八風(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485439588.html?1643659605)で触れたように、「千木」と「破風」は一本の材を用い、「千木」は、
社殿の屋上、破風の先端が延びて交叉した木、
を指し、
古代の家は、この突き出た端を切り捨てなかった、
が(岩波古語辞典)、後世、
破風と千木とは切り離されて、ただ棟上に取り付けた一種の装飾(置千木)となる、
とある(広辞苑)。
上代の家作に、切棟作りの屋根の、左右の端に用ゐる長き材にて、基本は、前後の軒より上りて、棟にて行き合ふを組交へ、其組目以上、其梢を、そのまま長く出して空を衝くもの。其組目より下は、椽(タルキ)と並び、又、屋根の妻にては、搏風(ハフ)となる、
という(大言海)。
だから、「ちぎ」は、
千木、
知木、
鎮木、
等々と当てる(仝上)とともに、
搏風、
とも当てている(日本語源大辞典)が、本来、「搏風」は、
榑風、
なので、「ちぎ」に当てた字も、
榑風、
なのではないか。神武紀にある、
太立宮柱於底磐之根、峻峙榑風(チギ)於高天原、
も、
榑風、
を、
ちぎ、
と訓ませている(大言海)。「榑」(漢音フ、呉音ブ)は、
会意兼形声。旁の部分(フ・ハク)は、大きく広がる意を含む。榑はそれを音符とし、木を添えた字、枝の広がった大木、
とある(漢字源)。「榑桑」は、太陽の出る所にあるといわれる神木、「扶桑」とも書く、わが国では、
皮のついたままの丸太、
の意である(漢字源)。これを交叉させて、上にで突き出た分が、
千木(榑風)、
山形に交叉した部分が、
搏風(榑風)、
となった。
「千木」は、
氷木(ひぎ)、
ともいう(広辞苑・岩波古語辞典)。『古事記』の出雲大社創建条は、
氷木(ひぎ)、
であり、また、
冰椽、
とも表記され、『日本書紀』の神武天皇紀にも、上述のように、
太立宮柱於底磐之根、峻峙榑風(チギ)於高天原、
と「チギ」と訓ませている。『延喜式』の祝詞において、
高天原の千木に高知りて、
と、「千木」の表記が現れ、平安時代中期には、
チギ、
と訓んだ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E6%9C%A8%E3%83%BB%E9%B0%B9%E6%9C%A8・岩波古語辞典)。
(神明造りにおける破風 デジタル大辞泉より)
「ちぎ」の語源については、大言海は、
氷木(行合へば、合木(あひき)の約)と共に、肘木(ヒヂキ)の上略、又は中略にて、其形、屈折すれば云ふとぞ(枡(ヒヂキ)とは別なり)(雅言考・和訓栞)、
或は、
風木(チギ 搏風(チギ)、搏は、索持也、ナハカラゲ、暴風の材)の義と云ひ、垂木(タルキ)、又は交木(チガヒギ 木と木、十文字に組み合わせるもの、契合(チギリア)ふ木)の約(関秘禄・物類称呼・三省禄・日本語源=賀茂百樹・音幻論=幸田露伴)、
と、諸説挙げているが、
すべていかがか、
と疑問視している。
(「肘木」 精選版日本国語大辞典より)
「肘木(ひじき)」は、
うでぎ、
ともいい、
斗(ます)と組合せて、上からの果汁を支える用をなす横木、
であり(広辞苑)、「垂木」は、
椽、
棰、
榱、
架、
などとも当て(広辞苑)、
はえ、
ともいい、
屋根の裏板、または木舞(こまい 野地板、こけら板(柿(こけら))等を受けるために垂木(たるき)の上に取り付けられた桟)を支えるために、棟から軒に渡す材、
とあり、「千木」とは関係ないように思える(仝上)。
チはタリの約、タリキ(垂木)の義(祝詞考・家屋雑考)、
も同様に思われる。その他、
チはチキル・チカフのチと同言で不動の意、風に吹き倒されないようにするための木の義(筆の御霊)、
チガヒギ・チガヘギ(差木)の義(日本釈名・名言通)、
チはツラ(連)の反。連木の義(延喜式祝詞解)、
もあるが、
千木、
となってからの解釈でしかなく、古く、
氷木(ひぎ)、
