2021年11月23日

固唾を呑む


「固唾を呑む」は、

光寂房かたつを呑て、云やりたる事なし(「米沢本沙石集(1283)」)、
数万の見物衆は、戦場とも云わず走り寄り、堅唾(かたづ)を呑んでこれを見る(「太平記(14世紀末)」)、

などと、

事のなりゆきを案じなどして、息をこらすさま、

の意(広辞苑)で、「固唾」は、古くは、

かたつ、

と清音でもあった(仝上)が、

緊張して息をこらすときなどに口中にたまる唾、

の意である(仝上)。

「つばき(唾)」http://ppnetwork.seesaa.net/article/457938309.htmlは、前に触れたように、古くは、

御頸の璵(たま)を解きて口に含み、其の玉器に唾(つは)きをいれたまいひ(古事記)、



つはき(Tufaki)、

と清音で、新撰字鏡(898~901)には、

液、小児口所出汁也、豆波岐(つはき)、

とある。

院政期加点と目される『高僧伝長寛元年点』に、「唾手(ツワキハイテ)」の語形がみえるところから、ツハキ→ツワキの変化が指摘できる、

とあり、平安期(1086~1185年頃)に、

ツハキ→ツワキ、

と変化したとみられる(日本語源大辞典)。

また「つばき」は、

つば、

とも言うが、やはり古くは、

法雷を響(ののし)り、弁を吐(つは)き(地蔵十輪経)、

と、

つは、

で、室町時代に、

ツバキ・ツワキの形があらわれた、

とあり(岩波古語辞典)、日葡辞書(1603~04)には、

つわ、

とある(仝上)が、室町時代の『文明本節用集』(15世紀後半)には、

唾、ツワキ、

とあり、同じ室町でも末の『明応本節用集』(15世紀末)では、

唾、ツバキ、

となっている。ただ、類聚名義抄(11~12世紀)には、

唌、ツハキ、

とあるので、この間に濁音化したもののようである。ただ、

室町時代には、ツバキのほかに、ツハキ、ツワキ、ツ、ツハ、ツバ、ツワの語形が存する。このような状態は江戸時代まで続くが、次第にツバキがツバと共に優勢となる。なお、ツハキ→ツハケ、ツバキ→ツバケの変化も室町時代以降に生じたものの、一般化せず俗語の域にとどまっていた、

とある(日本語源大辞典)。そして、江戸時代に入って、

「キ」の脱落した形での使用が増え、「つば」が一般的な呼称となった、

ともある(語源由来辞典)。

しかし、「つば」「つばき」は、古くは、

梅の実の酸(す)き声を聞けば、口につ(唾)たまりうるほふなり(法華題目鈔)、

と、

つ(唾)、

であり、平安末期『色葉字類抄』に、

吒、ツ、口中液也、
咤、同、

とある(岩波古語辞典・大言海)。

この「つ」(唾)から、唾を吐く意の、

つはき(唾吐き)、

唾液を飲み込む意の、

つ(唾)を引く、

という言い方があった。で、「つばき」の語源を、

ツ(唾)+吐きの変化です。古語ツは、唾。ツバキとも。動詞のツハク(ツ+吐く)から、ク音脱落より、唾となった(日本語源広辞典)、
唾吐きの義(大言海・和句解・言元梯・名言通・菊池俗語考・日本古語大辞典=松岡静雄)、

とする説が出てくることになる。しかし、「つばき」が、

ツ(唾)吐く、

の略であって、

ツ(唾)吐く→(ツハク→ツワキ→ツバキ)→ツバ(唾)、

と、変化したことの意味は分かるが、古形「つ(つば)」の語源は明らかではない。

ツはイズ(出)の上略で、人体から出るものであるところから。ハキは吐の義(日本釈名)、

の、

「つ」が「イズ(出)」、

と言うのもあるが、和語が擬音語・擬態語が多いことから見ると、「つ」は擬態語なのかもしれない。臆説かもしれないが、擬態語に、

つー、

というのがある。

糸で引かれたように真直ぐに移動する様子、

を示すという(擬音語・擬態語辞典)。前述の『新撰字鏡』の、

液、小児口所出汁也、豆波木(つはき)、

という「つば」の説明から考えると、これではないか、と独り合点するのだが、もちろん憶説に過ぎない。

因みに、「唾」(慣用ダ、漢音呉音タ)の字は、

垂は「作物の穂の垂れた形+土」の会意文字。唾は「口+音符垂」で、口からだらりと垂れさがるつば、

の意とある(漢字源)。音符垂(スイ)→(タ)とも、また、「つばをはく」意、ともある(角川新字源)

「唾」 漢字.gif

(「唾」 https://kakijun.jp/page/da11200.htmlより)

別に、

会意兼形声文字です(口+垂)。「口」の象形と「草・木の花や葉の長く垂れ下がる象形と土地の神を祭る為に柱状に固めた土」の象形(「草・木がたれさがる」の意味)から、口から垂れる液、「つば」を意味する「唾」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2124.html

「唾」 成り立ち.gif

(「唾」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2124.htmlより)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:55| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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