斎藤成也編『図解 人類の進化―猿人から原人、旧人、現生人類へ』を読む。
本書は、
人類進化、
を、綜合的に解説するべく、
進化のしくみ(第1~4章)、
人類のあゆみ(第5~12章)、
に分けて展開している(はじめに)。「人類のあゆみ」の部分は、溝口優司『アフリカで誕生した人類が日本人になるまで』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484577228.html)とほぼ重なる。全体の中で、特に、
進化とは、
の章(第1象)の、
自然淘汰ではうまく説明できない現象、
たとえば、生物の進化をタンパク質やDNAなどの分子レベルでの研究をする分子進化学において、
いろいろな生物のタンパク質のアミノ酸配列を決定し比較、
してみると、
同じ種類のタンパク質(たとえばヘモグロビンを構成するグロビン)のアミノ酸の違いをいろいろな生物で比較すると、アミノ酸の変化する量がほぼ時間に比例していました。進化速度が一定であり、時計のように規則正しく時を刻んでいるように見えるので、この現象を分子時計とよびます。
という、進化に対して、アミノ酸が変化をもたらさない、という矛盾に対して、木村資生(もとお)他の、
中立進化論、
が面白い(1968年)。中立進化論は、
突然変異を進化の原動力と考えています。突然変異は無秩序に生ずるので、生物にとって有害なものも多数生じますが、これらは短時間のうちに消えてゆくので、長期的には進化には寄与しません。この過程を負の自然淘汰あるいは純化淘汰とよびます。この部分については中立進化論でも淘汰進化論でも同じです。
両者の見解が大きく異なるのは、進化に長期的に寄与する突然変異についてです。淘汰進化論では、生存に有利な突然変異をもつ個体だけが進化の過程で生き残ってゆくと考えます。この過程を正の自然淘汰とよびます。しかし突然変異が生じても、生物が生きてゆく上であまり影響がないことがあります。これを淘汰上中立であるといいます。このタイプの中立突然変異は、生物に有利な突然変異よりもずっと頻繁に生じます。このような中立突然変異をもつ個体が子孫を増やせるかどうかは、遺伝的浮動による、
と考える。「遺伝的浮動」とは、
遺伝子の割合を表す遺伝子頻度が偶然に変化する現象であり、生物の個体数が有限であることから生じます、
ということで、
たまたま運よく生き残る中立突然変異遺伝子もあれば、他のものより生存に有利に働く遺伝子であっても、運悪く消えてゆくものもあるのです。その結果、生き残る遺伝子の大部分は中立突然変異になります、
ということになる。
分子レベルでの遺伝子の突然変異は、そのほとんどが自然選択に対し有利でも不利でもない中立なもので、それが集団中に広まるのは偶然によって決まる。すなわち、遺伝子の広まりの決定要因には、運のよさ(サバイバル・オブ・ザ・ラッキスト)と適者生存(サバイバル・オブ・ザ・フィッテスト)が関係している、
となり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E7%AB%8B%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AA%AC)、
中立説と自然選択説は並立する概念、
ということらしい(仝上)。こうみると、
進化の中心、ゲノムDNA、
の章(第2章)は、なおさら興味深いが、
現在のヒトゲノム、
に到達するまでに、
脊椎動物の起源に近い祖先種は、現在生存している頭索類のナメクジウオに似た種、
のゲノムから、
頭索類と脊椎動物の分岐以後から軟骨魚類の分岐以前に、
2回のゲノム重複、
をくり返した、とされる。つまり、生物を形作るDNA遺伝情報のすべてひと揃いであるゲノムの、
全体が重複することで遺伝子数が飛躍的に増え、その後消失していく重複した遺伝子がある一方で、一部の遺伝子は新たな機能を獲得し、より複雑な体制の動物に進化、
していくことになるが、現時点では、
ヒト化に決定的に働いた遺伝子進化、
は、候補はあるが、とらえきれていない、という。
(ホモサピエンス拡散ルートと年代 本書より)
なお、猿人、原人、旧人、新人、という、「人類のあゆみ」の部分は、溝口優司『アフリカで誕生した人類が日本人になるまで』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484577228.html)とほぼ重なるが、「ホモ・サピエンス」は、
6~5万年前ごろ、
から、アフリカから、急速に世界に広がっていた。しかし、
1種類の生物が、このように地球上の気候も湿度も異なる多様な環境下に分布しているというのは、きわめて異例なことなのです。(ユーラシアの南部までに留まった)旧人の分布範囲を見てみると、この時点ではまだ世界の半分以上が人類のいない土地であったことに気づくでしょう。つまり私たちホモ・サピエンスは、原人や旧人たちには越えられなかった自然の障壁を次々と突破して、ついには世界全体へ広がってしまった種なのです。
しかも、3万年ほどまえには、
ネアンデルタール人、
が、そして、
インドネシアのフローレンス島にいたきわめて(1mと)低身長のホモ属の系統が(数万年前)絶滅した後、地球上に生存するホモ属の生物はヒトだけです。今後どうなるのでしょうか。いいかえると、ヒトは新しい種を生み出すことがあるのでしょうか。
という問いは、なかなか意味深である。ホモ・サピエンスが登場して以降(10万年前)のほうが、原人登場以降(1000~700万年)の長い年月を考えると、ほんの短時間でしかないことを思い知らされます。
そう見ると、人種などというのは、外見の違い程、ミトコンドリアDNAの多様性パターンで見ると、
現代人どうしの遺伝子の違いは、ごく限られたものでしかありません。ヒトと近縁な類人猿たちは、……その遺伝的変異はヒトの何倍も大きい、
のである。これは、
現世類人猿たちが長い進化史を持っているのに対して、ヒトはごく最近に共通祖先から分化した新参者であることを反映している、
のである。まだ、ヒトの進化史は始まったばかりということになる。
(ミトコンドリアDNAにもとづく現代人と現生類人猿の遺伝距離 本書より)
参考文献;
斎藤成也編『図解 人類の進化―猿人から原人、旧人、現生人類へ』(ブルーバックス)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95