「狂骨」は、
きょうこつ、
と訓ませ、
「きょう」は「軽」の呉音、
とあり(精選版 日本国語大辞典)、
軽忽、
軽骨、
とも当て、この場合、
けいこつ、
とも訓み、
然し汝に感服したればとて今直に五重の塔の工事を汝に任するはと、軽忽(かるはずみ)なことを老衲(ろうのう)の独断(ひとりぎめ)で云ふ訳にもならねば、これだけは明瞭(はっきり)とことわつて置きまする(幸田露伴「五重塔」)
と、
かるはずみ、
と訓ませる場合もある。「狂骨」は、
軽忽
軽骨、
を、
きょうこつ、
と呼んだ時の当て字かと思われる。
「軽忽(けいこつ)」は、漢語である。
軽忽簡誣(漢書・孔光伝)、
と、
かろがろしくそそっかしい、
意である(字源)。で、
けいこつ、
と訓ませる、
軽忽、
は、漢語の意に近く、
軽んじ、ゆるがせにすること、
と(大言海)、
そそっかしい、
かるがるしい、
意で、
粗忽、
と同義になる(広辞苑)。しかし、
きょうこつ、
と訓ませ、
軽忽、
軽骨、
などと当てる場合は、漢語と同義で、
事極軽忽、上下側目云々(「小右記永延二年(988)」)、
キョウコツナコトヲイフ(「日葡辞書(1603~04)」)、
などと、
軽率、
そそっかしい、
意でも使うが、
公家の成敗を軽忽し(太平記)、
と、
軽視する、
軽蔑する、
意や、
此の人の体軽骨(キャウコツ)也。墓々敷(はかばかしく)日本の主とならじとて(「源平盛衰記(14C前)」)、
と、
人の様子や人柄が軽はずみで頼りにならないようにみえる、
意で使い、その軽率な状態表現を、
中中不足言ともあまり軽忽なほどに物語ぞ(「三体詩幻雲抄(1527)」)、
此かさたためと有ければ、なふきゃうこつや是程ふるあめにといへば(浄瑠璃「凱陣八島(1685頃)」)、
などと、
他人から見て軽はずみで不注意に見えると思われるような愚かなこと、とんでもないこと、笑止、
と、価値表現へとシフトして使う。さらに、それが過ぎると、
あら軽忽や児わ何を泣給ふぞ(幸若「満仲(室町末~近世初)」)、
と、
気の毒な、
という意にまで広がる(精選版日本国語大辞典)。
狂骨、
は、
若輩の興を勧むる舞にもあらず、また狂骨の言(ことば)を巧みにする戯(たわぶ)れにもあらず(太平記)、
と、
ばかばかしい、
意で使うとき当てたのではあるまいか。また、漢語「軽忽」の「忽」に、
軽骨、
狂骨、
と、「骨」を当てたのは、漢字「骨」に、
気骨、
硬骨漢、
というように、
人柄、
品格、
の意味で使うので、原義に適った当て字ではある。
「狂」(漢音キョウ、呉音ゴウ)は、
会意兼形声。王は二線の間に立つ大きな人を示す会意文字。または、末広がりの大きなおのの形を描いた象形文字。狂は「犬+音符王」で、おおげさにむやみに走り回る犬。ある枠を外れて広がる意を含む、
とある(漢字源)が、
形声。犬と、音符王(ワウ)→(クヰヤウ)とから成る。手に負えないあれ犬の意を表す。転じて「くるう」意に用いる(角川新字源)、
形声文字です(犭(犬)+王)。「耳を立てた犬」の象形と「支配権の象徴として用いられたまさかりの象形」(「王」の意味だが、ここでは、「枉(おう)」に通じ、「曲がる」の意味)から、獣のように精神が曲がる事を意味し、そこから、「くるう」を意味する「狂」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1163.html)、
などともある。
(「王」甲骨文字・殷① https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8E%8Bより)
(「王」甲骨文字・殷② https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8E%8Bより)
この違いは、「王」を示す甲骨文字がかなりの数あって、「王」(オウ)の字の解釈が、
「大+―印(天)+-印(地)」で、手足を広げた人が天と地の間に立つさまをしめす。あるいは、下が大きく広がった、おのの形を描いた象形文字ともいう。もと偉大な人の意、
とある(漢字源)他、諸説あり、中でも、
象形文字。「大」(人が立った様)の上下に線を引いたもの。王権を示す斧/鉞の象形(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8E%8B)、
象形文字です。「古代中国で、支配の象徴として用いられたまさかり」の象形から「きみ・おう」を意味する「王」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji189.html)、
と、「まさかり」「おの」と見る説が目につく。
(「輕」 成りたち https://okjiten.jp/kanji481.htmlより)
会意兼形声文字です(車+圣(坙)。「車」の象形と「まっすぐ伸びる縦糸の象形」(「まっすぐで力強い」の意味)から、「敵陣にまっすぐ突進していく車」を意味し、それが転じて、「かるい」を意味する「軽」という漢字が成り立ちました、
との説明(https://okjiten.jp/kanji481.html)は、同趣旨乍ら具体的である。
「骨」(漢音コツ、呉音コチ)は、
会意兼形声。月を除いた部分は、冎(カ)や窩(カ)の原字で、上部は大きく穴の開いた関節の受ける方のほね。下部はその穴にはまり込む関節の下のほうのほね。骨はこれに肉(月)を加えたもの、
とある(漢字源)。要は、
会意。冎(カ ほねの形)と、肉(月は省略形)とから成る。肉の付いているほね、ひいて「ほね」、骨節などの意を表す、
ということになる(角川新字源)。
(「骨」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AA%A8より)
(「骨」 簡帛文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AA%A8より)
(「咼」 簡牘文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AA%A8より)
「忽」(カン億コツ、呉音コチ)は、
会意兼形声。勿(ブツ)は、吹き流しがゆらゆらして、はっきり見えないさまを描いた象形文字。忽は「心+音符勿」で、心がそこに存在せず、はっきりしないまま見過ごしていること、
とある(漢字源)が、
形声。心と、音符勿(ブツ)→(コツ)とから成る。ぼんやりする意を表す。「惚(コツ)」の原字。ひいて、「ゆるがせにする」「たちまち」の意に用いる(角川新字源)、
ともある(角川新字源)。さらに、別に、
(「忽」 金文・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BF%BDより)
形声文字です(勿+心)。「弓の弦(つる)をはじいて、払い清める」象形(借りて「禁止。~してはいけない」、「ない」)の意味と「心臓」の象形(「心」の意味)から、「心の中に何もない」事を意味し、そこから、「ゆるがせにする」を意味する「忽」という漢字が成り立ちました、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji2446.html)。
(「忽」 成りたち https://okjiten.jp/kanji2446.htmlより)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95