敵御方の時の声、……四方三百里に響き渡って、天維も忽ち落ち、坤軸も砕けて傾(かたぶ)くかとぞ聞こえける(太平記)、
とある、
天維(てんい)、
は、
天を支える綱、
坤軸(こんじく)、
は、
地軸、
の意である(兵藤裕己校注『太平記』)。
「維」は綱の意、
とあり(広辞苑)、
天綱、
ともいう(字源)。
天が落ちないように支えているとされる綱、
とされる(広辞苑)。
天を支えるおおもと、
ともある(仝上・字源)。漢代の『淮南子(えなんじ)』に、
天維建元、常以寅始、
とあり(字源)、『後漢書』延篤傳に、
不知天之為蓋、地之為輿、
と、
天蓋、
という言葉があり、
天を覆う蓋を支えている、
と見なしたものではないか、と推測する。
坤軸、
は、
矢叫びの声、時の音(こえ)、暫くも止む時なければ、大山崩れて、海に入り、坤軸折れて地に流るらんとぞ覚えし(太平記)、
と、
大地の中心を貫いて大地を支えていると想像される軸、
で(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
地の中心、
とある(字源)。杜甫の詩に、
殺気南行動坤軸
とある(仝上)。
天地、
の意では、
剣戟、刃を合はする響き、姓名を揚げて檄(げき)する声、乾坤に達す(太平記)、
と、
乾坤、
という言葉がある。「乾坤」は、
易の卦の名、
であり、
乾は、天、男の義と成し、坤は、地、女の義と成す、
とある(大言海)。『易経』周易説卦伝に、
乾天也、故称乎父、坤地也、故称乎母、
とある。さらに、同周易繋辞上傳に、
天尊地卑、乾坤定矣、
ともある。
礒山嵐・奥津浪、互に響を参へて、天維坤軸もろともに、斷へ砕ぬとぞ聞へける。竜神是にや驚き給けん。節長(ふしたけ)五百丈ばかりなる鮫大魚(こうたいぎょ)と云ふ魚に変じて、浪の上にぞ浮出たる。頭は師子の如くにして、遥なる天に延び上がり、背は竜蛇の如くにして、万頃(ばんけい)の浪に横れり(太平記)。
にある、
鮫大魚(こうたいぎょ)、
は、
高大魚(こうだいぎょ)、
鮫大魚(こうだいぎょ)、
とも呼ばれ、『史記』秦始皇本紀・始皇37年(紀元前210年)に、始皇帝は船に乗ってみずから連弩を持ち、之罘(シフ 山東省の半島名)で大魚を発見して射殺した、との記述がある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%AE%AB%E9%AD%9A)。
「天知る」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484881068.html?1639944897)で触れたように、
「天」(テン)は、
指事。大の字に立った人間の頭の上部の高く平らな部分を一印で示したもの。もと、巓(テン 頂)と同じ。頭上高く広がる大空もテンという。高く平らに広がる意を含む、
とある(漢字源)。指事文字は、形で表すことが難しい物事を点画の組み合わせによって作られた文字である(https://kanjitisiki.com/info/006-02.html)。
「維」(漢音イ、呉音ユイ)は、
会意兼形声。隹(スイ)は、ずんぐりと重みのかかった鳥。維は「糸(つな)+音符隹」で、下方に垂れて押さえ引っ張る綱、
とある(漢字源)が、
形声。糸と、音符隹(スイ)→(ヰ)とから成る。物をつり下げるつな、ひいて「つなぐ」意を表す。借りて、助字に用いる、
と、形声文字(意味を表す文字(漢字)と音(読み)を表す文字(漢字)を組み合わせてできた漢字)とする説も(角川新字源)、
(「維」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1128.htmlより)
会意兼形声文字です(糸+隹)。「より糸」の象形と「尾の短いずんぐりした小鳥と木の棒を手にした象形(のちに省略)」(「一定の道筋に従う」の意味)から、「一定の道筋につなぎ止める」、「つなぐ」、「しばる」を意味する
「維」という漢字が成り立ちました、
と解説する説(https://okjiten.jp/kanji1128.html)もある。因みに、会意文字は、既存の複数の漢字を組み合わせて作られた文字(https://kanjitisiki.com/info/006-03.html)、会意兼形声文字は、
会意文字と形声文字の特徴を併せ持つもの。六書にはない造字法であるが、従来形声文字と分類されていたものが、その音を表す文字も類縁の文字を選んでいるという事実から造字法として区分するようになっている、
とある(https://www.weblio.jp/content/%E4%BC%9A%E6%84%8F%E5%85%BC%E5%BD%A2%E5%A3%B0%E6%96%87%E5%AD%97)。
「坤」(こん)は、
会意。「土+申」で、上に伸びないで逆に土の中に引込むこと、
とある(漢字源)。
「軸」(漢音チク、呉音ジク)は、
会意兼形声。「車+音符由(中から抜け出る)」で、車輪の中心の穴を通して外へ抜け出ている心棒、
とある(漢字源)が、別に、
形声。車と、音符由(イウ)→(チク)とから成る。二つの車輪をつなぐ心棒の意を表す、
とも(角川新字源)、
(「軸」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1305.htmlより)
会意兼形声文字です(車+由)。「車」の象形と「底の深い酒ツボ」の象形(「よる(もとづく)」の意味)から、回転する車のよりどころとなる部分「じく」を意味する「軸」という漢字が成り立ちました、
と解釈するもの(https://okjiten.jp/kanji1305.html)もある。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
高田真治・後藤基巳訳『易経』(岩波文庫)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95