莿、
刺、
と当てる「いら」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484621462.html?1638302620)で触れたように、それに由来する「苛」は、
形容詞、または、その語幹や派生語の上に付いて、角張ったさま、また、はなはだしいさま、
を表わし、
いらくさし、
いらひどい、
いらたか、
等々とつかわれ(精選版日本国語大辞典)、
イラカ(甍)・イラチ・イラナシ・イララゲ(苛)などの語幹、
とあった(岩波古語辞典)。つまり、「甍」の「いら」も、
苛処(いらか)の意(広辞苑・大言海)、
イラ(刺)が語根(岩波古語辞典)、
とみられる。従来は、
その葺いた様子が鱗(うろこ)に似ているから、イロコ(鱗 ウロコの古名)の転(和語私臆鈔・俗語考・名言通・和訓栞・柴門和語類集・日本古語大辞典=松岡静雄・国語の語根とその分類=大島正健)、
と、
語源については、その形態上の類似から、古来「鱗(いろこ)」との関係で説明されることが多かった、
が(日本語源大辞典)、
高く尖りたる意と云ふ、棟と同義、鱗(イロコ)の転など云へど、上古、瓦と云ふものあらず、
というように(大言海)、
上代においては「甍(いらか)」が必ずしも瓦屋根のみをさすとは限らなかったことを考慮すると、古代の屋根の材質という点で、むしろ植物性の「刺(いら)」に同源関係を求めた方がよいのではないかとも考えられる、
とされる(日本語源大辞典)。和名類聚抄(平安中期)に、
屋背曰甍、伊良賀(いらか)、
とあり、践祚大嘗祭式、大嘗宮正殿に、
甍置、堅魚木八枚、
とある。因みに、「堅魚木(かつおぎ)」は、
勝男木、
とも書く。形が鰹節に似るためこの名がある。
神社の本殿屋上棟木に直角の方向に並べられる木。実用的意味よりも荘厳を添えるためのもの。大嘗宮で8本、住吉造で5本、神明造で10本、大社造で3本、春日造では細く黒塗りなどである、
とある(百科事典マイペディア)。
(浅間大社本殿屋根の上にある水平方向の棒が鰹木、両端で交叉しているのが千木 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E6%9C%A8%E3%83%BB%E9%B0%B9%E6%9C%A8)
「いらか」は、瓦と間違えられることが多いが、本来は、
海神(わたつみ)の殿のいらかに飛び翔けるすがるのごとき(万葉集)、
と、
屋根の背、
つまり、
家の上棟(うはむね)、
の意である(岩波古語辞典・広辞苑・大言海)。それが、
扉は風に倒れて落葉の下に朽ち、甍は雨露にをかされて仏壇さらにあらはなり(平家物語)、
銀(しろがね)の築地をつきて、金(こがね)のいらかをならべ、門をたて(御伽草子「浦嶋太郎(室町末)」)、
と、
屋根の棟瓦、
あるいは、
瓦葺きの屋根、
の意となり(広辞苑・岩波古語辞典)、唱歌・鯉のぼりの、
甍(イラカ)の波と雲の波、重なる波の中空を、
では、正に瓦屋根を指している。さらに、
いま誤りて、切妻屋根の棟の、端以下、桁、梁以上の称(大言海)、
つまり、
切妻屋根の下の、三角形になった壁の部分(日本建築辞彙)、
としても使われる(広辞苑)。
「甍」(慣用ボウ、漢音モウ、呉音ミョウ)は、
会意兼形声。甍の瓦を除いた部分はかくす、かくれるの意を含む。甍はそれを音符とし、瓦を加えた字で、屋根の下地を覆い隠す瓦のこと、
とある(漢字源)。
朝猿響甍棟(劉孝綽)、
と、「甍棟(ボウトウ)」と使う。やはり、「棟」の意である。
発見されている世界で最も古い瓦は中国の陳西省西安の近郊から出土したもので、薄手の平瓦である。中国では夏王朝の時代に陶製の瓦が作られていたという記録がある、
と(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%93%A6)、中国では、古くから瓦が使われている。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95