木村礎『村の生活史―史料が語るふつうの人びと』読む。
本書は、
生活史、
を、「村」に限定して、
近世、
近現代、
を取り上げている。というか、
生活史、
とはこういうものだと、「生活史」のモデルを示した、
生活史の教科書、
といった趣である。全体に三章で構成され、第一章は、歴史学の中でも、
天下国家の歴史学、
とは別の、
日常生活の歴史学、
である「生活史」の、
対象と方法、
を整理し、第二章では、具体的な、
生活史像、
を、
村のはじまり、
村のおきて、
村と坪、
勘次一家の食・住・衣、
村人の金ぐり、
鈴木はつ女の一代記、
村医者のカルテ、
悪いやつら、
村の強盗、
ある老人の逮捕と客死、
という十の事例で提示している。第三章は、過去の生活史研究の、
研究史、
になっている。この構成を見ても、
生活史の教科書、
といった意味が納得できるはずである。
生活史、
とは、
ごくふつうの人々の日常生活を中心に据え、それをさまざまな社会関係との関連において研究する歴史学、
と、著者は定義している。そして生活史の基本は、
衣食住等の日常性と社会関係、
にある、とする。つまり、それは、
その過去を時間的に特定できない、
と同時に、現実の人間生活の実像とかけ離れた、牧歌的な常民像を描く、
民俗学、
とも、また、
無方法、「外的」「好事家的」、
でしかない、
風俗史、
とも異なり、
日常生活上の目に見える事物と、目には見えないが確実に存在するさまざまな社会関係(村や家族、さらには国家等々)の双方を描こうと志す歴史学、
である、とする。言ってみれば、
牧歌的な「遠野物語」の背景には、年貢を取り立てる藩権力があり、もし年貢の未進者となれば、『近世農民生活史』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484021704.html)で触れたように、
「皆済まで庄屋またはそれに代るべき者を人質として抑留するという所もあり、小倉藩では手永手代(大庄屋管轄区域)手代(代官配下)が出張して取り調べ、未進者が数日の延期を願い出て方頭(ほうず 組頭)以下組合(五人組)の者が保証すれば帰宅を許し、さもなければ手錠をかけて庄屋役宅に監禁する。その間に親類組合仲間にて融通がつけば放免されるが、永年未進が続けばそれを償却することは不可能になり、ついに本人が逃走すなわち欠落するようになる。」
あるいは、年貢を未進した場合には、籠舎されるのが普通であったが、
「金沢藩ではまず手鎖をかけて取り逃がさないようにして、のちに禁牢の処分をしている。熊本藩では在中の会所に堀を掘って水をたたえ、中央に柱を立て、未進百姓をそれに縛りつけて苛責した。」
とまである。当人が欠落すれば、その咎が残された組の者、庄屋にも及ぶことになるのである。
「普通の生活」を描くというのは、それが、こうした国家の機構、社会制度を背景として成り立っている、という当たり前のことを前提に、重層的に描かなければ、一面的に過ぎるということだ。その意味で、第二章で描かれる、
さまざまな生活史像、
の中に、
幕府役人による弾圧、
や、
幕府出先役人である関東取締出役の悪業、
も、直接間接に農民の生活を左右することをまざまざと思い知らせてくれる。
なお、幕藩体制下の農民、ないし農村社会のありようについては、
藤野保『新訂幕藩体制史の研究』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/470099727.html)、
渡邊忠司『近世社会と百姓成立』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/464612794.html)、
菊池勇夫『近世の飢饉』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/462848761.html)、
深谷克己『百姓一揆の歴史的構造』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/474047471.html)、
水林彪『封建制の再編と日本的社会の確立』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/467085403.html)、
速水融『江戸の農民生活史』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/482114881.html?1624300693)、
山本光正『幕末農民生活誌』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/482424187.html)、
成松佐恵子『名主文書にみる江戸時代の農村の暮らし』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/482868152.html?1628622396)、
児玉幸多『近世農民生活史』(吉川弘文館)(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484021704.html)、
でそれぞれ触れた。
参考文献;
木村礎『村の生活史―史料が語るふつうの人びと』(雄山閣出版)
児玉幸多『近世農民生活史』(吉川弘文館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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