「野干(やかん)」は、
射干、
とも当て(広辞苑)、日本では、
女、……成野干……随夫語而來寐、故名為也(霊異記)、
とあるように、狐の正体がばれたときに夫から、
「来つ寝」(きつね)、
と言われたため、
岐都禰(キツネ)、
という名になったとする説話があり、
汝、前世に野干の身を受けて(今昔物語)
などと、
狐の異称、
とされ、和名類聚抄(平安中期)に、
狐、木豆禰、獣名、射干……、野干、
とある。ただ、中国では、史記・司馬相如伝、子虚賦「射干」註に、
漢書音義曰、射干似狐能縁木、
とあり(大言海)、
狐に似て小さく、能く木に登り、色、靑黄色にして、尾、大なり。狗の如く、羣行し、夜鳴き、聲、狼の如しと云ふ、
野獣の名とされる(広辞苑・大言海)。元々、
漢訳仏典に登場する野獣、
で、
射干(じゃかん、しゃかん、やかん)、
豻(がん、かん)、
野犴(やかん 犴は野生の犬のような類の動物、キツネやジャッカルなども宛てられる)、
とも表記され、狡猾な獣として描かれる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E5%B9%B2)とあり、日本の密教においては、
閻魔天の眷属の女鬼・荼枳尼(だきに)が野干の化身、
とされ、平安時代以後、
野干=狐にまたがる姿の荼枳尼天、
となる(仝上)、ともある。
唐の『本草拾遺』に、
仏経に野干あり。これは悪獣にして、青黄色で狗(いぬ)に似て、人を食らい、よく木に登る、
宋の『翻訳名義集』に、
狐に似て、より形は小さく、群行・夜鳴すること狼の如し、
明末の『正字通』に、
豻、胡犬なり。狐に似て黒く、よく虎豹を食らい、猟人これを恐れる、
等々とある(仝上)。中国には生息していなかったため、
狐、貂(てん)、豺(ドール)、
との混同がみられる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E5%B9%B2)ようだ。
元来は、梵語の
シュリガーラ(śṛgāla)、
を漢訳する際に、
野干、
と表記されたもので、他に、
悉伽羅、
射干、
夜干、
とも音訳された(仝上)、とある。明治43年(1910)、南方熊楠が、
漢訳仏典の野干は梵語「スルガーラ」(英語「ジャッカル」・アラビア語「シャガール」)の音写である、
旨を、『東京人類学雑誌』に発表した(仝上)。熊楠は、こう書いている。
わが邦で従来野干を狐の事と心得た人が多いが、予が『東京人類学会雑誌』に述べたごとく全く狐と別で英語でいわゆるジャッカルを指す、梵名スリガーラまたジャムブカ、アラブ名シャガール、ヘブライ名シュアルこれらより転訛して射干また野干と音訳されただろう(十二支考)、
そして、既に、
『松屋筆記』に「『曾我物語』など狐を野干とする事多し、されど狐より小さきものの由『法華経疏』に見ゆ、字も野豻と書くべきを省きて野干と書けるなり云々、『大和本草』国俗狐を射干とす、『本草』狐の別名この称なし、しかれば二物異なるなり」といい、『和漢三才図会』にも〈『和名抄』に狐は木豆弥射干なり、関中呼んで野干と為す語は訛なり、けだし野干は別獣なり〉と記す、豻の音岸また忓、『礼記』玉藻篇に君子々々虎豹蛟竜銅鉄を食う猟人またこれを畏るとある、インドにドールとて群を成して虎を困(くる)しむる野犬あり縞狼(ヒエナ)の歯は甚だ硬いと聞く、それらをジャッカル稀に角ある事実と混じてかかる談が生じただろう、西北インドの俗信にジャッカル額に角あるはその力で隠形の術を行うこれを截り取りてその上の毛を剃って置くとまた生えると(1883年『パンジャブ・ノーツ・エンド・キーリス』)。(中略)とにかく周の頃すでに豻てふ野犬が支那にあったところへジャッカル稀に一角ある事などをインド等より伝え、名も似て居るのでジャッカルを射豻また野干と訳したらしい(仝上)、
と(仝上)。「豻」(カン・ガン)は、
胡地(中国の北方)の野狗。又狐に似て喙の黒き野犬、
とある(字源)。
(南方熊楠 『十二支考』にある「ジャッカル(野干)」の画 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E5%B9%B2より)
そしてジャッカルについて、
この野干は狼と狐の間にあるようなもので、性質すこぶる黠(ずる)く常に群を成し小獣を榛(シン やぶ)中に取り囲み逃路に番兵を配りその王叫び指揮して一同榛に入り駆け出し伏兵に捕えしむ、また獲物ある時これを藪中に匿しさもなき体で藪外を巡り己より強きもの来らざるを確かめて後初めて食う、もし人来るを見れば椰子殻などを銜えて疾走し去る、人これを見て野干既に獲物を将(も)ち去ったと惟い退いた後、ゆっくり隠し置いた物を取り出し食うなど狡智百出す、故に仏教またアラビア譚等多くその詐(いつわり)多きを述べ、『聖書』に狐の奸猾を言えるも実は野干だろうと言う、したがって支那日本に行わるる狐の譚中には野干の伝説を多分雑え入れた事と想う、
とも(仝上)。
「野(埜)」(漢音呉音ヤ、漢音ショ、呉音ジョ)は、
会意兼形声。予(ヨ)は、□印の物を横に引きずらしたさまを示し、のびる意を含む。野は「里+音符予」で、横にのびた広い田畑、野原のこと、
とある(漢字源)。
ただ、
会意形声。「里」+音符「予」(だんだん広がるの意を有する)(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%87%8E)、
と、
形声。里と、音符予(ヨ)→(ヤ)とから成る。郊外の村里、のはらの意を表す(角川新字源)、
とを合わせてやっとわかる解説のように思える。別に、「野」と「埜」を区別し、「野」は、
会意兼形声文字です(里+予)。「区画された耕地の象形と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(耕地・土地の神を祭る為の場所のある「里」の意味)と機織りの横糸を自由に走らせ通す道具の象形(「のびやか」の意味)から広くてのびやか里を意味し、そこから、「郊外」、「の」を意味する「野」という漢字が成り立ちました、
とし、「埜」は、
会意文字です(林+土)。「大地を覆う木」の象形と「土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(「土」の意味)から「の」を意味する「埜」という漢字が成り立ちました、
と解釈するものがある(https://okjiten.jp/kanji115.html)。
(「野(埜)」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji115.htmlより)
「干」(カン)は、
象形。二股の棒をえがいたもの。これで人を突く武器にも、身を守る武具にも用いる。また突き進むのはおかすことであり、身を守るのは盾である。干は、幹(太い棒、みき)、竿(カン 竹の棒)、杆(カン てこ)、桿(カン 木の棒)の原字。乾(ほす、かわく)に当てるのは、仮借である、
とある(漢字源)。別に、
象形。二股に分かれた棒で、攻撃にも防御にも用いる。干を持って突き進みおかす。「幹」「竿」「杆」「桿」の原字。「幹」の意から、「十干」や「肝」の意を生じた。「乾」の意は仮借であり、「旱」「旰」は、それを受けた形声文字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B9%B2)、
象形。先にかざりを付けた盾(たて)の形にかたどる。ひいて、「ふせぐ」「おかす」意を表す(角川新字源)、
などの解釈もある。
(「干」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B9%B2より)
「狐」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/433049053.html)については、
「狐と狸」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/469977053.html)、
「狐の嫁入り」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/469952031.html)、
でも触れた。
参考文献;
南方熊楠『南方熊楠作品集』(Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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