「退屈(たいくつ)」は、いま、
散歩をして退屈をまぎらす、
というように、
することがなくて、時間をもてあますこと、
の意で使うことが多いが、もとは、文字通り、
退き屈する、
意で、宋史・李綱傳に、
創業中興之主、盡其在我而已、其成功歸之於天、今未嘗盡人事、敵至而先自退屈、而欲責功於天、其可乎、
とある(字源)。この「退屈」が、
起退屈心(地持論)、
とか、
仏心に退屈なし(反故集)、
とか、
修勝行時、有三退屈(唯識論)
とか、
亦退屈の心にて山林を出る時は、山林は悪しとおぼゆ(正法眼蔵随聞記)、
等々と、仏教で、
仏道修行の苦しさ、むずかしさに負け、精進しようとする気持ちをなくす、
意で使われて(広辞苑・字源・大言海)、そこから、
かやうに申せばまた御退屈や候はんずらめなれども(毎月抄)、
と、
嫌気がさすこと、だれること、
の意や、
いまだ行じてもみずして、かねて退屈する人は愚の中の愚なり(夢中問答)、
と、
うんざりして、やる気をなくすこと、
といった意で使われ、その状態を、
もてあますこと、
から、
倦怠、
の意の、
主殿の無力せられし折からに、長在京はさても退屈(正章千句)、
けだいといふはでうすの御ほうこうのためにみだりなるかなしひ、たいくつの事なり(「どちりなきりしたん(1600)」)、
と、
つまらない、所在ない、暇で倦みあきる、
意までは、繋がっていく(仝上)。因みに、
三退屈、
とは、
①悟りを求めるのは広大深遠であると聞いて起こす退屈、
②布施の万行はきわめて修し難いと聞いて起こす退屈、
③悟りの妙果は証し難いと聞いて起こす退屈、
とされ、これらを対治するのを、
三錬磨、
という、とある(https://www.hongwanji.or.jp/mioshie/words/001313.html)。
また、
海上の兵、陸地(くがち)の、思ひしよりもおびただしく、聞きしにもなほ過ぎたれば、官軍、御方を顧みて、退屈してぞ覚えける(太平記)、
と、
圧倒されること、戦意をなくすこと、
の意や、
されども、城の体(てい)少しも弱らねば、寄手の兵は、多分に退屈してぞ見えたりける(太平記)、
の、
くたびれ果てる、
という意や、
しかれども叶わぬ訴訟に退屈して、歎きながら徒(いたずら)に黙(もだ)しぬれば(仝上)、
の、
気力をなくす、
あるいは、
千度(ちたび)百度(ももたび)闘へども、御方(みかた)の軍勢の軍(いくさ)したる有様を見るに、叶ふべしとも覚えざりければにや、将軍(尊氏)、早くも退屈したる気色に見え給ひける処に(仝上)、
の、
気力が屈した様子、
という意は、
うんざりして、やる気をなくすこと、
という意の外延の中に入る、とみられる。
(「退屈」 https://kakijun.jp/page/0971200.htmlより)
「退」(タイ)は、
会意。もと「日+夂(とまりがちの足)+辶(足の動作)」で、足が止まって進まないことを示す。下へ下がって、低いところに落ち着く意を含む、
とあり(漢字源)、
進の対、
出の対、
になり、「退却」の「しりぞく」の意、「衰退」「退色」と、「褪せる」意でもある。類義は、「却」になる(漢字源)。
退は、進の反なり、又遜譲の義にも用ふ。退士は退きて隠れる士。退筆はかきさしたるちび筆なり。老子「功成名遂身退、天之道也」、
ともある(仝上)。別に、
会意。辵と、𣪘(き 艮は省略形。食物を盛る容器)とから成る。お供えの食物を引き下げる意を表す。転じて「しりぞく」意に用いる、
とも(角川新字源)、
(「退」 金文西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%80%80より)
会意文字です(彳+日+夊)。「十字路の左半分の象形」(「行く」の意味)と「食べ物」の象形と「下向きの足」の象形(「しりぞく」の意味)から、昔、役人が役所からしりぞいて家に帰り、食事をする事を意味し、そこから、「しりぞく(帰る)」を意味する「退」という漢字が成り立ちました、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji735.html)。
「屈」(漢音クツ、呉音クチ)は、
会意。「尸(しり)+出」で、からだをまげて尻を後ろにつき出すことを示す。尻をだせばからだ全体はくぼんで曲がることから、かがんで小さくなる、の意ともなる。出を音符と考える説もあるが、従い難い、
とある(漢字源)。しかし、
形声。意符尾(しっぽ。尸は省略形)と、音符出(シユツ)→(クツ)とから成る。短いしっぽ、転じて、くじく意を表す、
とか(角川新字源)、
会意文字です(尸(尾)+出)。「獣のしりが変形したもの」と「毛がはえている」象形と「くぼみの象形が変形したもの」から、くぼみに尾を入れるさまを表し、そこから、「かがむ」、「かがめる」を意味する「屈」という漢字が成り立ちました、
とする解釈もある(https://okjiten.jp/kanji1192.html)。
(「屈 金文・西周 」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B1%88より)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:退屈