と言っていたことを考えると、語源の説明になっていない気がする。「氷木(ひぎ)」についての語源説はないが、江戸後期の辞書注釈書『箋注和名抄』に、
榑風板、比宜、……按、榑當作搏
とある。三角形の斜辺に相当するところにつく板を、
破風板、
と呼ぶので、ここからは憶測だが、一番端の「垂木」を、そのまま伸ばして、交叉させれば、「千木」になる。ここからの勝手な解釈だが、そう考えると、大言海が疑問視した、
風木(チギ 搏風(チギ)、搏は。索持也、ナハカラゲ、暴風の材)の義と云ひ、垂木(タルキ)、又は交木(チガヒギ 木と木、十文字に組み合わせるもの、契合(チギリア)ふ木)の約、
とする説は、
ひぎ(figï)→ちぎ(tigï)、
と(岩波古語辞典)、子音交替したとみられなくもない。
古墳時代の埴輪(はにわ)には、棟の両端だけではなく中間にも数組の千木のあるものもあり、これは垂木(たるき)の上端が屋根を貫いたものらしい、
とある(日本大百科全書)ので、まんざら憶説でもない。「千木」には、発生的には、
垂木(たるき)や破風(はふ)の上端を棟より長く突き出したもの、
と、
大棟や屋根葺き材が風でとばされるのを防ぐために重みとしてあげたもの、
とがある(世界大百科事典)らしいので、なおさらである。
(千木と鰹木らしきものを有する家形埴輪 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E6%9C%A8%E3%83%BB%E9%B0%B9%E6%9C%A8より)
さて、「千木」には、
其梢の一角を殺ぐを、カタソギと云ふ。伊勢の内宮なるは内角を殺ぎ、外宮なるは外角を殺ぐ、共に共に風穴を明く、
とがあり(大言海)、例外もあるが、
千木には矩形(くけい)の穴があけられており、これを風切穴(かざきりあな)という。千木上部が水平になる内殺(うちそぎ)と、外側が垂直になる外殺(そとそぎ)があり、前者は女神、後者は男神が祭神の本殿を飾る千木という、
らしく(仝上)、
(女千木(めちぎ)男千木(おちぎ) https://izumo-enmusubi.com/entry/chigi/より)
内そぎは女千木(めちぎ)で女神を表す、
外そぎは男千木(おちぎ)で男神を表す、
となる(https://izumo-enmusubi.com/entry/chigi/)。
「千」(セン)は、
仮借(その語を表す字がないため、既存の同音あるいは類似音をもつ字を借りて表記すること)。原字は人と同形だが、センということばはニンと縁がない。たぶん人の前進するさまから、進・晋(シン すすむ)の音を表し、その音を借りて1000という数詞に当てた仮借字であろう。それに一印を加え、「一千」を表したのが、千という字形となった。あるいは、どんどん数え進んだ数の意か、
とある(漢字源)。
1000の意味を持つ音「人」(nien)と一の合字で1*1000を意味する、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%83)のはその意味だろう。「一+人」とみれば会意文字というのはありえるので、
会意文字です(人+一)。「横から見た人」の象形(「人民、多くのもの」の意味)と「1本の横線」(「ひとつ」の意味)から、数の「せん」を意味する「千」という漢字が成り立ちました、
という説もありえる(https://okjiten.jp/kanji134.html)。
(「千」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%83より)
「木」(漢音ボク、呉音モク)は、
象形。立ち木の形を描いたもの、
である(漢字源)。
(「木」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%A8より)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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