2021年12月07日

北ぐ


「北(に)ぐ」は、

北(に)げる、

だが、「北」を当てる時は、

越の兵、勝(かつ)に乗って、北(に)ぐるを追ふこと十余里(太平記)、

と、

敗北する、
敗走する、
後退する、

意で用いる(広辞苑)。これは、「北」(ホク)の字が、

会意。左と右の両人が、背を向けて背いたさまを示すもので、背を向けてそむくの意。また、背を向けて逃げる、背を向ける寒い方角(北)などの意を含む、

とあり(漢字源)、その意味で、方角の「北」は、

寒くていつも背を向ける方角、

の意で、

侯鴈北(侯鴈北す)、

と(呂覧)、

北の方へ行く、

意もあるし、

三戦三北、而亡地五百里(三タビ戦ヒ三タビ北ゲテ、地を亡フコト五百里)、

と(史記)、

敵に背を向けて逃げる、

意がある(漢字源)。

北は後ろを見せる義、

とある(字源)ので、

相手に背を向ける、

つまり、

背(そむ)く、

意もある(漢字源)。「にぐ(にげる)」は、普通、

逃(迯)ぐ(げる)、

と当てる。「迯」は、

俗字、

だが(字源)、

逃の草書の誤用、

とある(大言海)。色葉字類抄(1177~81)に、

迯、ニグ、逃、ニク、亡、ニク、北、ニク、

とある。「にぐ」は、

のがると通ず(大言海)、
ノガルはニグ(逃)の母音交替形(岩波古語辞典)、
ニゲル、ノガレル、ノガス、ヌケル、ヌグ、ヌゲルは同源(日本語源広辞典)、

とあり、「のがる」とつながっており、「にぐ(げる)」を、

退離(のきか)るの義、退くと通ず(大言海)、
ノキケムの反(名語記)、
ノキクアル(退来有)の義(名言通)、
ノカル(退)の義(言元梯)、
ノキサクル(退避)の義(日本語原学=林甕臣)、

と、「のく(退)」と絡める説は多い。また、「のがる」も、

退離(のきか)るの義、退くと通ず(大言海)、
ノキカル(退避)の義(言元梯・日本語原学=林甕臣)、
ノキアル(退有)の義(名言通)、
ノク(退)から出た語(国語の語根とその分類=大島正健)、

と、やはり「のく(退)」と絡める説が大勢である。たしかに、「のく(退)」の語源も、

ノガルの約(名語記)、
「ノ(退)+ク」、場所をあけてほかへ移る(日本語源広辞典)、
ノコル(残)と同根。現在自分の居る所や、居る予定の所から引き下がって、他の人にその所を譲る意。類義語ソク(退)はソ(背)と同根、相手に背を向けて遠くへ離れる意(岩波古語辞典)、

とあり、

のく→のぐ→のがれる、

と転訛したことは想定できる。ただ、「のく」は、

(悔しさを)つつみもあへず、物ぐるはしき気色も(相手に)聞こえつべければ(自分から)のきぬ(源氏物語)、

と、

現在地から引き下がる、

意で、「逃げる」の、

背を向けて行く、

意とは、少し含意がずれる気はするが、

人目ばかりに矢一つ射て退かんとこそ思ひけるに(平家物語)、

と、

退却の意はある。だが、僕には、「退く」には、

しりぞ(退)く、

という、

後(シリ)ソキ(退)の意、後方へすさる、

と、

後ずさりする、

含意が強く感じられてならない。確かに、

後(しりへ)へ退く、

と(大言海)考えれば、同義ではあるのだが。

「逃」 漢字.gif

(「逃」 https://kakijun.jp/page/0972200.htmlより)

「逃」(漢音トウ、呉音ドウ)は、

会意兼形声。兆(チョウ)は、骨を焼いて占うときに、左右に離れた罅が生じたさま。逃は「辶(足の動作)+音符兆」で、右と左に離されること、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(辶(辵)+兆)。「立ち止まる足・十字路の象形」(「行く」の意味)と「占いの時に亀の甲羅に現れる割れ目」の象形(「はじき割れる」の意味)から、「別れ去る」、「にげる」を意味する「逃」という漢字が成り立ちました、

との解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji1134.html

「逃」 成り立ち.gif

(「逃」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1134.htmlより)

「北」の字源には、

象形。たがいに背を向け合っているふたりのさまにかたどり、そむく意を表す。「背(ハイ)」の原字。ひいて、太陽がある南を向いたときに、背の向く方角、「きた」の意に用いる(角川新字源)、

「北」 漢字.gif

(「北」 https://kakijun.jp/page/0524200.htmlより)

象形。人がふたり背を向け合った形(背の原字、cf.乖)から。転じて、太陽の方角である南方に面(南面)した場合に背が向く方向を意味する、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8C%97ある。

「北」 甲骨文字・殷.png

(「北」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8C%97より)

「逃」と「北」の差異は、

逃は、たちのく、にげる、遁逃と用ふ。史記「伯夷曰、父命也、遂逃去」、
北は、うしろをみせる義、史記「三戦三北」、

とある(字源)。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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