2022年02月15日

虎を養いて自ら患いを招く


人望に背きて自滅せんとする悪人を、御方となされたらば、豈に聖運の助けとならんや。虎を養いて自ら患(うれ)ひを招く風情なるべきものを(太平記)、

とある、

虎を養いて自ら患いを招く、

は、

虎を養いて自ら患(うれ)いを遺す、
虎を養いて患(うれ)いを残す、
虎の子を養いて患(うれ)いを忘れる、

などといい、

災いの種を絶たずに将来に禍根を残す、

意で(兵藤裕己校注『太平記』)、史記・項羽本紀の、

今釈弗撃、此所謂養虎自遺患也(今釈(す)てて撃たざれば、此所謂虎を養いて自(みずか)ら患いを残すなり)、

とあるのによる(故事ことわざの辞典)。

虎の子を殺さずに育てたために、いつの間にか凶暴な猛虎になって、我が身の心配をしなければならないようなことになる、

情愛に引かれてわざわいの種を絶たなかったために、後日のわざわいとなる、

などに喩えて言う(仝上)、とある。

項羽(上官周『晩笑堂竹荘画伝』).jpg

(項羽(上官周『晩笑堂竹荘画伝』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%85%E7%BE%BDより)

膠着状態が続いた「広武山の戦い」(前203年)で、鴻溝より西を漢が、東を楚が領有するという盟約を結び、盟約がなった後、西楚王項羽(姓は項、名は籍、字は羽)は陣を引き払い、帰国の途に就いたが、漢の陣営では、謀将陳平と帷幄の将張良が、劉邦(姓は劉、諱は邦、字は季)に、

漢、天下の大半を有(たも)ち、楚の兵 饑疲(きひ)す。今 釈(ゆる)して撃たずんば、此れ所謂、虎を養いて自ら患いを遺すなり、

と、帰心矢の如き項羽軍の追撃を進言し、ついに項羽を垓下(がいか)に追い詰めた(垓下の戦い)。

四面楚歌、

は、

夜聞漢軍四面皆楚歌、項羽乃大驚曰、漢皆已得楚乎、是何楚人之多也、

と、包囲された項羽は楚の民が漢軍に降伏したと驚いた逸話へとつながり、別れの宴席を設けた時に虞美人に送った詩、

力拔山兮 氣蓋世 (力は山を抜き 気は世を蓋う)
時不利兮 騅不逝 (時利あらず 騅逝かず)
騅不逝兮 可奈何 (騅逝かざるを 奈何すべき)
虞兮虞兮 奈若何 (虞や虞や 汝を奈何せん)

垓下の歌につながるhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E9%9D%A2%E6%A5%9A%E6%AD%8C

劉邦.jpg


最後従うもの二十八騎になり、烏江(うこう)(という長江の渡し場)にたどり着き、烏江の亭長(ていちょう)に、

江東(こうとう)小なりと雖も、地は方千里(ほうせんり)、衆は数十万人、亦王たるに足るなり。願わくは大王急ぎ渡れ。今独り臣のみ船有り、漢軍至るも、以て渡ることなからん、

と勧められたが、

天の我を亡ぼすに、我何ぞ渡ることを為さん。且つ籍江東の子弟八千人と江を渡りて西し、今一人の還る者なし。縦(たと)い江東の父兄憐れみて我を王とすとも、我何の面目ありてかこれに見えん。縦い彼言わずとも、籍独り心に愧(は)じざらんや、

https://esdiscovery.jp/knowledge/classic/china2/shiki010.html

乃ち騎をして皆馬より下りて歩行せしめ、短兵(たんぺい)を持ちて接戦す。独り籍の殺す所の漢軍数百人なり。項王自らも亦十余創を被る。顧みて漢の騎司馬(きしば)の呂馬童(りょばどう)を見て曰く、若(なんじ)は吾が故人に非ずやと。馬童これに面(そむ)き、王翳(おうえい)に指さして曰く、これ項王なりと。項王乃ち曰く、吾聞く、漢我が頭(こうべ)を千金、邑(ゆう)万戸(ばんこ)に購うと。吾若の為に徳せんと。乃ち自刎(じふん)して死す、

とある(仝上)。

虎を野に放つ、
虎を千里の野に放つ、
虎を赦して竹林に放つ、
千里の野辺に虎の子を放つ、
虎の子を野に放し、龍に水を与える、

なども、

虎を養いて患(うれ)いを遺す、

と似た意味で、

後に災いを残すような危険なものを野放しにしておく、

意のたとえとして使う。「虎の尾」http://ppnetwork.seesaa.net/article/454576631.htmlで触れたが、

履虎尾不咥人(易経)、

由来の、

虎の尾を踏む、

などと、虎は危険なものの代名詞として使われる。

「虎」 漢字.gif


「虎」http://ppnetwork.seesaa.net/article/482959788.htmlで触れたように、「虎」(漢音コ、呉音ク)は、

象形、虎の全体を描いたもの、

である(漢字源)が、

儿(元の形は「几」:床几)にトラの装束を被った者が座っている姿、

とする説もあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%99%8E

「虎」 甲骨文字・殷.png

(「虎」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%99%8Eより)

「虎嵎を負う」http://ppnetwork.seesaa.net/article/456719697.htmlも触れたことがある。

参考文献;
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 05:02| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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