「のる」は、「訇る」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485476446.html?1643918412)で触れたように、
宣る、
告る、
罵る、
と当て、
神や天皇が、その神聖犯すべからざる意向を、人民に対して正式に表明するのが原義。転じて、容易に窺い知ることを許さない、みだりに口にすべきでない事柄(占いの結果や自分の名など)を、神や他人に対して明かし言う義。進んでは、相手に対して悪意を大声で言う義、
とあり(岩波古語辞典)、また、
本来、単に口に出して言う意ではなく、呪力をもった発言、重要な意味をもった発言、普通は言ってはならないことを口にする意、
ともあり(日本語源大辞典)、
天の益人(ますひと)らが過ち犯しむけ雜々(くさぐさ)の罪は、天つ罪と畔放ち溝埋み……許多(ここだく)の罪を天つ罪とのり別けて(祝詞大祓詞)、
と、
神や天皇が神意・聖意を表明する、
意から、
夕卜(ゆふけ)にも占(うら)にものれる今夜だに來まさぬ君を何時とか待たむ(万葉集)、
と、
神意を表す、
意、そこから、広げて、
畏(かしこ)みとのらずありしをみ越路の手向(たむけ)に立ちて妹が名のりつ(万葉集)
と、
みだりに口にしてはならないことをはっきりと表明する、
意まで、「犯すべからざる意向」の意味が広がり、その延長線上に、
おのれゆゑ詈(の)らえてをれば𩣭馬(あをうま)の面高夫駄(おもたかぶた)に乗りて来(く)べしや(万葉集)
と、
大声でののしりの言葉を口に出す、
意までつなげる(岩波古語辞典)。しかし、大言海は、
宣る、
告る、
と、
罵る、
とは別項にしている。前者は、
述(のぶ)る意と云ふ、
として、
言(こと)を述ぶ、
意とし、後者は、
怒り宣(の)る意、
として、
卑しめて無礼げに物言ふ、
辱め言ふ、
悪口言ふ、
意とする。確かに、
宣る、
告る、
意は、類聚名義抄(11~12世紀)には、
詢、ノル、トフ、
色葉字類抄(1177~81)には、
詢、ノル、
とある。「詢」(慣用ジュン、漢音呉音シュン)は、
会意兼形声。「言+音符旬(ジュン ひとめぐり)」、
とあり(漢字源)、「詢問」(尋ね問うこと)と使うように、「とう」「はかる」意であり、神に、問い、諮っている意でから「のる」に、当てたのかもしれない。そして、
罵る、
意は、類聚名義抄(11~12世紀)は、
詬、ノル、ハヂシム、詈、ノル、
とあり、「詬」(コウ、ク)は、「はずかしめる」「ののしる」意で、「詬譏」(こうき)」は、ののしりそしる、「詬辱」(こうじょく)は、辱める意で使う。
「恥」の意味の差は、「恥」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/424025452.html)で触れたように、
恥、はぢ、はづると訓む。心に恥ずかしく思う義、重き字なり、論語「行己有恥」中庸「知恥近乎勇」、
辱、はずかしめなり、栄の反対。外聞悪しきを言ふ、転じて賓客応酬の辞となり、かたじけなしと訓む。降屈の義となり、拝命之辱とは、貴人の命の降るを拝する義なり。曲禮「孝子不登危、懼辱親也」、
忝、辱に近し、詩経「亡忝爾所生」、
愧、おのれの見苦しきを人に対して恥づる也。醜の字の気味あり、媿に作る、同じ。韓文「仰不愧天、俯不愧人、内不愧心」、
慙、慙愧と連用す、愧と同じ、はづると訓む、はぢとは訓まず。孟子「吾甚慙於孟子」、
怍、はぢて心を動かし、色を変ずるなり。禮記「容母怍」、
羞、はぢて心にまばゆく、顔の合わせがたきなり、婦女子などの、はづかしげにするなどに多く用ふ。
忸、忸・怩・惡の三字ともに羞づる貌。
僇(リク)、大辱なり、さらしものになるなり、
赧(タン)、はぢて赤面するなり、
詬、悪口せられてはづる義、言に従ひ垢の省に従ふ、
とある(字源)。あえて「詬」の字を当てたのだとすると、罵る側ではなく、相手を恥ずかしめる含意があることになる。
確かに、「宣る」「告る」と「罵る」は、語源的に、前者は、
朝鮮語nil(云)と同源(岩波古語辞典)、
ノブル(宣・述)の義(言元梯・名言通・大言海)、
ノルの本質はノル(乗)。言葉という物を移して人の心に乗り負わせるのが原義(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
などとされ、後者は、
怒りノル(宣)の意(大言海)、
