「宗と」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485666532.html?1645214436)で触れたように、「宗と」の「むね(宗・旨)」は、
ムネ(棟)・ムネ(胸)と同根。家の最も高いところで一線をなす棟のように、筋の通った最高のもの、
である(岩波古語辞典)。だから、「胸」は、
古形ムナの転。ムネ(棟)と同根。棟木(むなぎ)の高く張るように、胸骨の張っている所の意、
とあり(仝上)、和名類聚抄(平安中期)に、
胸、膺、臆、無禰、
とある(膺、臆はいずれも「むね」の意)。
「棟」は、
ムネ(胸)・ムネ(宗)と同根、
とあ(仝上)、和名類聚抄(平安中期)には、
棟、無禰、
とある。
古形ムナ、
は、
ぬばたまの黒き御衣(みけし)をまつぶさに取り装ひ淤岐都登理(オキツトリ)胸(むな)見る時羽叩(はたた)ぎもこれは相応(ふさ)はず(古事記・歌謡)、
と、
胸先、
胸騒ぎ、
胸板、
胸骨、
など、
多く他の語に冠して複合語をつくる(仝上)。
もちろん、「胸」の語源には、
ムネ(身根)の義か(古事記伝・和訓集説・国語の語根とその分類=大島正健・日本語原学=林甕臣)、
ミネ(身根)の転か(大言海)、
ム(身)+ネ(根幹)、人の根幹をなす部分(日本語源広辞典)、
と、「身根」とする説があり(「身(み)」の古形は「身(む)」で、「身代(むかはり)、「身胴(むくろ)」、「身実(むざね)」、「身屋(むや)、「身根(むね)」等々複合語を作っている)、「棟」の語源にも、
ムネ(身根)の義(大言海)、
その形から胸の義(名言通)、
ム(建物のまとまり)+ネ(根幹)、建物の根幹をなす材の意(日本語源広辞典)、
と、「身根」とする説がある。さらに、「胸」を、
ムナギ(棟木)のムナと同源で、身体中で最も大切な部分の意(おしゃれ語源抄=坂部甲次郎)、
と、「棟」とつなげる説もある。「棟」を「棟木(むなぎ)」のように「ムナ」と訓ませるところも、「胸」との関連を感じさせる。しかし、別に、「棟」を、
山の峯のように屋の最も高いところから、ミネ(峯)の転(日本釈名・和語私臆鈔・家屋雑考・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
ウナ(頂)の転で、ミネ(峯)と同根(日本古語大辞典=松岡静雄)、
と、「みね(峯・峰)」と関連付ける説がある。
しかし、「みね」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/468333451.html)で触れたように、
峰(ヲ)はタニの対、
とあり(岩波古語辞典)、「を(峰)」は、
尾、
と重なり、
尾根、
稜線、
脊梁(せきりょう)、
であり、「みね(峰)」は、
山の頂の尖ったところ、
の意であり、「を(峰)」とは由来を異にする言葉らしい。谷に対なのは、
峰々の連なり、
であって、
みね(峰)、
ではない、ということになる。「みね」は、
ミは發語。ネは嶺なり(大言海)、
ミは神のものにつける接頭語。ネは大地にくいいるもの、山の意。原義は神聖な山(岩波古語辞典)、
ミ(御)+ネ(嶺)(日本語源広辞典)、
ミは褒称。ネは高峻の義(箋注和名抄・東歌疏=折口信夫)、
ミは尊称、ネは止まり動かない意(東雅)、
ミネ(御根)の義。山上に神のあるところから(名言通)、
ミは神の略、ネはナル(成)の転(和語私臆鈔)、
ミはマシの約で美称、ネ(根)は山の義(和訓集説)、
など、「み」は「御」の意で、かつてヤマはご神体であり、とりわけ尖った頂は神聖視された。「ミ」はその名残りで、
ご神体、
の意味であると見ていい。つまり、「棟」と「峯」はつながらないのである。ちなみに、
峰打ち、
という、
刀の峰でうつ、
意も、
刀背打ち、
棟打ち、
とあて、
むねむち、
であり、「みねうち」はその転訛と見られる。
「胸」(漢音キョウ、呉音ク)は、
会意兼形声。もと匈と書く。凶の字の凵印がくぼんだ穴をあらわし、×印はその中にはまり込んで交差してもがくことをあらわす。匈(キョウ)は空洞を外から包んださま。胸は「肉+音符匈」で、中に空洞をつつみこんだむね。肺のある胸郭はうつろな穴である、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(月(肉)+匈)。「切った肉」の象形と「胸に施された不吉を払う印(しるし)と人が腕を伸ばして抱きかかえ込んでいる象形」(「むね」の意味)から、「むね」を意味する「胸」という漢字が成り立ちました、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji282.html)。
「棟」(漢音トウ、呉音ツ・ツウ)は、
会意兼形声。「木+音符東(真ん中を通す)」。家の頂上を通す棟木、
とある(漢字源)。「東」は、
袋の真ん中を通した様を象った文字で、家の真ん中を貫く「むなぎ」を意味する、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A3%9F)、別に、
形声文字です(木+東)。「大地を覆う木」の象形と「袋の両端をくくった」象形(重い袋を動かすさまから、万物を眠りから動かす太陽の出る方角「ひがし」の意味だが、ここでは、「重」に通じ(「重」と同じ意味を持つようになって)、「おもい」の意味)から、家屋の中で最も重要な部分「むね」を意味する「棟」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1981.html)。因みに、「東」は、
象形。中に心棒を通し、両端をしぼった袋の形を描いたもの。嚢(ノウ 袋)の上部と同じ。太陽が地平線をとおしてつきぬけて出る方角。白虎通(後漢の班固の編集の書。正しくは『白虎通義』という)に、「東方者動方也」とある、
とある(漢字源)。別に、
象形。上下を縛った袋の形から。袋から棒が突き抜けるように、日が地平線から突き出る様、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%B1)、
象形文字です。「袋(ふくろ)の両端を括った」象形から、袋を動かし万物を眠りから動かす太陽の方角「ひがし」を意味する「東」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji148.html)。
(「東」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%B1より)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95