「いろ」に当てるものには、
色、
同母、
倚廬、
とがある。「倚廬」は、
諒闇(りょうあん)の期間、天子が籠る仮の屋、
の意(岩波古語辞典)、「諒闇」とは、
諒陰、
亮陰、
とも当て、
「諒」はまこと、「闇」は謹慎の意、「陰」はもだすと訓じ、沈黙を守る意で、天皇が、その父母の死にあたり喪に服する期間、
となり(デジタル大辞泉)、そのためにこもる臨時の仮屋「倚廬」は、
板敷を常の御殿よりもさげ、蘆の簾(すだれ)に布の帽額(もこう 御帳や御簾の懸けぎわを飾るために、上長押に沿って横に引き回す布帛)をかけ、御簾(みす)を敷く。調度品はすべて粗末な物を用いる、
とある(精選版日本国語大辞典)。
同母、
と当てる「いろ」は、
イラ(同母)の母音交替形(郎女(いらつめ)、郎子(いらつこ)のイラ)。母を同じくする(同腹である)ことを示す語。同母兄弟(いろせ)、同母弟(いろど)、同母姉妹(いろも)などと使う。崇神天皇の系統の人名に見えるイリビコ・イリビメのイリも、このイロと関係がある語であろう、
とある(岩波古語辞典)。この「いろ」が、
イロ(色)と同語源(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
色の語源は、血の繋がりがあることを表す「いろ」で、兄を意味する「いろせ」、姉を意味 する「いろね」などの「いろ」である。のちに、男女の交遊や女性の美しさを称える言葉となった。さらに、美しいものの一般的名称となり、その美しさが色鮮やかさとなって、色彩そのものを表すようになった(語源由来辞典)、
と、色彩の「色」とつながるとする説もある。
ここで取り上げるのは、
物に当たって反射した光線が、その波長の違いで、視覚によって区別されて感じとられるもの。波長の違い(色相)以外に、明るさ(明度)や色付きの強弱(彩度)によっても異なって感じられる。形などと共に、その物の特色を示す視覚的属性の一つ(精選版日本国語大辞典)、
つまり、
色彩、
の意の「色」である。「色」は、「いろ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/438454270.html)で触れたように、
色彩、顔色の意。転じて、美しい色彩、その対象となる異性、女の容色。それに引き付けられる性質の意から色情、その対象となる異性、遊女、情人。また色彩の意から、心のつや、趣き、様子、兆しの色に使う。別に「色(しき)」(形相の意)の翻訳語としての「いろ」の用例もみられる、
と(岩波古語辞典)、その用例は幅広い。だから、大言海は、「色彩」と「色情」を分けて項を立て、前者の語源は、
うるは(麗)しのウルの轉なるべし。うつくし、いつくし(厳美)、いちじるしい、いちじろし(著)、
と、「ウル」の転とし、天治字鏡(平安中期)に、
麗、美也、以呂布加志、
とあるとし、後者の語源は、
白粉(しろきもの)の色の義。夫人の化粧を色香(いろか)と云ふ。是なり、随って、色を好む、色を愛(め)づ、色に迷ふなどと云ひ、女色の意となる。この語意、平安朝に生じたりとおぼゆ、
とする(大言海)。意味の幅としては、
その物の持っている色彩
↓
物事の表面に現われて、人に何かを感じさせるもの(→顔色→表情→顔立ち→風情→趣)
↓
男女の情愛に関すること(恋愛の情趣→男女の関係→情人→色気→遊女→遊里)
といった広がりがある(精選版日本国語大辞典)が、やはり、大言海のように、
色彩、
と
色情、
とは語源を別にすると考えていいのかもしれない。
そのもとになった「色彩」の「色」の語源については、上述の、
同母(いろ)と同語原(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
うるわしの「うる」の転訛(大言海・日本語源広辞典)
以外に、
ウラ(心・裏)と同語源(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
目に入る意から、イル(入)の転(名言通)、
キラ(佳麗)の転(言元梯)、
イキウルホヒ(生気潤)の義(日本語原学=林甕臣)、
イツツニの下略。色は五色に限るということからか(和句解)、
イは妙発の霊気をいい、ロは含み集まる。その変化の気に随って染まった地気をイロ(気品)という(柴門和語類集)、
湿気は草木その他の自然物に潤沢の色を与えるところから、イロは、湿を含む義のウルフから生じたもの(国語の語根とその分類=大島正健)、
美しい色彩をいう「豔」yenの別音inの語尾をラ行に転じたもの(日本語原考=与謝野寛)、
等々などがあるが、
「ウル」の転訛、
が、もっとも自然に思える。
「色情」の「色」の語源説は、
白粉(しろきもの)の色の義(大言海)、
以外に、
漢語で女を色ということから(和訓栞)、
古代、貴族の家庭内において女の順序を示したイロネ・イロモに関連して出た語か(国文学=折口信夫)、
ウロと通う。ウルハシの語根(日本語源=賀茂百樹)、
男女の放恣な情交をいう「淫」inの語尾が省略されてラ行音が添ったもの(日本語原考=与謝野寛)、
等々あるが、
色香、
とつなげた大言海は、「色香」で、
白粉(シロキモノ)と油綿(アブラワタ)の香と、婦人の化粧、
としている。理窟的にはこの方が納得がいくが、少し間遠な感じは否めない。むしろ、
漢語の「色」は「論語‐子罕」の「吾未見好徳如好色者也」にあるように、「色彩」のほか「容色」「情欲」の意味でも用いられるところから、平安朝になって「いろ」が性的情趣の意味を持つようになるのは、漢語の影響と考えられる。恋愛の情趣としての「いろ」は、近世では肉体的な情事やその相手、遊女や遊里の意へと傾いていく、
とある(精選版日本国語大辞典)ので、「いろ」に、
色、
の漢字を当てたために、その漢字の含意によって、「性的意味」が加わったものと考えられる。
「色」(慣用ショク、漢音ソク、呉音シキ)は、「色ふ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484562978.html?1637957361)で触れたように、
象形文字。かがんだ女性と、かがんでその上に乗った男性とがからだをすりよせて性交するさまを描いたもの。セックスには容色が関係することから、顔や姿、彩などの意となる。また摺り寄せる意を含む、
とある(漢字源)。むしろ、漢字は、
色欲(「女色」「漁色」)
↓
顔かたちの様子、色(「失色」「喜色」)
↓
外に現われた形や様子(「秋色」)
↓
色彩(「五色」)
と、色彩は後から出できたらしく、
色とは、人と巴の組み合わせです。巴は、卩であり、節から来ているといいます。卩・節には、割符の意味があり、心模様が顔に出るので、心と顔を割符に譬えて色という字になったと聞きました。顔色という言葉は、ここからきています。また、巴は、人が腹ばいになって寝ている所を表しそこに別の人が重なる形だとも言われます。つまり、性行為を表す文字です。卩は、跪くことにも通じているようです。いずれにしろ、性行為のことです、
ともある(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1286809697)。上記の「中国語の影響」というのは、漢字の語源から来ているのがわかる。ただ、
音色、
といった音に使うのはわが国だけの用例のようである。
(「色」 簡帛文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%89%B2より)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95