2022年02月04日

訇る


門を開けて、方々へ追って見よと訇(ののし)り、沙汰しける間(太平記)、

とある、

訇る、

は、

大声で騒ぐ、

意と注記がある(兵藤裕己校注『太平記』)。通常、

ののしる、

は、

罵る、
詈る、

等々と当てる。「訇」(コウ)は、手元の漢和辞典(字源)には載らないが、

大きな音や声の形容、

とあるhttps://kanji.jitenon.jp/kanjiq/8083.html

罵る、

と当てる「ののしる」は、

ノノは大音・大声を立てる意。シルは思うままにする意。類義語サワグは、音・声と動きが一所に起こる意、

とある(岩波古語辞典)。その意味で、本来は、

法雷を響(ののし)りて、弁を吐き(地蔵十輪経序)、

と当て、

大音を響かせる、

意や、

いと騒がしく人まうでこみてののしる(源氏物語)、

と、

がやがやと騒ぐ、

意や、

里びたる犬ども出で来てののしるも、いとおそろしく(源氏物語)、

と、

高い声や音を立てる、

意で使ったものと思われる。そこから、

この僧都に負け奉りぬ。今はまかりなむとののしる(源氏物語)、

と、

わめく、

意や、

恒水の神を罵りき、仏、因りて之を誡めて(法華経義疏)、

と、

罵倒する、

や、

后の腹立ちののしり給ひて(宇津保物語)、

と、

声高に非難する、
悪口を言う、

意となり、

うちに御薬の事ありて、世の中さまざまにののしる(源氏物語)、

と、

大騒ぎする、
盛大にする、

意となり、さらに、

この世にののしり給ふ光源氏、かかるついでに見奉り給はむや(源氏物語)、

と、

(世人が大声でいう意)評判が立つ、

意、

岸にさしくる程みれば、ののしりて詣で給ふ人のけはひ、渚に満ちていつくしき神宝をもて続けたり(仝上)、

と、

勢いがさかんである、

意、

そののち左の大臣の北の方にて、ののしり給ひける時(大和物語)、

と、

羽振りをきかす、

意、あるいは、

汝なぜに我を礼拝せぬぞ、唯今われを踏み倒さうも身がままぢゃと、ゆゆしげにののしって過ぎたが(天草伊曾保)、

と、

大声で𠮟りつける、

意などでも使うに至る(広辞苑・岩波古語辞典)。しかし、大言海は、

声高に言ひ騒ぐ、

意の、

ののしる、

には、

喧(やかま)しく呼ぶ、
騒ぎ立てるように呼ぶ、

意の、

喧呼、

を当て、

怒りて、然り言ふ、
罵(の)る、

意の、

ののしる、

には、「喧呼」を当てた「ののしる」の転として、

罵る、

を当てる見識を示している。平安後期の漢和辞書『字鏡』(じきょう)には、

聒、喧語也、左和久、又乃乃志留、

とある。「聒」(カツ)は、「やかましい」意であり、「喧」(ケン)は、「喧嘩」「喧噪」の「喧」であり、「やかましい」「さわがしい」意である。また、色葉字類抄(1177~81)には、

訇、ノノシル、𨋽訇、ノノシル、大声也、

とある(大言海)。どうやら、「ののしる」は、

擬声(音)語、

由来と思われる。

見る人皆ののめき感じ、あるひは泣きけり(宇治拾遺物語)、

とある、

声高に叫び騒ぐ、

意の、

ののめく、

の、

のの、

とも通じ、

ノノ(騒がしい音を立てる)+シル(占有する)、

とある(日本語源広辞典)のが、

ノノは大音・大声を立てる意。シルは思うままにする意(岩波古語辞典)、

と共に、妥当な説に思える。「しる」を、

領る、
占る、

と当て、

占有する、
支配する、

意とするのも共通する。ただ、

罵(の)る、

という言葉があり、これは、

宣(の)る、
告(の)る、

の転化したものとされる。この、

のる、

の、

の、

は、「のる」が、

神や天皇が、その神聖犯すべからざる意向を、人民に対して正式に表明するのが原義。転じて、容易に窺い知ることを許さない、みだりに口にすべきでない事柄(占いの結果や自分の名など)を、神や他人に対して明かし言う義。進んでは、相手に対して悪意を大声で言う義、

という意であったことから考えると、単なる、

騒音、

ではなく、

聖なる声(音)、

だったのかもしれない。それが、

聖→俗→邪(穢)、

と転化したのかもしれない。

そうみると、「罵(の)る」から「ののしる」の語源を考えようとする、

ノリソシル(罵譏)の約か(俗語考)、
ノリノリシカル(罵々叱)の義(名言通)、
ノリノリシクソシルの義(和句解)、
ノリシヒル(罵強)の義(言元梯)、

の諸説も一概に一笑に付することはできない気がする。

「訇」 漢字.gif


「訇」(コウ)は、

形声。「言」+ 音符「句の略体」、

大きな音の形容。ごうごう、

の意としかないhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A8%87)。

「罵」 漢字.gif

(「罵」 https://kakijun.jp/page/ba15200.htmlより)

「罵」(漢音バ、呉音メ)は、网(あみ)は、相手におしかぶせる意を示す。罵は「网(あみ)+音符馬」で、馬の突進するように、相手かまわずおしかぶせる悪口のこと、

とあり(漢字源)、「ののしる」「大声で悪口を言う」意で、和語「ののしる」の「大音を響かせる」意はふさわしくない。で、

響(ののし)る、
訇(ののし)る、

を当てたものと思われる。他に、

会意形声。「网(=網)」+「馬」。「网」は「あみ」で「詈」にも見られるように、相手におしかぶせ抵抗できなくするさま。「馬」は、速さをもって突進するさま。相手かまわず、悪口を押しかぶせる、

とかhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%BD%B5

形声文字です(罒(网)+馬)。「網」の象形と「馬」の象形(「馬」の意味だが、ここでは、「幕」に通じ(「幕」と同じ意味を持つようになって)、「覆いかぶせる」の意味)から、網や幕をかぶせるように悪口をあびせかける、「ののしる」を意味する「罵」という漢字が成り立ちました、

とかhttps://okjiten.jp/kanji2008.htmlあるが、意味は、同じである。

「罵」 成り立ち.gif

(「罵」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji2008.htmlより)

「ののしる」は、

詈る、

とも当てるが、「罵る」「詈る」の違いは、

罵は、悪言を以て人に加ふる義。史記「輕士善罵」、
詈は、罵より輕し、韻會「正斥罵、旁及曰詈」とあり、書経「小人怨汝詈汝」、

とある(字源)。

「詈」(リ)は、

会意。「罒(网 かみ、かぶせる)+言」。相手に、ののしることばをかぶせることをあらわす、

とある(漢字源)。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 05:00| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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