人を下にする意で、ノリ(乗)の義(名言通・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
ナル(鳴)の義(言元梯)、
などと、別由来とするものが多い。しかし、
ノロフ(呪)の語もこの語(「のる」)から派生したものである、
とある(日本語源大辞典)ように、「のろう」は、
告るに反復・継続の接尾語ヒがついた形(岩波古語辞典)、
ノリ(宣)に活用語尾ハヒのついたもの(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ノル(宣)の未然形に反復・継続の助動詞フがついたノラフの変化(語源辞典・形容詞篇=吉田金彦)
ノル(宣)の義(名言通・嫁が君=煤垣実)、
と、「のる」と関連させるとする説は多く、また「いのる」も、
イはイミ(斎・忌)・イクシ(斎串)などのイと同じく、神聖なものの意。ノルはノル(告)・ノリ(法)などと同根か。妄りに口に出すべきでない言葉を口に出す意(岩波古語辞典)、
斎宣(いの)るの義(大言海・言元梯)、
イノル(忌宣)るの義(名言通・和訓栞)、
イは接頭語、ノリは宣(日本古語大辞典=松岡静雄)、
と、「のる」と関連させる説が多い。逆に、「のろう」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/403152541.html)で触れたように、「のろう」を、
祈(いの)るの上略延(大言海)、
「祈る(ノル)」+「ふ」(日本語源広辞典)、
としても、「いのる」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/436270292.html)が、
動詞「の(宣)る」に接頭語「い(斎)」が付いてできた語、
というように、「のる」由来となってくるので、
神仏に幸福を求める、
のと、
相手に災いがあるように祈る、
とは、
呪う、
と、
祈る、
と裏表で、結局、
みだりに口に出すべきでない言葉、
を口に出す意味では同じである。「のる」が、
神聖な言葉を口に出す→相手に悪意を言う、
のとつながるはずである。つまりは、
宣る、
告る、
が、
罵る、
へと転化したものと見ていいように思える。
なお、「のる」は、中古以降、
名のる(名告る)、
の形でのみ残る(日本語源大辞典)が、
名乗る、
は当て字である。
「宣」(セン)は、
会意兼形声。亘(エン・カン)とは、まるく取巻いて区画をくぎるさま。垣(エン めぐらせたかき)や桓(カン 周囲を取り巻く並木)と同系。宣は「宀(いえ)+音符亘」で、周囲をかきで取巻いた宮殿のこと。転じて、あまねく廻らす意に用いる、
とある(漢字源)。借りて、あきらかの意に用いる(角川新字源)ともある。別に、
(「宣」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%A3より)
会意兼形声文字です(宀+亘)。「屋根・家屋」の象形と「物が旋回する」象形(「めぐりわたる」の意味)から、部屋で、天子が家来に自分の意思をのべ、ゆきわたらせる事を意味し、そこから、「のべる」、「広める」を意味する「宣」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1068.html)。
「告」(コク・コウ)は、
会意。「牛+囗(わく)」。梏(コク しはぎったかせ)の原字。これを上位者に告げる意に用いるのは、号や叫と同系の言葉に当てた仮借字、
とある(漢字源)が、別に、
会意。口と、牛(うし)とから成り、牛の角に付ける横木の意を表す。牛が横木を人に当てることから、「つげる」、知らせるの意に用いる、
とも(角川新字源)、
会意文字です(牛+口)。「捕えられた牛」の象形と「口」の象形(「祈る」の意味)から、いけにえとして捕らえた牛をささげて神や祖霊に「つげる」を意味する「告」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji638.html)。
(「告」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji638.htmlより)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95