2022年03月02日

下火(あこ)


「下火」は、

したび、

と訓むと、

火勢の衰えること、

の意(広辞苑)だが、

等持寺の長老別源、葬礼を取り営みて、下火の仏事をし給ひける(太平記)、

とか、

近き里の僧、比丘尼、その数を知らず群集し給ひて、下火念誦して、荼毘の次第悉く取り行ひければ(仝上)、

とか、

中一日あつて、等持院に(足利尊氏を)葬り奉る。鎖龕(さがん 遺骸を納め棺の蓋を閉じる儀式)は、天龍寺の龍山和尚、起龕(きがん 棺を墓所へ送り出す儀式)は、南禅寺の平田和尚、奠茶(てんちゃ 霊前に茶を供える儀式)は、建仁寺の無徳和尚、奠湯(てんとう 霊前に湯を供える儀式)は、東福寺の監翁和尚、下火は、等持院の東陵和尚にてぞおはしける(仝上)、

とかの、

下火、

は、

あこ、

と訓ませ、

火葬の時に、導師が遺骸に点火する儀式、

あるいは、

禅宗で火葬の時に偈を唱える作法、

あるいは、

火葬の火を点ずる儀式、

などと注記される(兵藤裕己校注『太平記』)。「下火」は、

下炬、

とも当てる。

唐音(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、

あるいは、

宋音(大言海)、

とある。

火を下す義、下三連(あさんれん)、火鈴(カリン)、行火(あんこ)、

とある(仝上)ところを見ると、

下(あ)火(こ)、

ともに唐音ということだろう。室町時代の辞書『下学集』に、

下火(あこ)、二字、共、唐音也、禅家葬儀之法事也、火字、或作炬字、

とある。また「下火」は、

秉炬(ひんこ・へいこ)、

ともいう(広辞苑)。

禅宗にて、火葬の時、火をつくる所作、導師の役目、

であるが、後には、

偈を唱へて、点火の態をなすのみ、麻幹を束ねて、炬(たいまつ)に擬し、圓相ヲ空に畫く、

とある(大言海)。つまり、形式化し、

偈 (げ) を唱えて火をつけるしぐさを示すだけになった、

ようである(精選版日本国語大辞典)。いわゆる、

引導の儀式、

である。インドでは、火葬をして身を清めるという考え方があり、ヒンドゥー教でも、魂が煙となって天に昇っていくという考え方があり、お釈迦様も火葬でしたので、仏教ではそれにならって、火葬が主流といわれるが、禅宗で、上記のように、

引導法語とよばれる法語、偈頌(げじゅ)などを唱え、「喝(かつ)」などと大声を発する、

のは、中国唐代中期の禅僧黄檗希運(おうばくきうん)が溺死した母のために法語を唱え、荼毘の火を投じたことに由来するといわれ(日本大百科全書)。それは、禅師が、

得悟するまで、情にひかれるのを避けるため、故郷の母に安否を知らせなかった。母はわが子希運の安否を何としても知りたい一心で、福清渡という河の渡しで旅籠を始め、旅人の足を洗うことにした。目の悪かった母は足を洗う時、希運の足にあった大きなこぶ(一説にはあざ)を手がかりに、わが子を見つけるつもりであった。百丈のもとで得悟した希運は故郷に至り、なつかしい母に会った。しかし、こぶのない片足を二度出して洗ってもらい、名も告げず旅籠をあとにした。後でその僧がわが子と知った母は希運を追いかけたが、目の悪かった母は誤って河に落ち溺死した。それを知った希運は船上から母を探し、「一子出家すれば九族天に生ず。もし天に生ぜずんば、諸仏の妄言なり」と唱え、炬火を擲げて燃やす。両岸の人々は皆、その母が火炎の中で男子の身となって大光明に乗じて夜魔天宮に上生するのを見た。後になって官司(役人)が福清渡を改めて大義渡となした、

というhttp://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E4%B8%8B%E7%82%AC。この故事は『韻府群玉』(1307)にあるが、その出典は明らかではない、とある(仝上)。『百通切紙』(『浄土顕要鈔』。延宝九年(1681)成立)に、

黄檗禅師、母を引導してより禅家に引導す。禅家の引導を見て他宗も意を以て引導すと見えたり、

と記し、禅宗の作法に他宗が倣ならったようである(仝上)。

黄檗希運.gif


浄土宗でも、引導のことを、

引導下炬(いんどうあこ)、

といい、

僧侶が松明に見立てたものを2本とり、1本を捨てます。これは、煩悩のあるこの世を離れることを意味しています。そして、もう1本の松明で円を描きながら、法語を唱え、松明を捨てます。これは、浄土への思いを表しています、

とあるhttps://www.e-sogi.com/guide/1927/#i-2

「下」 漢字.gif

(「下」 https://kakijun.jp/page/0301200.htmlより)

「下」(漢音カ、呉音ゲ)は、

指事。おおいの下にものがあることを示す。した、したになる意を表す、上の字の反対の形、

とある(漢字源)が、

指事。高さの基準を示す横線の下に短い一線(のちに縦線となり、さらに縦線と点とを合わせた形となる)を書いて、ものの下方、また、「くだる」の意を表す、

ともある(角川新字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8B)。

「下」 金文・西周.png

(「下」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8Bより)

「火」(漢音呉音カ、唐音コ)は、

象形。火が燃えるさまを描いたもの、

である(漢字源)。

「火」 漢字.gif

(「火」 https://kakijun.jp/page/0468200.htmlより)

象形。燃え上がるほのおの形にかたどる、

も同じだ(角川新字源)が、

象形。燃える火の形を表した象形字。転じて「燃える」、「焼く」こと。更に転じて「火災」のこと、

ともあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%81%AB

「火」 甲骨文字・殷.png

(「火」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%81%ABより)

「炬」(漢音キョ、呉音ゴ、慣用コ)は、

会意兼形声。巨(キョ)は、工印のものさしにコ型の手て持つところのついた形を描いた象形文字。上の一線と下の一線とが隔たっている。距離の距(間がへだたる)と同系のことば。炬は「火+音符巨」で、長い束の先端に火をつけてもやし、ずっと隔たった下方を手に持つたいまつ、

とある(漢字源)。これだとわかりにくいが、「巨」(漢音キョ、呉音ゴ、慣用コ)は、

「炬」 漢字.gif


象形。I型の角定規に、手で持つための取手のついた姿を描いたもの。規矩の距(ク 角定規)の原字。のち両端が隔たった意味から、巨大の意に転用された(漢字源)、

とある。

「巨」 成り立ち.gif

(「巨」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji1142.htmlより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:44| Comment(0) | カテゴリ無し | 更新情報をチェックする
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