2022年01月08日

揖譲の礼


車馬門前に立ち連なって、出入(しゅつにゅう)身を側(そば)め、賓客堂上に群集して、揖譲(ゆうじよう)の礼を慎めり(太平記)、

とある、

揖譲、

は、

ゆうじょう(いふじゃう)

と訓むが、

いつじょう(いつじゃう)、

とも訓ませる(字源・大言海)。

揖は、一入(イツニフノ)切にて、音は、イフなり。されど、フは、入聲(ニッシャウ)の韻なれば、他の字の上に熟語となるときは、立(リフ)を立身(リッシン)、立禮(リツレイ)、入(ニフ)を入聲(ニッシャウ)とも云ふなり。六書故「揖、拱手上下左右(シテ)之以相禮也」(楚辞、大招、註「上手延登曰揖、壓手退避曰譲)、

とあり(大言海)、色葉字類抄(1177~81)には、

揖譲、イツジャウ、揖、イフス、

とある。「延登(えんとう)」は、

初めて官に拝するとき、天子がその人を延き入れて、殿に登らしめ、親(みずか)ら詔を下す、

とある(字源)。「退避」は、それとの対で、「引退する」意と思われる(仝上)。

「拱手上下左右」は、

へりくだって敬意を表す、

意と注記がある(兵藤裕己校注『太平記』)が、

手をこまねきて(両手の指を組み合わせて)、或は上下にし、或は左右にする礼法、

とある(仝上)。

論語(八佾篇)に、

子曰、君子無所争、必也射乎、揖譲而升下、而飲、其争也君子(子曰く、君子は争う所無し、必ず射(ゆみい)るときか、揖譲して升(のぼ)り下(くだ)り、而して飲ましむ、その争いや君子なり)、

とある。「升下」とは、

射礼の際、最初、主人が招待にこたえて堂、つまり殿にのぼるのが升であり、次に堂から庭におりて弓を射るのである、

とある(貝塚茂樹訳注『論語』)。

射礼、

は、

弓の競い合いのことである。孔子は、

礼の故事、つまり、作法の心得を解説したものらしい(仝上)。

「揖譲」は、

大古之時、聖人揖譲(「聖徳太子伝暦(917頃)」)

と、

両手を前で組み合わせて礼をし、へりくだること、

であり、

古く中国で客と主人とが会うときの礼式、

で(仝上)、

拱手の礼をなしてへりくだる、

意である(字源)。そこから、意味を広げ、

会釈してゆずる、
謙虚で温和なふるまい、

などにもいう、とある(精選版日本国語大辞典)。

8世紀頃に呉道玄が描いた拱手する孔子像.png

(拱手する孔子像(呉道玄、8世紀頃) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8B%B1%E6%89%8Bより)

つまり、「こまねく」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484220493.htmlで触れた、

拱く、
拱手、

である。「こまねく」は、現存する中国最古の字書『説文解字(100年頃)』には、

拱、斂手(手をおさむる)也、

礼記・玉藻篇「垂拱」疏には、

沓(かさぬる)手也、身俯則宜手沓而下垂也、

とあり(大言海)、

拱の字の義(両手をそろえて組むこと)に因りて作れる訓語にて、組貫(くみぬ)くの音轉なるべしと云ふ(蹴(く)ゆ、こゆ。圍(かく)む、かこむ。隈床(くまど)、くみど。籠(かたま)、かたみ)、細取(こまどり)と云ふ語も、組取(くみとり)の転なるべく、木舞(こまひ)も、組結(くみゆひ)の約なるべし、

とする(大言海)ように、「こまねく」は、もともと、

子路拱而立(論語)、

と、

両手の指を組み合わせて敬礼する

意であり、

拱手、

と言えば、

遭先生于道、正立拱手(曲禮)、

と、

両手の指を合わせてこまぬく、人を敬う礼、

であり(字源)、

中国で敬礼の一つ。両手を組み合わせて胸元で上下する、

とあり(広辞苑)、

中国、朝鮮、ベトナム、日本の沖縄地方に残る伝統的な礼儀作法で、もとは「揖(ゆう)」とも呼ばれた。まず左右の人差し指、中指、薬指、小指の4本の指をそろえ、一方の掌をもう一方の手の甲にあてたり、手を折りたたむ。手のひらを自身の身体の内側に向け、左右の親指を合わせ、両手を合わせることで敬意を表す。一般的には、男性は左手で右手を包むようにするが、女性は逆の所作となる。葬儀のような凶事の場合は左右が逆になる、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8B%B1%E6%89%8B

「揖譲」には、「拱手」の意の他に、

禅譲、

の意で、

天子の位を譲ること。特に、その位を子孫であるなしにかかわらず、徳の高い者に譲ること、

の意でも使われる。この逆は、

征誅、

とあり(字源)、

放伐、

ともいう(広辞苑)。

堯の舜に授け、舜の禹に授くる如きは揖譲なり、湯の桀を放ち、武王の紂を伐ち、兵力を以て国を得たる如きは征誅なり、

とある(字源)。

「揖」 漢字.gif


「揖」(ユフ(イフ)、イツ)は、

会意。旁(シュウ)は「口+耳」からなり、口と耳をくっつけるさまを示す。揖はそれと手を合わせた字で、両手を胸の前でくっつけること、

とある(漢字源・字源)。

「譲」 漢字.gif

(「譲」 https://kakijun.jp/page/2010200.htmlより)

「譲(讓)」(漢音ジョウ、呉音ニョウ)は、

会意兼形声。襄(ジョウ)は、中に割り込むの意を含む。讓は「言+音符襄」で、どうぞといって間に割り込ませること。転じて、間に挟んで両脇からせめる意ともなる、

とある(漢字源)、

三タビ天下を以て讓る(論語)、

と、譲る意である。別に、

会意兼形声文字です(言+襄)。「取っ手のある刃物の象形と口の象形」(「(つつしんで)言う」の意味)と「衣服に土などのおまじない物を入れて邪気を払う象形と手の象形」(「衣服にまじないの品を詰め込んで、邪気を払う」の意味)から、「言葉で悪い点を責める」を意味する「譲」という漢字が成り立ちました。また、たくさんの品を詰め込む事を許すさまから、「ゆずる」の意味も表すようになりました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1680.html

問い責める意を表す。転じて「ゆずる」意に用いる、

とある(角川新字源)ので、原義は、それのようである。

「譲」 成り立ち.gif

(「譲」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1680.htmlより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:揖譲の礼 揖譲
posted by Toshi at 05:12| Comment(0) | カテゴリ無し | 更新情報をチェックする
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