「綺(いろ)ふ」は、
武蔵守が行事、よろづ短才庸愚の事ある間、暫く綺ひを止むる処なり(太平記)、
佐兵衛督を政道に綺はせ奉る事、あるべからず(仝上)、
と使われる場合、
関与すること、
関わること、
の意である。「いろふ(う)」は、
色ふ、
彩ふ、
艶ふ、
と当てると、
色が美しく映える、彩が多彩である、
あるいは、
飾る、文飾する、
意であり、
綺ふ、
弄ふ、
と当てると、
関与する、
干渉する、
という意となる(広辞苑・大言海)。ただ、前者の場合にも、
いかばかり思ひ置くとも見えざりし露にいろへる撫子の花(和泉式部集)
綺ふ、
と当てるとするものもある(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)が、類聚名義抄(11~12世紀)に、
綺、イロフ、
と、
艶、イロフ、ウルハシ、
と区別しているので、
「いろふ(う)」は、
綺ふ、
と当てたものと思われる。この「いろふ」は、
弄ふ、
と当てると、
かやうのもの(死人の入っている棺)をばいろはぬ事なりけりと逃げにけり(御伽草子・「むらまつ物語」)、
と、
手をふれる、
いじる、
意となる(岩波古語辞典)。これが訛って、
包は解くに及ぶまじいらうてみても五十両(浄瑠璃「冥途飛脚」)、
いらふ(う)、
ともなり、
いじる、もてあそぶ、
意だが、少し転じて、
あんまり深切が過ぎて、人をいらふ様な言ひ分(浄瑠璃「極彩色娘扇」)、
とからかう、おもちゃにする、
といった意になっていく。さらに、
船宿するによって、裏の離れをいらうたばかり(歌舞伎「桑名屋徳蔵入船物語」)、
と、
手を加える、手入れをする、修理する、
という意でも使われている(精選版日本国語大辞典)。ただ、
「いらふて」「いらうて」などは「イローテ」と読んだと思われるから、「いろう」と厳密には区別しにくい、
とある(仝上)ので、口語上は、「いろふ(う)」と「いらふ(う)」の区別はつけにくいようだ。
この「いろふ」の語源は、
入り追ふの約か、殊に入り込んで追う意、
しか見当たらない(仝上)。この含意は、
深入りする→踏み込む→関わる→いじる、
などといった意味の広がりになるのだろうか。
方言に多く残り、「いらう」は、
さわる、
いじる、
意である(愛知県三河・福井県若狭・近畿・中国・四国など)が、
大阪では「いらう」、
東京では「いじる」、
と使うようだ(精選版日本国語大辞典)。他に、
干渉する、
意で使う方言(熊本)もある(https://www.weblio.jp/content/%E3%81%84%E3%82%89%E3%81%86)。
飴っこいらうが?
の「いらふ」(下北弁)は、
要る、
の意で、他に、
借りる、
意で、
いらう、
を使う(山梨・静岡)場合があるが、
天下の百姓の貧乏しきに由りて、稲と資財とを貸(いらへ)よ(日本書紀)、
の、
いらす、
借りる、
意とつながるようである。
「綺」(キ)は、
会意兼形声。「糸+音符奇(まっすぐでない、変わった形)」、
とあり(漢字源)、「あや」「あやぎぬ」の意で、その意味では、「色ふ」に、「綺」を当ててもおかしくはない。別に、
会意兼形声文字です(糸+奇)。「より糸」の象形(「糸」の意味)と「両手両足を広げた人の象形と、口の象形と口の奥の象形(「かぎ型に曲がる」の意味)」(「普通ではない人、優れている人」の意味)から、「目をうばうような美しい模様を織りなした絹」を意味する「綺」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2359.html)。現存する中国最古の字書『説文解字(100年頃)』には、
綺、文繪(あやぎす)也、
とある(大言海)。
(「綺」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2359.html)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95