魔除けの所作として僧以外の人々に広まった、
とする仏教の「弾指」由来とする説(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%BE%E6%8C%87)と、
楽器の弦を弾く、
意から、擯斥(ひんせき)の意の、
屈したる指を急に爪にて弾く、
という動作に転じ、その言葉が、
指弾、
の意に転じた(字源)とする説がある。どちらとも断じ得ないが、後者としても、前者の翳があり、何処か、
厄払い、
の意味がある気がしてならない。
「爪」(漢音ソウ、呉音ショウ)は、
指事。つめの原字は蚤の上部であり、手の指先に「ヽ」印を二つつけて、つめのある所をしめしたもの。爪は手をふせて指先で物をつかむさまを示し、抓(ソウ つかむ)の原字。しかし普通には爪を「つめ」の意に用いる、
とある(漢字源)。しかし「象形」とする説が、
象形。上から下に向けた手の形にかたどり、物をつかむ、つかんで持ち上げる意を表す。「抓(サウ)」の原字、
とか(角川新字源)、
象形。下に向けた手の形から。元は「つかむ」のみの意で、「つめ」には「叉」に点を打った文字(「掻」の旁の上部)があったが、後代に「つめ」の意も含むようになった、
とか(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%88%AA)、
象形文字です。「手を上からかぶせて、下にある物をつまみ持つ」象形から、「つめ」を意味する「爪」という漢字が成り立ちました、
とか(https://okjiten.jp/kanji296.html)等々、多数派である。
(「爪」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%88%AAより)
「弾(彈)」(漢音タン、呉音ダン)は、
会意兼形声。單は、両耳のついた平らなうちわを描いた象形文字で、ぱたぱたとたたく、平面が上下に動くなどの意味を含む。彈は「弓+音符單」で、弓や琴の弦が上下に動くこと。転じて、張った紐や弦をはじいて上下に振動させる意、
とある(漢字源)。「弦をはじいて音を出す」意だが、「指弾」「弾劾」など、相手の悪事をはじき出す、意がある。
別に、
旧字は、形声。弓と、音符單(タン)とから成る。石つぶてなどを飛ばす弓、ひいて、「はじく」意を表す、
とか(角川新字源)、
会意兼形声文字です(弓+単(單))。「弓」の象形と「先端がY字形になっているはじき弓」の象形から「はじき弓」を意味する「弾」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1411.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95